114話「噂話」
「という事があったの」
時間は進み夕食時。
食事が運び込まれて少し経った頃、柳瀬さんが今日の話題を語っていた。
共有する情報ではないから別に話す必要性が感じられないが、柳瀬さん的には食事時に話す話題だったらしい。
「それで?結局魔法袋の作成は失敗しましたの?」
「そりゃあ勿論失敗した。最低でも一度作成しているのを目にしないと無理そう」
「無理そうって……。普通は生まれ持った才能か、短くない時間をかけて技術を学んでようやく習得出来るスキルですのよ?」
俺の言葉に呆れ顔でいるのはエーゼだ。
何時もの事なのだが、彼女はそういった役割を担ってくれている……と思いたい。
魔法袋の作成はやはり失敗した。
何の変哲もない動物の皮で出来た袋を取り出して凝視。
一応魔力を込めるイメージをしてみたり、ゲーム画面ならこうなるだろうなぁ的な変化をイメージしてみたのだが、全く反応はしないで時間は過ぎて行った。
魔力が足りないと言う事は絶対に無いはずだ。
戦闘後で魔力が減っているならともなく、休日でしっかり休んでから日中はダラダラ買い物をしていただけなので魔力は全快している。
最懐かしくなるほど前に測った時で既にSランクを大きく超えていた俺の魔力量は、今では中級魔法を放っただけでは分からないくらい増えている。
今でも増えているのか前から止まっているのかも分からないが、上級魔法を連射可能でトリミア王国の枠を超えて観測史上最大値とも言える程に増えている。
と、エーゼは言っていた。
そんな俺が失敗するなら魔力量の問題ではなく、そもそもスキルを所持してない事が原因だろうと推測できる。
魔法とスキルは別物なんだろう。
それか、やはり一度制作過程を目にしてないからイメージ出来てない問題か……。
どちらにせよ、今の所解決しない問題なのは間違いない。
「そう言えば、魔法袋の制作スキル持ちって国内にどのくらいいるものなんだ?」
「正確には分かりませんわよ。国やギルドですら把握できておりませんし、基本的にスキルは自己申告しなければ分からないですし……。ほら、ツカサさんも色々とお持ちですが国に把握はされて無いと思いますわ」
「そっかー。……それって国としてはどうなんだ? ほら、俺と柳瀬さんの故郷だとそう言った技能はきちんとした試験を受けて合格した人だけが名乗れる物だったから」
「もちろん国としては把握しておきたいのが本音でしょうね。ですが、各々の能力を強制的に掌握するわけにもいかず、ツカサさんの様な方が少なからずいるのが現実ですわ。もっとも、魔法袋の作成スキルは珍しいですし、欲を出して変な商売を行わない限り一生食べていける程の技能ですもの」
確かにそうだ。
他にやりたい事や野心でもない限り、確実に大金を稼げるスキルならば誇張はせずとも黙っている理由は無い。
俺の様に目立ちたくないって理由なら俺も共感出来るし、レアスキルで儲けようって魂胆も理解は出来る。
が、やはり希少な物を希少な物で様々な人から狙われる。
単純に未所持者からの嫉妬心からちょっかいをかけられるだけならそこまで困らないし、対処方法は幾らでも取れる。
利用しようとする者はかなり厄介だろうな。
国や領主と言った真っ当な所から囲われる程度ならまだいい。
でも、犯罪組織や犯罪を強制させてくる貴族などなら誰だって嫌だろう。
そんなことから、レアな技能持ちは隠匿する人も多いと容易に想像がつく。
話題がズレて来たが、柳瀬さんが軌道修正を行ってくれる。
「それで? エーちゃんはツカサ君以外に収納スキルを持っている知り合いは居ないの?」
「知り合いというわけではありませんが、所持している人物は数名ご存知ですわ。もっとも、忙しい方ばかりですのでアポイントメントを取らなくては会えませんし、そもそもここからでは遠すぎますの。エドの方は誰か心当たりは?」
エーゼがエドに話しを振る。
エドは苦笑いをしながら答えた。
「エーゼが知ってる以上の人は居ないかな? 俺よりもエーゼの方が人脈は広いからね」
「そうかもしれませんが……エドなら突拍子もない事で知り合いになる方が少なからずいらしたので……。ほら、この前だって胡散臭さそうな情報屋を名乗る人物と接触していましたよね?」
「彼は信頼出来る人だよ。と言うか、俺はその事エーゼに話していないんだけど、何で知ってるの?」
「えっ? た、偶々目にしただけですわ」
目がうろついているエーゼ。
誰がどう見ても嘘なのは確か。
絶対にエドを尾行していたはずだ。
「偶々か……。それならそうか」
素で言っているのか、それとも分かって目を瞑ているのか判断に困る答えを返すエド。
エドは主人公体質のある人だとこれまでの付き合いから思っている。
某ツンツン頭の最弱に通じるお人好しで困っている人を見捨てられない。
ここまで来るのにかかった時間の大半が人助けで消費されたのはこの前の述べた通りだ。
主人公体質的には主人公様お得意の『え? 何だって?』と言う急に聞こえなくなる耳が挙げられるが、エドの性格的には見逃してる方が高そうだ。
金髪碧眼でイケメン。性格も良い。
完璧人に近いが何でも出来るわけではないみたいで、器用貧乏に近いかもしれない。
イケメンなので王道のファンタジーの主人公様様だ。
俺達に付き合ってくれているとはいえ魔王討伐を志している点も主人公ポイントが高い。
貴族ではないみたいだが、所々にこの世界の平民っぽい粗っぽさが感じられない綺麗な佇まいを見せている。
性分とは言い切れない、生まれてから習慣づいている感じがあると言うか……。
まぁ、それを言うなら俺と柳瀬さんだって作法を習っていない人よりはマナーがあるように見えるんだろうが。
まぁ、俺はエドとエーゼの正体を探ろうとは思わない。
ラノベ的展開ならどこぞのお貴族様や王族だった的な展開は読めているし、本人が言わないのであれば俺は気にしない。
誰にだって触れてほしくない部分はある。
そこを分かって居ながらズカズカと踏み込む程無神経じゃない。
気を使わなくてもいい家族の方が落だ。
集団生活は疲れる。
少し間が空いて、エドが俺に言った。
提案だった。
「ツカサは魔法袋の制作スキルを持っている人と会いたいのかい? ここはそれなりに大きな街だから探したら一人くらいなら見つかるかもしれないよ」
「あー……。いや、別にわざわざ探さなくてもいいぞ。あった便利程度に考えていただけだし、そもそも制作工程を見ただけで覚えられるとも限らないしな。探すだけ時間の無駄だろうな」
「そう、ツカサがそう言うなら分かった」
エドの提案を断ると、しばし会話が途切れる。
この機にお皿に乗っている料理を平らげてしまおう。
ダラダラ食べていると満腹になって食べれなくなる。
カチャカチャと食器とフォークが触れる音、同じ食堂で他の宿泊客や夕食だけを食べに来た者達が駄弁りながら食べる音、時折柳瀬さんが話題を提供しそれに応えるエーゼとエド。
何時も通りの光景だ。
俺が口を挟む様な話題も無く、俺は黙って目の前のお皿に盛られた夕食を片付ける作業に没頭した。
早く食べ終わっても他の三人が食べ終わるまで待たなくてはならない。
一度、少量をパパッと済ませて部屋に帰って読書をしようとしたら怒られたのだ。
誰に? 勿論柳瀬さんに。
エドとエーゼは気にしていないのかそこまで干渉はして来ないが、柳瀬さんは元の世界で同級生だったからか、この世界に転生召喚されてからのそれなりに長いと言って良い付き合いだからか、それとも…………。
いやこれは無い。止そう。
普通にお節介焼きな性格だからだろう。
柳瀬さんは誰にだって優しいのだから。
しっかりと噛んで素材の味を楽しみつつ三人の談笑を聞き流していると、不意にエドが面白い話をし始めた。
「そう言えば、今日ギルドで面白い話を聞いたよ。噂になっているから皆も知ってるかもしれないけど」
「じゃあツカサ君は知らないね。どんな噂かな?」
おい。真っ先に俺が知らないと断言するなよ。
確かにこの街の冒険者ギルドには入っていないが。
マップ機能で場所だけの確認はしているし、明日も休日になるなら明日にでも足を運ぼうと思っていた所だし……。
というか、幾ら気の知れた仲間になってきたとはいえ、言って良い事と悪いことがあると思う。
いや、まぁ? 俺的にはそこまで悪い気はしてないんだけど?
そんな風に内心で柳瀬さんへの苦情を申し付けていると、エドが簡単に噂話を纏めて話してくれた。
「ここから南東に戻った場所にセレアと言う小さな村があるらしいんだ。村自体はなんの変哲もない極々普通の村だそうだ。特産物も有名人の出身地って訳でもない。なのに最近になって物凄く噂になって人が押し寄せているって話」
「その理由は? 近くにダンジョンでも見つかったとか?」
俺が思いついた答えを言ってみる。
「確かに新しいダンジョンが見つかったなら人が集まるのは当然だよね。でもそうじゃないよ」
違ったらしい。
パッと思いつく中ではいい線行ってたと思うんだが……。
本で得た知識だと、ダンジョンは世界各地に突然現れる。
誰が何の目的の為に作ったのか、それとも知性ある者の意志など無関係に発生する自然現象なのか、その実態は未だに謎のままだそうだ。
俺が前の世界で読んだラノベにもダンジョン系の本は沢山あった。
これは神にでも聞かない限り答えは出ないだろうな。
ダンジョンマスター的な存在が居るのなら、これまでに何度も目撃や撃破報告があるはず。
ダンジョンだって全てを残していると管理が大変なので、余程大きかったりレア素材が落ちない限り速攻で攻略して破壊するのが定石だ。
この世界がそうだという保証はないが、概ねこんな感じだろう。
なので、ダンジョンが新しく見つかったら近くの村が急に盛り上がるはずだと予想を付けたんだが、外れたらしい。
「そう言えば、道具屋で冒険者方が話していらしてましたわ。えぇ、確かにセレアがどうこうって耳にしましてよ」
「私は聞いてないかな? 耳が良い方なんだけどなぁ」
「ツカサ君の事言えないや」そう柳瀬さんは呟いた。
これは単純に運が無かっただけなのではないだろうか?
それとも、俺にあれこれ言っておきながら柳瀬さんは情報収集を全くやってなかったとか?
……有り得なくはない話だ。
昔の―この世界に転生召喚される前なら、柳瀬さんのような人がやるべき事を忘れるはずない、と勝手に決めつけていたかもしれないが、数か月も一緒に居た今ならそれは間違いだと思う事も出来る。
柳瀬さんの性格をある程度知っている今なら言える。
絶対に久しぶりの休日を満喫していただろ……と。
いや、同じ様に宿に引きこもって読書三昧していた俺が言えることじゃないがな。
話を戻そう。
今はエドが聞いたと言うセレアと言う村で何が起きたか?だ。
エドが続きを語る。
「俺が聞いた話だと『セレアにて聖剣が存在する。聖剣を岩から抜き出した者が魔王を討伐する勇者となって人族を救うであろう』そんな噂、預言がここ最近広まっているみたいなんだ」
「聖剣って御伽噺や伝説に語られるあの聖剣ですの?」
「岩に刺さった聖剣……何処かで聞いてことがあるような?」
あぁ、岩に刺さった聖剣。
誰が言い始めた預言なのか物凄く気になるんだが、俺が知っている伝説がこの世界にも通用するなら間違いなく聖剣の類だろう。
柳瀬さんが俺に向けて期待する目を向けているのでその期待に応えよう。
こんなオタクの常識知識程度で柳瀬さんの期待には応えられるのなら、それはそれで役に立たないとダメだろうな。
「アーサー王伝説だろう。それ以外にも伝説以上実物が残っている教会があるって聞いたことがあるけど、聖剣や噂を考えたらそれ以外無い」
「そう、それ! 剣を岩から抜いたアーサー王が王様になってイギリスを統一したんでしょ」
「アーサー王? イギリス? 聞いたことがありませんが、何処のお話ですの?」
私知ってるんだ!とばかりに得意げな顔になる柳瀬さん。
エーゼは知らない固有名詞が出て来たことに顔を傾げている。
さて、何処から説明したものだが。
柳瀬さんの知識は少し間違っているし、エーゼの疑問に全部答えるわけにはいかない。
俺が言葉に詰まっているとエドが取り持ってくれた。
「ホノカもエーゼもその辺で。一気に言われてもツカサが困ってる。一先ず整理しようか。えーっと、今巷で噂になっている話をツカサは知っている、で良いんだよね?」
「知っていると言うか、似たような伝承が俺と柳瀬さんが住んでいた地域でもあっただけ。同じように、岩に刺さった剣を抜いた者が王になって国々を統一して外敵と戦って勝つと言う物語」
「有名なお話なら国外の物語でも伝わっていても可笑しく無いと思いますが……。これでも私、教養書ならそれなりに読んできましたのよ?」
「あーー……。この国からかなり遠くにある国だからね。それに小さいし閉鎖的な時期もあったし……」
エーゼの攻撃に柳瀬さんが耐える。
嘘は言っていない。うん。
確かによく見る世界地図で見れば日本は小さいし、江戸時代には鎖国していた。
噓は言ってないが、この世界に日本に近い国があるかは不明だ。
よくある異世界だと東方に日本に近しい国が存在しているのがテンプレなのだが、俺はこの世界の世界地図を未だに見たことはなかった。
トリミア王国を中心に周辺国家を含んだ簡易地図なら出回っているが、世界全体が描かれている地図は目にした事がない。
庶民向けの本には書かれていないだけで、王宮や貴族が読める文献の中には書いてあるかもしれないが、エーゼが知らないということはないのだろ。
何故だから知らないけど、エーゼは物凄く教養が高いからな。
何となくテンプレ的に想像は付くが、それは聞かないのがお約束と言う奴だろう。
エーゼとエドが身の上の話をしてくれるのなら、俺と柳瀬さんも元の世界の話をするのが筋だと思う。
まぁ、そこまで仲良くなれるか長く旅を続けられるか、色々あるけど何時かそんな日が来ると良いと思う。
さて、そろそろエーゼと柳瀬さんの視線が厳しくなってきた。
エドが取り持ってくれているが、そろそろ俺の考えを言わなきゃダメだろうな。
どの程度まで言うべきか……。




