118話「最前線の都市到着」
「なんか、物凄く賑わってるね。もっとこう……ピリピリした雰囲気だと思ってた」
「これまでの町はそんな雰囲気でしたものね。ここは国中、下手すれば他国からも腕のある傭兵や冒険者が集まっていると言われている街ですもの」
俺達はトリミア王国最北端の街へとやって来た。
マトチリストと言うらしい。
最北端と言うこともあり、ここから数キロもすれば魔王軍と衝突が起こっている戦線へ最も近い街である。
魔王が攻めてくるまでは普通の街と街の間にある宿場町と言ったらしいが、北都が魔王に奪われてしまいこの辺りまで支配権を握られたお陰でマトチリストはかつてないほどの成長を遂げた。
魔王軍との戦いに参加しようとする冒険者や傭兵が前線に赴く前に必ず立ち寄る場所だし、トリミア王国騎士団の駐在所も新たに設立されて常に一師団に近い騎士が街に留まっている。
冒険者や騎士と言った戦う者が集まれば、それ等の衣食住を支える者達も集まり、更にそれ等の為に人が集まり……と順調に規模を広げていった結果あるので今のマトチリストだそうだ。
全てエーゼ談だ。
柳瀬さんの言う通り、最前線に一番近い街なのに非常に活気ある街だ。
素人目線だと南都アルケーミにも劣らないと感じる。
活気がありすぎて街に入って数分で人に酔って来た。
早く宿を取って部屋に閉じこもりたい。
「じゃあ、先ずは冒険者ギルドに行こうか」
ダメな模様。
いや、町に付いたら余程の事がない限り冒険者ギルドに行くべきなのは分かるが……。
ちょっとくらい別行動しても……。
ダメ?あぁ、柳瀬さんの笑みが怖いので何も言いませんとも。
そんな訳で冒険者ギルドへ。
こういった初めての場所でも迷わないのは便利だよな。
大抵は街の中心や区画別になっている街ならその中心に位置している事が多く、この世界にしては珍しく複数階建ての大きな建設物になっている上に、ドラゴンに挑む人で見慣れたシンボルマークが見えやすく飾ってあるから見つからないって事は余程の方向音痴でもない限り有り得ない。
それこそ、どこぞの海賊剣士のようなファンタスティックな迷子でもない限り。
エドとエーゼが方向音痴じゃない事は今まで行動を共にした時間から知っているし、柳瀬さんも偶に抜けている時があるものの基本的には優秀な部類だ。
俺が居なくても冒険者ギルドに向かうくらいなんて事ないはずなのだが……まぁ、一発で正確な位置が分かる俺のマップ機能がチート過ぎるだけ。
うん、俺だって確実に一発で最短ルートで目的に行けるチートアイテムがあれば手元に起きておきたいし、チート能力者なら出来る範囲で顔見知り程度の仲にはなっておくべきだと考える。
それが実行出来るかは別としても、俺以外の三人なら俺よりも行動的に囲うだろうな。
まぁそのチート能力者が俺になるんだが……。
マップ機能は俺にしか見えない概念的な能力なので俺が先導しなきゃならない。
これが街の外ならどっちの方向へどの位って感じで言えばいいが、街ともなれば大雑把な指示では目的地を伝えるのは難しい。
ここから何番目の路地をあっちに曲がってその後……と細かい指示を何回も出すくらいなら、俺が先頭に立って進んだ方が早くて楽だ。
というわけで視界に写るマップを視界の端から中央付近に移動して、マップを度々確認しながら冒険者ギルドへと向かっている。
後ろから聞こえてくる柳瀬さんとエーゼの会話をBGMに、俺も簡単に街並みを観察してみる。
「やっぱり冒険者が多いね。でも、傭兵との違いって度々分かんなくなるんだけど」
「一番の違いは冒険者ギルドに加入しているかどうか?が明確な判断基準になりますわね。後は……傭兵は護衛や戦争の兵士として雇われる場合が多く、冒険者はモンスター討伐や目的の材料の調達など幅広く対応している感じですわ」
冒険者と言うのだから、未知の土地を探索して素材などを集めるイメージもあるのだが……ダンジョンがそれに当たるのだろうか?
まぁ、どっちも武具を持って何かと戦う事を生業としている点は一緒だろう。
「へー。じゃああのよく目にする鎧を着ている人達は?」
「あれはトリミア王国の騎士団ですわね。主に王侯貴族の護衛を行っている者達です。騎士団の上層部、つまり司令塔には貴族が就いている場合が殆どですわ。有りたいに言うのならば、貴族の就職先としても機能している組織になります」
「それってありなの? 一般人は知らなかったり……」
「求められる能力がかなり高い条件はありますが騎士団も一般公募はしておりますし、実際に騎士団長にまで上り詰めた方もいらっしゃいます。騎士団とは別に軍部もありますし、たいていの方は軍で功績を積んでから騎士団へ移籍する形が花形でしょうか?」
「そうだね。軍の方が一般人にとっては馴染み深いはずだし、何よりも就き安く給金も安定している。街やそこに住む人々を守るが中心な軍部、貴族や国と言う概念を守る騎士団って感じかな?」
「うーんよく分からないや」
王権制度でトリミア王国は成り立っているとは知っていたが、まさか騎士団以外にも軍って物が存在してたとは知らなかったな。
こういった世界のお決まりは騎士団だけど、別の国には別の呼び方で似たような組織が存在しているのもお決まりだ。
全部の国が騎士団でも良いけど、やっぱり呼び方が違った方が読者も見分けが付きやすいだろうし、そもそも国毎の特色を強調して押し出したからこその呼び名の違いなのかもしれない。
と、俺も騎士団や軍について考えるていると、後ろに居た柳瀬さんから声がかかる。
わざわざ歩く足を早めて俺と並び立ててご苦労な事だ。
そのまま後ろに居たままでも構わないのに。
「ツカサ君、騎士団と軍の違いって分かる? ほら、私達の地元で言うなら」
なるほどそう来たか。
創作物をそこまで嗜んでいない柳瀬さんにとっては少々難解だったらしい。
俺も『そういうもの』だと認識しているから疑問に思わなかったが、確かに同じ国家に国が運営する武装組織が複数もあるのはおかしいな……。
と思ったところで、元の世界の現代に限らず何処の国、時代も変わってない事に気付く。
国の武装組織が一つしかなければ、その一つが国家転覆に加担してたらあっという間に終わってしまう。
となれば……。
「物凄く簡単に単純に表すなら警察と自衛隊とか? どっちも国に仕えてる立場だし武装している」
「あ、そっか。別の国でも軍と警察両方あったりするもんね。あれ? でも、騎士団がお偉いさんを守るのが仕事ならどうしてこんな場所に?」
確かにそうだ。
花形の騎士団ならこんな前線に送り込まないで王都を守ってれば良いのだ。
そんな俺達の疑問に答えたのはエーゼだった。
「国、強いては人類の危機に先頭に立って対応しない騎士団が何処にありますでしょうか? 貴族が率いる騎士団が先頭に立って戦う事で民衆にアピールしているのですわ。もっとも本音のところを言えば、人手不足なのが一番の理由ですわね」
「ぶっちゃけたね。何処も人手不足なのは変わらないのかー」
「こんな時代ですもの。今はまだ比較的安定しておりますが、この先は常に人が死に、魔族が死ぬ。争いが絶えない場所ですもの」
「へーそうなんだ。うーん、まだちょっと実感が湧かないよ」
柳瀬さんの感覚は元の世界でもトップクラスに平和だった現代日本人としては、至極当たり前の間隔だ。
まぁ、かというと俺もそこまで戦争している、ここは戦地だと言う実感が薄い。
多分、俺達が未だに本当の危機に出会っていないからだろう。
ダンジョンに柳瀬さんを連れ去られて時も、ドラゴンと戦った時も、確かに命の危機はあったが命を落とす僅かな瀬戸際までは行っていない。
なんだかんだ言ってチート能力で順風満帆に進んでいるのが現状だ。
このままじゃ、何処かで致命的な敗北を受けてしまう……様な気がする。
大体……って今はそれよりも気になる事がある。
エーゼは何でこんなにも色々と詳しいのだろうか?そんな疑問も頭を過っていた。
明らかに一般人、一冒険者が当たり前のように知っているとは思えない内容ばかりなのだが……。
やはり何かしらの事情があって身分を隠して旅しているお貴族様って展開がテンプレだけど、いきなり聞くのもマナー違反だしなぁ。
これが物語だとしても、急に仲間が実は偉い人でしたって急展開が起これば何の面白味も無い。
伏線も無しに思いついたかのように設定付与は読者は置いてけぼり。
まぁ、ここは本の世界でもないんだから伏線とかあっても俺は知る由もないし、急にそんな身分だーって言われたらそれだけ隠すの上手かったのか、単に鈍くて気付かなっただけか。
それとも、この謎の様々な知識を持っているのが既に伏線だったり?
とは言え、俺にはエーゼとエドに踏み入った話をする気は無いし、人の隠している事を暴こうとする気性も持ち合わせていない。
第一、俺と柳瀬さんが此処とは違う世界から転生召喚されてやって来た勇者的な存在だとは話してない。
自分達は秘密を作って置きながら他人の秘密は気に入らないとか、何処の自己中だよ。
向こうが言いださない限り、俺達も異世界出身だとは言わない。
まぁ、そこまでの仲になるかは分からないし、そもそも異世界出身と貴族出身だとは度合いが全く違うけどな。
言っても信じられないが当たり前だし、言って仲が拗れるくらいなら何も言わない方が良い。
この世界に来て様々な伝説や伝承、物語を読んで来たけど、よくある「勇者伝説」「女神の使い」的な話は存在していない。
無論、神話レベルの話ともなれば似た様な話が無くもないが、少なくもと勇者的女神的な存在が人々に認知されている世界ではないみたいだ。
今よりも技術が栄えていたと言われている古代文明が数万年から数千年も昔の話で、それよりも遥かに昔の時代が神代と言うのがこの世界での常識になる。
恐らく元の世界で言う西暦以前の話なのだろう。
ともかく、魔王と言う人類に対する明確な脅威がいるにも関わらず、伝説の勇者の伝説が……女神様が使いを……と言った話を全く聞かないのは、この世界がそう言った存在は御伽噺だと信じられているからだ。
俺が読んだことのある本の中には、むしろこの世界の人間が魔王に対抗する勇者を召喚するのが当たり前の伝説だったり、女神の神託とかで神殿が騒ぎ立てていそうだけど、この世界はそんな事ないらしい。
まぁ、俺が出会った女神ビエントルナー様も俺に魔王討伐を依頼してきても強制力は皆無だったし。
本当に討伐してほしければ神殿や王城に神託を下しているとか、その場に転移させて俺が魔王討伐の指名から逃げられなくすればいい。
強制してこなかった時点であの女神は詰めが甘い。
まぁ、にしては色々と不可解な点があったようなと今にして思ってみる。
どっちにしろ、柳瀬さんが俺の転移に巻き込まれてこの世界に来てしまったお陰かせいで魔王討伐に乗り出す羽目になったのは間違いない。
運命からは逃げられないって事か?
なんて色々考えている間に冒険者ギルドに到着。
当たり前の様に先行して受付に居るメリーさんから情報を仕入れ、急用の依頼がない事を確認して併設している酒場で食事を取る事にした。
「あの受付嬢、メリーさんとおっしゃいましたか?」
席に座ってウェイターに各々食事を注文して出来上がりを待つ間、エーゼが首を傾げつつ呟いた。
「何処かで顔を拝見した記憶がありますが……」
「うーん。私もギルドで受付している時以外の事は知らないかな? 個人的な話は少しするけど、お互いに家族や昔の話題には避けてるし……」
これまた珍しい。
あのお喋りなメリーさんとコミュ強な柳瀬さんが避ける話題があるとは。
あれか? お互いにフィーリングで避けるべき話題が何となく感じ取って絶妙に避けているとか?
そうだろうな。うんそうに違いない。
ここまで来たらエスパーだ。
「エスパーなんかじゃないよ」
と柳瀬さんが眉間に皺を寄せて言い放った。
「き、聞こえてた?」
「聞こえてないけど、長い付き合いだし何とかツカサ君ならこんな時こんなコト考えているんだろうなぁって予想しただけだよ」
さも当然の様に言っているが、同じ時間を過ごしたはずの俺は柳瀬さんの考えている事はサッパリ分からないぞ。
突拍子の無い事しか言わない気がするのは予想にならない。
「まぁ、ホノカさんがツカサさんの事を……「ナシ!! まだナシ!!」まだ、ですか。えぇ、貴女がそういうならそう言う事にしておきましょう」
「うぅ……」
エーゼが零しそうになった事を柳瀬さんが大声を出して遮った。
何を言いかけたのか気にならないと言えば嘘になるが、今はそれよりも柳瀬さんの声で周囲の視線を集めてないかの方が気になる。
目線だけでチラッと確認してみたが、ギルドの酒場は喧騒という言葉が似合う場所そのものなので周囲の人は全く気にしていなかった。
その事にホッとしつつ、エドを目が合ったので何となく苦笑いしておく。エドも女子たちのテンションについて行けないのだろう。
「あはは……。そう言えばツカサ、君は明日どうする? 良かったら一緒にアイテムショップを覗きに行かないか?」
「明日は休日だろ。そりゃあ一日中……。いや、俺も新しい本を探したかったから行こうかな?」
流れる様に誘ってきたエドの誘いを一度は断ろうとしたものの、一日中宿に引き籠って読書をしていると柳瀬さんが絶対に文句を言うはずだ。
前よりは頻度は減ったもの、一日中宿に引き籠って読書をしていると柳瀬さんが絶対に文句を言うはずだ。
前よりは頻度は減ったものの、やはり不真面目な生活を送っていると不機嫌になる柳瀬さん。
知り合い以上の存在ではあるが、俺は柳瀬さんの家族でも友達でもないんだぞ。
そこまで気にかけてくれる理由が思いつかない。
と、いうわけでエドの提案は渡りに船だったのだ。魔王軍との最前線の街ということは今後の魔王討伐に役立ちそうなアイテムが見つかるかもしれない。
逆に本来の目的である本は多分見つからないだろう。
こんな読書が好きでもなさそうな奴等が大勢拠点にしている街だ。
商人や冒険者が必要とするアイテムショップや酒場などを営む一般人も居るには居るが、やはり普通の街よりは比率が下がるだろう。
だとすれば、都市よりは本屋の数も少なくて質も劣るだろう。
まぁ、エドと一緒なら同性な分柳瀬さんよりは気も楽だ。
買い物を楽しむとしよう。
なんて、到着した料理にスプーンを入れながら考えるのであった。




