116話「北上」
次の日、俺達は予定通りこの街を出立した。
その際、やはり夜遅くまで読書をしてしまった俺はエドに起こされたのだが、エドの表情がほんの少しだけ硬かった気がする。
「お、おはよう。早く準備しないとホノカが部屋に突撃して来ると思うよ?」
「…それは不味いな。二日連続で柳瀬さんに部屋に入って来てほしくない」
「あはは、だね。着替えるの待とうか?」
「いーや、すぐ終わるけど先に降りて良い」
「了解。ついでにホノカに起きてるって伝えておくよ」
そう言ってエドは部屋を出ていった。
その時は何も思わなかったが、エドの反応が変だった気がする。
……気がするだけで何もないかもしれない。
あれだ、かも知れないって一度思えばそうだと思ってしまう思い込み効果だ。
正式名称とかあるのだろうか?
ネットが使えたらぐーぐる先生で調べられるのに……。
そんな事を考えながら歩いていたからだろうか?
前を歩いていた皆からそれなり遅れてしまっていた。
「ツカサくーん遅いよー」
後ろを振り返った柳瀬さんが手を降っている。
俺は少しペースを上げて追いつく。
並んだ俺に柳瀬さんが声をかけてきた。
「悩み事? だったら私が聞いてあげるよ?」
並んでいるのに俺の顔を下から覗き込んでいる。
俺は身長が高い方でない、むしろ低い方なので柳瀬さんとほとんど変わらない。
女の子に下から見つめられる…そう上目づかいなんて経験したことがない。
だから、そんな不意打ちに心臓が揺れる。
考えて事をしながらボーっとマップ機能を眺めていた俺の視界に急に写る柳瀬さん。
そんな無防備な行為はやめて欲しい。
まぁ、俺にそんな事を言う度胸なんて無いから目を逸らすしかないんだが。
「悩みはあるっちゃあるけど柳瀬さんに言っても解決しない事だよ」
「むー、そんなの分かんないよ。ほら、言ってみて。早くッ!」
強引な柳瀬さんの尋問を断れるはずもなく、俺は現状で最も悩んでいる事を口に出した。
「誰かが俺のプライベートに口出しし過ぎているから、自分の時間がゆっくりと取れない所かな?」
「思いっきり私の事だ!?」
酷い!?と柳瀬さんは驚いて睨んでくる。
普通なら冗談だ、とか言って雰囲気が悪くなるのを防ぐべきシーンなのだろうが、生憎と俺はそんなラノベ主人公みたいな反応は返さない。
「柳瀬さんを元の世界に帰す為に魔王討伐に乗り出したのはまだいい。エドとエーゼとパーティーを組んだもの魔王討伐の成功率を上げるために割り切る。だけど、同郷だからといってアレコレ言いだしてくるのは違うんじゃないか?」
少し…いや、かなりキツイ言い方になってしまった。
俺だってその場では流されてしまっている身なので、百パーセント柳瀬さんが悪いとは思っていない。
七対三…いや六対四くらいは俺も悪い。
しかしだ。このまま言われっぱなしでいると、今後もずっと柳瀬さんに私生活を握られてしまうかもしれない。
そう考えるとどこかで一度俺の心情を吐き出して理解して貰う必要があった。
今の状況は渡りに船である。
エドとエーゼとも距離的に離れていて、魔王討伐に向けた道のりも半分を切っている。
このモヤモヤした気持ちを引きずって本格的な戦場に入る前にケリを付けておくべきだ。
変な気持ちを抱えたままで命をかけた戦いに乗り込んでしまうと、ふとした拍子に負けて死んでしまうかもしれない。
ゲームの様にセーブ&ロード機能はない。ソーシャルゲームの様にコンテニュー機能も無い。ラノベ主人公のようなご都合展開は起こらない。
はっ、異世界転生なんて経験しておきながら俺がそれを言うかよ。
だけど、俺はそう幸運が何度も何度も続くとは思っていない。
既にチート能力だと疑わしい力を持っているのだ。
これ以上自分をラノベ主人公みたいな存在に成れると勘違いしたくなかった。
「そう、だね。うん、色々と踏み込み過ぎたのは謝る。……でも、同郷だからってだけじゃないのに」
「ん? 最後の方が聞こえなかった。もう一回お願い」
謝ってくれた柳瀬さん。
しかし、最後の方が声が小さくいつもよりもハリが無くて聞こえなかったのだ。
難聴系主人公を気取るつもりはない。
しっかりと柳瀬さんが口に出した言葉を聞き出す。
「何でもないよ。今後はプライベートにあまり踏み込まないようにするね」
聞き出せなかった。
有無を言えない圧で終わった。
……ホント、難聴系主人公をバカに出来ないじゃないか。
ん?踏み込まないと確約じゃなくて、あまりって言ってなかった?
気のせいだ。
気のせいだよね?
気のうせいにしよう。
俺は何も気づかなかった事にして追及を言うのを辞めた。
これで満足した、したことにして俺は歩みを早める。
俺が抱いていた悩みの一つを解消した事で少しだけ楽になった。
今は次の街へ辿り着く事に集中しよう。
マップ機能で常に索敵を行っているとはいえ、基本は流し見で気にしていないし、人と話してる最中は特に意識外にある事が多い。
複数タスクの処理が可能な程俺の頭は良くないからな。
俺はマップ機能に意識を割きつつ歩き出すのだった。
俺達は街と街を移動して北上して行った。
道中でエドと柳瀬さんのお節介も相変わらずなので一直線で最短距離とはいかないが、それでも着実に北方へと進んでいる。
正確な地図が余り出回ってないのと尺図が元の世界とは同じとは限らないから、このトリミア王国がどの程度の国なのか想像でしか分からないが、小さな小国というわけでなさそうだ。
他国に興味がない上に島国だった日本とは違い、周辺国との交流もある程度はあるようだけど、魔王と言う危険分子が国の北側を占拠しているせいか、頻繁に国外の人間を見るということは無い。
もっとも異世界人たる俺にはこの世界で誰がトリミア王国民なのか、そうでないのか見分ける事ができないがな。
俺からすれば誰だって異世界人だ。
よくある極東の人は黒髪というラノベあるある、以上に白い人種、黒い人種は別の国の人、と言う分かりやすい見た目であれば、この辺りの人じゃないんだなって分かるが、細かい違いなんて現地人でも分かる方が少ないんじゃないかな?
言葉を異世界転生の特典と思われる翻訳チートに頼っているから言語による違いを見分ける事が俺と柳瀬さんには出来ない。
まぁ、今すれ違った人がトリミア王国民じゃないって分かった所で、なにそれ?って感じなのでどうだって良いが……。
あぁ、ゲームみたいな視点の一つであるマップ機能を上手く活用出来るなら識別出来るかもしれない。
トリミア王国民以外は別の色で表示する…そう意識したら上手くいく可能性は高いと思う。
もっとも、トリミア王国民とそれ以外の国の人物を知っていなきゃ確認の仕様がないわけだし、そもそもこの世界で個人が帰属する国がどう決まっているのかが不明だ。
街なら居住民の資料くらい作っているだろうけど、村落や小さな町までも完璧に揃っているとは限らない。
時折中世ヨーロッパに合わない概念や道具が出てくるけど、それは魔法と言う元の世界には存在しえなかった概念が存在していて、人種や人の可能性が全く別次元の世界だからこそ元の世界とは違った文明進化を遂げている結果だろう。
もしかしたら一般的に知られていないだけで個人の情報を国が把握しているのかもしれないし、そう言った古代文明の遺産が運用されているのかもしれない。
まぁ、暇だったから色々と考えてみたけど、俺には全くもって関係無い話だ。
国に忠誠を誓う訳もないし、魔王討伐したら目立つのが嫌になって他国に逃げるかもしれないし。
って、それだと実は最強のほのぼの日常系ラノベになっちまう。
まぁ、そうそう簡単にライトノベル的イベントなんて起きてたらそれこそ元の世界で活字中毒の陰キャなんてやってない。
と、一人で色々と考え込んでいた俺に前から声がかかる。
数メートル先を先頭で歩くエドからだ。
「ツカサ、もうそろそろ今日の野営地を決めたいんだけど近場に村は無いよね?」
大まかな地図はあっても正確な地図は付くのが難しいこの世界。
近場の人間しか知らないような小さな村落でもあれば、困っている事や小さなお手伝いを対価に空き家を借りる事が出来るかもしれない。
俺達は俺のアイテムボックスに大量の物資や普通の冒険者パーティーが持ち運べない荷物まで詰め込んでいるから野営と言ってもそこまで苦労するものではないが、それでも屋根のある室内の方が精神的にも身体的にも休まるし物資の温存にも繋がる。
そういうわけで、太陽が傾き野営の時間も考えれば色々と準備を行うべき時間…体感で15時か16時付近になると俺がマップ機能で近場に人里がないか調べるのだ。
まぁ、正確な時計じゃないから時間は分からない。
そもそも元の世界と同じように太陽の沈みが季節によって変わるのか…色々と疑問はあるが、ご都合主義の異世界らしく元の世界とほぼ変わりないから体感とそこまで差があるとは思えないが。
頭のいい異世界転生者や機転の良い人ならその辺りも色々と考えて、作戦や戦術なんかに組み込んで見せ場を作れるんだろうけど……俺に出来るのは今まで読んできたラノベ知識を思い出して今後の役に立てるか精査する程度だ。
そう言えば修行パートとか俺達には無いな、と考えながら視界の端に意識を持っていってマップ機能を中央に固定する。
ここ最近出来るようになった事の筆頭と言えばこれだろう。
視界の隅にあるマップを視界の中央に持って来たり、逆側に配置したり、半分を占めさせたり…さながらデスクトップパソコンのアプリケーションの様に自由自在に大きさを変える事が出来るようになったのだ。
地道だけど便利ではある。
一々右上に視線を向けなくても良くなったし、半透明化で視界の中央に配置しつつ前の景色も見えるようにもなったので作業しつつマップを確認する事も可能になった。
操作方法は意識すれば動かせるが、今のような余裕がある時はイメージしやすいように指を振っている。
さながら某フルダイブゲームのようだ。
思いついた時はテンションが爆上げしたが、ふと我に帰ってみると意味不明に指を振るっている危ない人。
黒歴史がまた一つ増えたぜ…………魔法とか扱ってるから今更か?
そんなわけで、大げさに腕を上げて目の前で指を振る事は無くなり、精々外套の中でこっそりとに留める事にした。
「あぁ、確認してみたけど一番近い村までは地図通りまだ遠い」
「そっか、じゃあ野営地を探さないと。この辺りだと川も無いみたいだし……」
マップ機能を使って調べ上げた情報をエドに伝えると、彼は早速野営地に向きそうな場所をエーゼと共に探し始めた。
俺も習って辺りを探り始める。
この辺りは所々に木が生えているだけの丘で、マップ機能で確認した限りモンスターや魔物も多くはない。
日中会敵したモンスターと戦った感じでもそこまで強くは無く、俺達なら一人で戦っても問題なく対応出来るレベルの敵しか出現していない。
偶々運が良く低いレベルのモンスターしか出てこなかったのか、それともこの辺りの適正レベルが俺達よりも低いのか、慢心は良くないが俺達が強すぎるのか。
ここ最近は冒険者ギルドにも寄ってないからこの辺りの情報が全くない。
この国について詳しすぎるエドとエーゼが何も言いださないって事は、この辺りは途轍もなく強いモンスターが闊歩する地域って訳でも無さそうだけど……。
ともかく俺も柳瀬さんと共に野営地に適した場所を探している。
二人組なので仲直りしたとかそんなんじゃなく、万が一に備えて前衛後衛で別れているだけだ。
それなら同じ同性であるエドと一緒の方が良かったのだが、先にエドがエーゼを連れて行ったの仕方なくだ。
何時間もかけて探すようなものでもないんだし、この辺りのモンスターレベルなら一人行動でサクッと見つけた方が早い気もするんだが、柳瀬さんに猛反対を受けてエドも「二人行動の方が何かと良いんじゃか?」と賛成寄りの意見を出してエーゼも陥落。
俺が数の暴力に逆らえるはずも無く、野営地に限らず町や村以外の場所では基本的に最低でも二人で動くことが決まった。
四人バラけた方が効率が良いんだけど、一人で対処できない出来事が起きた時を考えれば二人で探すべきなのは理解してるし納得も出来る。
出来るんだが……こうも柳瀬さんとのペアが多いと何か、……気まずい?
だってほら、この前街を出発した朝に拒絶まではいかなくとも、善意で色々してくれている柳瀬さんに向かって否定的な言葉を発してしまった。
これで今まで通り接するって方が無理だ。
だがしかし、何処までも善人と言う人は居るものだ。
「ツカサ君、この辺りはどうかな? 地面は整っているし焚き火の後もあるよ」
ほらここここ、と柳瀬さんが俺を呼ぶ。
俺の気持ちなんて知った事では無いとばかりに何時も通りだ。
まぁ、変に嫌われて距離を取られるよりは良いと取る。
俺の苦言を気にしているのか、以前よりは俺の行動に口出しをしてこなくなったのは良い事だ。
……そうなのだが、それが寂しいと感じているのは何故だろう。
鬱陶しいと思っていたはずなのに、いざ無くなると物足りなくなる。
そんな矛盾した気持ちを自覚すると自分が嫌になる。
芯の通った人間だとは思わないが、それでも自分が大多数の人間と同じだと分かると落ち込むものだ。
中二病さんはまだ完治していなかったのか……。
俺が一人で落ち込んでいると、柳瀬さんが近くまで来ていた。
俺の気持ちをくんでか触れ合える程の距離ではない。
「ツカサ君?」
「……何でもない。この場所なら跡があるから大丈夫そうだな」
「うん。エーちゃん達呼ばないと。 おーい!!エーちゃん、エド君!!こっちにいい感じの場所見つけたよ~~!」
焚き火の跡があるということは少なくとも一組以上はここで休息を取ったということだ。
この世界がどうか分からないけど、魔力が満ちている土地では焚き火をしただけで命を落とす厄災に見舞われるって何かの本で読んだ事がある。
とは言っても何の本で読んだのか覚えていないし、そのラノベ知識がこの世界で役に立つかは分からない。
まあ、地面は乾いている周囲に危険そうな物も無い。
念の為マップ機能で敵の有無を確認してみるが、周囲にモンスターや魔物の反応はなかった。
安全だからこそ、こうして焚き火の後が残る程何組もの人がここで野営したのだろう。
声がギリギリ届く距離に居るエドとエーゼを柳瀬さんが呼んでいる間に俺は野営の準備を整えるべく、アイテムボックスの中からテント二つ、調理器具に食器類、その他細々とした物を取り出していく。
相変わらずチート能力だなぁ……。
これのお陰で大した苦労もしないで野営が出来ている。
まぁ、元の世界でも平均的な生活水準が世界でも上位に良かった日本人が、それも何の訓練も受けていない何処でも居る様な高校生が、キャンプよりも酷い野営をストレス無く何か月も行えるか?って話だ。
幾ら異世界に憧れを抱いている中二病さんとは言え、実際に美味しくない保存食に満足に寝れず数時間置きに交代交代で起きてなきゃいけない。
そんな生活に耐えられるはずもない。
そんな、キラキラしている様に見えた異世界生活も妄想だったからこその良さがあった。
現実なんて「こんなものか…」で終わってしまう。
俺が未だにモチベーションを保てているのはチート能力を女神から貰ったお陰だ。
そう信じたい。




