120話「友達の確認」
エドと買い物をしている間も考えていた事だが、マチトリスに訪れたのは何も物資補給の為だけではない。
情報収集を行い、魔王軍の位置を把握するためである。
大きな攻勢があるならそれに便乗して俺達も魔王軍との戦いに参加する予定だ。
交戦が最近起こり、次の交戦まで間が空くなら俺達だけで魔王軍と戦ってみる。
多勢に無勢と言う言葉があるが、ただの雑兵の集団に負けるようでは魔王討伐なんて絶対に不可能だと意見が一致したから。
何も命を捨てに行くわけじゃない。
負けそうになれば撤退は視野に入れているし、最悪自爆みたいな魔法を使ってでも生き延びる。
魔族一人一人が予想以上に強くなければ有り得ない未来だ。
慢心するつもりはないが、俺達の実力は一般的な冒険者の頭一つ以上は抜けていると考えている。
現在の冒険者ランクはBから上がっていないが、メリーさん曰く「試験と面接さえ受けてもらえれば何時でもAランクへ昇給できますよ。今まで受けた依頼の達成状況やドラゴン討伐の実践があれば余裕のよっちゃんです」と言っていた。
何故この世界にないはずの商品を使った言葉を知っているのか気になるが、(恐らく俺と柳瀬さんが持っている転生特典の「自動翻訳」がこの世界の慣用句を元の世界の慣用句に翻訳しているせいだろと辺りは付けている)メリーさんの評価を信じるなら通常の枠組みに収まる冒険者の中でも上澄みも上澄みのAランクに既に手をかけている事になる。
評価基準がメリーさん、俺の自己評価が低め、と言う点を加味しても普通の魔王軍の軍勢に一方的にやられると言う事はないだろうと、全員で話し合った結果挑む事にしたのだ。
作戦も考えてはあるが、これは今で無くても良いだろう。
時間は夜。
エドとのお買い物デートを終わらせ、夕食を軽く食べて寝る前の時間だ。
お金を出してランクの高い宿に泊まっているお陰様か、柳瀬さんとエーゼは長風呂をしているらしい。
まぁ、旅をしてる間はもちろん、立ち寄った町でも風呂に入れる宿はそうそうない。
魔法があるとはいえ、まだまだ技術発達が元の世界に比べても遅れている世界だし、しょうがないと言えばしょうがない。
しかし、元日本人としてはやはりお風呂には最低でも二、三日に一度は入りたいと考えてしまうのは当然だろう。
風呂に入れない時は魔法でお湯を出して布を濡らして身体を拭いているが、やっぱり湯船に浸かってこそのお風呂なのだ。
俺はある程度温まればすぐに出るタイプだが、柳瀬さんは女性らしく長風呂らしい。
どうして知っているのか?
エーゼがエドに話していたのを俺がエドから聞いただけだ。
明日も休みだが、明日は休みと言うよりも街中で情報収集に充てる時間だ。
今日一日は休んで……宿から出て買い物したのは休んだことに入るのだろうか?と訝しむが……明日からまた魔王討伐に向けての道を一歩づつ歩んで行く。
メリーさんに話を聞いたり、ギルド併設の酒場に行ったり、情報屋やその辺の冒険者にお金を積んで情報を集め、夕方頃から集まって情報を共有して明日以降の計画を話し合う。
手筈になっているのだが、正直言って気が乗らない。
冒険者をやる上で一番重要とっても過言ではない情報収集。
幾ら冒険者の腕が良かろうと、活動する地域の特徴や生息する生物の情報を全く知らなければ、その種固有の生態なんかであっという間に全滅してしまう可能性だってあるのがこの世界だ。
大抵のモンスターや魔物はギルドで売ってある『モンスター図鑑』を読めば書いてあるが、元の世界のインターネット編集のように情報が常に最新でない場合もある。
実際に最近戦った人の話などを聞いて対策を立ててから目的のモンスターと対峙するのが一般的な冒険者の流れだ。
それに加えて、近辺に生息するモンスターや魔物の種類、生態、戦い方なども一緒に調べておく。
ゲームの様に決まった場所や時間でポップするわけじゃないから、俺達の様に新しくこの街に来た者や通過するだけの者でもこの辺りに生息するモンスターの情報は覚えておかなければならない。
一番重要と言ったが、俺はこの過程が一番苦手だった。
情報を集めると言えば図書館で関連書籍を読んで見たり、インターネットで検索して出てきた記事を読めば集める、と言うのは元の世界の話。
中世ヨーロッパに近いこの異世界ではそう言った技術が発達してないのは既に慣れた。
この世界で情報収集と言えば知っている人に話を聞くのが最も手っ取り早く、お金を積めば確実性も上がる方法なはず。
それ以外だと先も語った様にギルドで売られているモンスター図鑑を読むくらいだ。
ギルドが発行しているだけあって情報は正確だが、情報が最新とも限らない。
冒険者が最近見つけた習性だったり、新種のモンスターで既存のモンスターと弱点が違ったり、単純にギルドの人手と時間不足で確認が間に合っていなかったりと、欠点を上げるならいくらでもある。
むしろ古代文明の遺産だかで、変に印刷と製本機会が大量に動く状態で見つかっている、何故か俺の趣味に優しく異世界に相応しくないこの世界の事情が中途半端にこの世界を可笑しくしている。
印刷と製本技術はないにの、古代文明の遺産で本は作れる状態にあるのだ。
その辺りに法整備や業界がどうなっているのかは全く検討が付かないが、少なくとも中世ヨーロッパ風の世界にあってない歪な形に文明が進んでいる。
いや、元の世界の歴史を知っている俺から見れば歪だと思うのであって、この世界ではこれが正しい歴史なのだろう。
そもそも魔法や魔物と言ったファンタジー世界と元の世界を比べても意味がない。
まぁ、そんなわけで俺は情報収集目的で街をぶらついていた。
情報収集と言っても誰に何をすればいいのか分からないから。
冒険者ギルドや酒場に行って冒険者を探して、この辺の事や最近起こった変わった出来事を聞き出して情報を集めて行く。
全部が全部俺たちが望んでいる情報とは限らず、また同じような内容が多い。
RPGではないのだから、話を掛けられる人もほぼ無限であり、どんな内容を語られるか分からない。
そもそも、全く知らない他人に話しかけて知りたい情報を教えて貰うと言うのはコミュニケーション能力が高く無ければ出来ない。
元の世界では検索すれば何でも情報が出てきて、人に質問しなくても済んだが、この世界では人から話を聞いて情報を集めるのが普通だ。
つまるところ、俺は途方に暮れていた。
情報収集が大事なのも分かる。
分かるが、それを実行出来るかどうかは別問題だ。
いや、これが俺一人で何が何でも解決せねばならない事について情報を集めるなら腹を括ってやりますとも。
でもなぁ、今は俺一人で行動している訳じゃなくて、エドとエーゼ、柳瀬さんと言う頼れる仲間がいる。
全員コミュニケーション能力が投じて高い三名だ。
俺が情報収集に走らなくても有用な情報持ってきてくれるはずのメンバー。
俺がやらなくても良くない? そんな考えが頭を離れないでいて、中々動けないでいた。
かと言って、図太く部屋に籠って読書に興じるわけにもいかない。
仲間が仕事をしている間俺だけが娯楽に浸っているのは違うだろうと、俺の良心が許さないのだ。
一体どうすれば良いのだろうか……。
そんな風にあてもなくふらふらしていた時だった。
目の前の店先からエーゼが出てきた。
「あら? ツカサさんもこの辺で情報収集を?」
「あ……まぁ、そうと言えるような言えないような……」
そうだ、と厚かましく言えれば良いんだが、俺の口は思ったように上手く答えてくれない。
「いいえ、どれだけ一緒にここまでやっていたとお思いですの。ツカサさんがこの手の仕事がとても苦手なのは知っていましてよ」
正解でしょう?とエーゼを俺に笑みを向けて来る。
あぁ、非常に悔しいがその通りだよ。
「だったらなんだよ。俺がサボってるのを柳瀬さんにもチクるのか?」
「まさか本当にサボタージュしていましたの? でしたら心苦しいですが、本当の事をホノカさんにお伝えせねばなりませんが…」
見栄を張りました申し訳ない。
とまぁ、俺は途方に暮れていた事をそのままエーゼに伝えた。
もう良いんだ。
エドとエーゼには見栄も虚勢もへったくれも無い。
情報収集にしても何をどう動けばいいのかわからなかった。
否、行動に移せないでいた、と言う事をそのままエーゼに伝えると、彼女は「でしょうね」と呆れた目を寄越してくる。
「ツカサさんはアレですわね。非常事態や通常とは違う行動を予想したり備えたり出来ても、実際に行動に移せないのですね。毎日のルーティーンとしてや決められたパターンに沿って機械的に行動は出来ても、変則的な行動を指示されると、途端に何も出来なくなってしまう、典型的な指示待ちの下っ端タイプ」
随分な評価だ。
でも、俺だってそれは分かっているし、そんな評価を甘んじて受けている。
完全に独りだと割り切っていれば行動しているかもしれないが、人数が集まるとどうだって誰かの指示を待って、何も無ければ何もしないでひたすら待つ。
少なくとも、今のパーティー内では俺だけで他の三人とは違う。
「ですが、人が集まる以上そんな人間が居ても仕方のないことです。むしろ上に立つ者としては指示に従ってくれる存在はありがたい。ツカサさんは良くて副官、悪くても一兵卒の方が個人的にも生きやすいのでは?」
「確かに誰かに言われた事だけをやって生きていた方が考えなくて良いな。でも、中途半端に実力がある俺が一種の思考停止を甘んじて受け入れるとでも?」
「そこですわね。……立ち止まっているのもなんですし、少し歩きましょうか」
エーゼは本題の前に歩き出した。
偶然街中で会い、何となくで始まった真剣な会話にしては、少々持って行き方が強引な気がする。
少なくてもエーゼはここまで俺の問題に突っ込んでくる人間では無かったはずだ。
ここで無視しても今の時間はやる事がない。
情報収集があるが、最悪俺が集めなくともエドや柳瀬さんが何かしらの情報を集めてくれているだろう。
二人共俺なんかよりも遥かに情報収集力に長けているし、何なら俺を誘ったエーゼも同罪だ。
エーゼの少し後ろをついて歩く。
まだ午前中なのに人通りは多い。
それだけマチトリスの人口が多いと言う事なのだろう。
まぁ、多いと言っても歩けば常に誰かにぶつかるって程じゃない。
周囲に気を使っていれば人にぶつかる事はないだろう。
と、エーゼがペースを少し落として並んで来た。
「貴方は人との距離感をもっと覚えるべきです。確かに着いてきてと言ったのは私ですが、何もそこまで離れて歩く必要はありませんわよ」
「混み合っていないし、声は聞こえる距離は保ってたはずだけど」
「初対面や単なる知り合い程度ならそれでも問題ないでしょう。しかし、私と貴方はパーティーメンバーです。それも組んだばかりではなくもう何ヶ月も」
「…時間だけが全てじゃ無い」
時間が解決しているなら小学校、中学校でずっと同じクラスだったクラスメイトと仲良くなっていなければ可笑しい。
常にとは言わないが、街の外を出ればほぼずっと同じ時間を過ごしていた俺たち。
学校は半日でほとんどの時間は授業があり、たった四人のパーティーと四十人近い人口濃度の差もあるから一概に比べる事は出来ないが……。
「確かに時間が全てではありませんが、少なくとも私とエドは貴方とホノカさんの事をただの冒険者仲間とは思っていませんわ」
立ち止まったエーゼは振り返ると、なんてことのないように俺達の関係を言い切った。
「友達」
私はそう思っていますけれど、ツカサさんはそう思ってくださらないのですか?とエーゼが続ける。
友達…友達かぁ。
確かに今までの人生の中で一番距離感が近いのは彼らだ。
知り合いとかクラスメイトとか、近所の歳の近い子とか、そんなんじゃ無い。
ただ毎日の顔を合わせて他愛のない会話をして、命を掛け合って背中を預けて。
確かに元の世界で同じ位置まで居た友人は存在しない。
こんな関係性が友達?
こんなあっさりと言ってしまっても良いのだろうか?
エーゼに言われても素直に頷けない。
そんな俺にエーゼは強く肯定してくる。
「気の許せる友人。簡単にとか、時間とか、互いに秘密にしていることがあるとか、そんなものはどうでも良いのですわ。私があなた達の事をどう思っているのか? それが一番重要なのです。私は今の関係性を友達と思っており、その言葉に相応しい行動を心掛けておりますが……」
自信に満ち溢れた瞳が俺を射貫く。
何がそんなに自分の言葉を感情を肯定的に捉える事ができるのか俺には分からない。
「私もエドもですが……一方的な感情の押し付けは良くありませんわね。それそこ友達だと言うのなら尚更です。ツカサさん、貴方は私の事を友達だと思ってくれていないのでしょうか?」
懇願するとは違う。
単純な疑問とも違う。
俺の感想だからエーゼが実際に考えている事とは違うかもしれないが、エーゼはどちらでも良いかのように聞こえた。
いいや、多分エーゼは俺が否定したら悲しむのだろう。
だってエーゼは誠実な人だ。
そんなエーゼが友達と言うのなら、彼女は本気で俺の事を友達と思ってくれているのだろう。
なら俺はどう答えるべきなのだろうか?
知り合い以上で仲間だとは思っている。
でもそれ以上の友達と言えるのだろうか?
いや、こんな疑問が頭に浮かんでいる時点で友達とは言えない、はずだ。
俺が迷っていると、エーゼが柔らかく言って来た。
「迷っているのは、貴方が私の事を友達と思ってない事は無い事を示しますわ。素直に言えないのは一瞬でも迷った事で友達と言えないと思ったから……。違いますの?」
合っている。
俺の心を覗いているのではないか?と思うほどだ。
確か、某魔法学校の児童書にそんな魔法があったな。
「違わない。確かにエーゼが言った通りの事を考えていた」
「でしたら友達で良いではありませんか。友人の定義をしっかりと定めて付き合いをしている人なんてほとんどいませんわ」
友人……。
そう思って良いのか?
「良いのですわよ」
友達なんて要らないと思っていた俺が?
「過去の気持ちなんて今は関係ありませんわ」
魔王討伐が終われば別れるかもしれないのに?
「未来の事なんて誰にも分かりませんわ」
なら……俺は、
「エーゼの事を、エドの事も友達と思いたい」
「えぇ。やっと言葉にしてくださいましたね。これからもよろしくお願いいたします」
そう言ってエーゼは手を差し出した。
流石に彼女が何を求めているのか分かる。
今までなら俺の考えは果たして合っているのだろうか?と考えたであろうが、今の俺はそんな無粋な事はしなかった。
「あぁ、よろしく」
エーゼの手を握り返す。
冒険者なんて力仕事をやっているにも拘らず、エーゼの手はすらっとして柔らかかった。
繋がれた手は2秒で離れた。
それでも、その時間は何分何時間にも思える時間だった。
こうして、俺とエーゼは正式に友達となったのだった。




