111話「久しぶりの街」
立ち寄った村でモンスターや魔物の討伐依頼を受ける事はあるものの、俺たちの旅は至って順調に進んでいる。
マップ機能のお陰で索敵は殆ど必要ないし、出現するモンスターだって各々が楽に対せる程度。
ゲームみたいに進行が進むに連れて敵モブのレベルが上がって行くなんてことは無い。
モンスターは世界各地に分布しているらしいからな。
ゲームの様に単純な世界ではないが、魔物に関してはトリミア王国の北方に向かうほどに強さを増しているようにも思える。
ハッキリと魔物の強さが強くなっていると実感したわけじゃない。
モンスターよりは手こずるが、誰かが大怪我を負うようなレベルじゃない。
もっとも、今は国の南方から中心の王都に向けて向かっている最中だ。
物語にするなら中盤にも差し掛かっていない場面で、物凄く苦戦を強いられる魔物が出てこられても困る。
主人公成長型ストーリー?実際に対峙しているのは俺なんだ。
無双系とはいかないが、雑魚敵くらいは楽々処理できる物語であってほしい。
恒例の如く話が逸れた。
道中は特に語ることなく順調に進んでいる、ということが言いたかった。
現在は南都アルケーミと王都を結ぶ都市で宿を取っている。
久しぶりのベッドだ。ゆっくりと寝よう。
「無事に町に辿り着いた事を記念して乾杯~~」
「乾杯!」
「乾杯…ですわ」
「…………」
手に持った果実水の入ったジョッキを合わせる三人。
柳瀬さんのテンションに付いて行けず、固まるのが一人。というか俺だ。
唯の夕食だったはずなのにどうしてお疲れ様会が始まっているのだろうか?
固まっている俺を見かねた柳瀬さんがジョッキを向けてくる。
「ほら、ツカサ君も乾杯!」
「いやなんで?」
エーゼの様に流されず冷静に返した俺は間違っていないはずだ。
「何でって言われても。無事に街に辿り着いた記念だよ。久しぶりの本格的なご飯にベッド!!ツカサ君は嬉しくないの?」
「そりゃあ、常にマップを見ておかなくてもいいのは物凄く楽だよ。でも、そんな事でわざわざ乾杯する必要あった?」
「ノリ?嬉しくなるとテンションが上がって、こんな事しない?」
しません。そんなウェーイ的なノリは陽キャの特権です。
あぁ、柳瀬さんは陽キャの代表格であるスクールカーストのトップ層でしたね。
などと面を向かって言えれば良いのだが、言い過ぎて嫌われても困る。
内心で思うだけにして、しないと首を横に振るだけにした。
「まあまあ、二人ともその辺にしておこうよ」
見かねたエドが俺達を止めた。
柳瀬さんとは性格というか感覚自体が違うんだから、こういった感じでぶつかる事もしょっちゅうある。
その度にエドが仲介してくれるんだが、俺と柳瀬さんにとっては日常的なやり取りになっているので毎回毎回「そこまでしなくてもいいと」と思っている。
「別に喧嘩してるわけじゃない。意見の食い違いが起こってるだけだ」
「うん、そうなんだろうね。でも、冒険者は命がけの仕事でもある。如何に安全性を重視して依頼を受けたとしてもそれは変わらない。だから彼らは一回一回の食事に感謝して食べるのさ」
「食べられる事に感謝はしているよ……」
エドの言いたい事も分かる。
いつ死ぬかも分からない世界。
街や町なら比較的安全は確保されているが、魔王軍の進軍も年々激しさを増していると聞いている。
モンスターが出現する場所に近い村や稼ぎを生活圏外が殆どな冒険者が日々の食事を大切にしているのも理解している。
しかし俺が言いたいこと、考えている事はそうじゃない。
毎度毎度テンションを保てるなぁ、乾杯って意味ある?と言った方向の考えだ。
「言いたいことはあるけど分かったよ。エドの言う通り柳瀬さんに合わせる事で納得る」
「うん、ありがとう。せっかく上手く行ってるのに、こんな些細な事でパーティーが崩壊するのは悲しいからな」
折れる事を選択した。
エドの言う通り、パーティー崩壊は俺も望んでいない。
一々やることに突っ込まれたり、恐れられたりしないエドとエーゼは貴重な存在だ。
二人とも不可解な出来事への対応力が高いというか。気にしてないわけではないはずだけど、それを表情に出すことはしていない。
まぁ、休憩中や見張りの時に後からエーゼには色々聞かれたりするんだけど、まぁその程度はご愛嬌だろう。
魔法の説明をしても、エーゼは少しだけ話すと直ぐに理解してくれる。
科学的な思考やラノベ知識を融合して扱っている俺の魔法。
転生特典のチートなのか、それともこの世界の魔法への本質的なアプローチを知らずに使っていたのかは知らないが、殆どの既存魔法を無詠唱でタイムラグを起こさないで発動できるのはありがたい。
気を取り直して。
柳瀬さんのジョッキに自分のジョッキを当てる事で満足してくれたのを後目にして、目の前の御飯を食べる事にした。
久しぶりの街での食事と言うわけで、出来立てのパンに熱々のスープ。
具財は色とりどりの野菜にトロトロに煮込まれた肉。
更に油で揚げた肉……唐揚げのような料理だ。
新鮮そうなサラダもある。
元の世界に居た頃はこんなにも沢山食べられる気がしなったけど、この世界に転生召喚されてからはかなり食べる量が増えた。
魔力を消費するとエネルギーも消費するからお腹が空くとか?
成長期だからって可能性は…………背が伸びてるわけでもないからないか。
まぁなんにせよ、体重が増えたりと弊害を被っている訳じゃないからそこまで気にしないで良いだろう。
強いて言えば食品の出費を気にしたいところだけど、柳瀬さんが傍にいる限りは朝昼晩三食を食べなければ怒られてしまう。
パーティーを組んでる以上、自分の体調管理も冒険者として義務にあたる。
休日や別行動をする時や間食を抜けば抑える事が出来るはずだ。
「そろそろ、今後の行動計画について話し合いたいんだけどいいかな?」
各々食べ始めて5分弱が過ぎた頃。
久しぶりの本職の御飯に舌と胃を満足させて、ペースも一旦堕ちる頃合い。
元の世界に居た頃からながら食べをしていた俺は基本的にペースが遅い。
この世界に来てからもマナーなんか知ったこっちゃないと読書をしながら食べていたが、柳瀬さんに都度都度怒られるのに堪えて辞めた。
読書をしながら食べなくても、俺の食事ペースは変わっていない。
パン、スープにサラダを数口口に含んで飲み込んでいると、エドが口に入れた物を飲み込んで果実水で漱いでから声を上げた。
何も食事中に話す急要請はないが、ご飯を食べてお腹が膨れたら部屋に入ってそのまま寝てしまいそうになるかもしれない。
今のうちに軽く話し合っておくのも良いだろう。
「良いよ思う」
「賛成ッ!!」
「エドが言いださなければ私が言いだそうと思っていましたわ」
俺に続いて柳瀬さんとエーゼも賛成する。
それを聞いたエドは頷くと、先ずはと自分の意見を言い出した。
「明日一日は休息日に充てるのは前々から決めていたけど、明後日はどうしようか?」
「久しぶりの街ですから、ゆっくりと身体を休めるのも良いですわね。もっとも、今も魔王軍の進軍が続いていると思えば、何日も悠長にして居られないですわ」
「身体を労のも大事だけど、世界を救うためにも急がなきゃならない……。うーんどっちを優先するか大変悩ましいね」
驚いた。柳瀬さんなら、今でも虐げられている人がいるなら一刻も早く助けに向かわないと!!と言いそうだったのに。
と、俺が面喰っていたのを見たのだろう。柳瀬さんが心外だと言わんばかりの表情で言い返してくる。
ビシッと手に持っていたフォークを俺に向けるオプション付き。危ないから辞めて欲しい。
「私だって今の私達に何が大切なのか?ってちゃんと考えているんだよ。陸上の練習だって、全国大会を目指しているからって365日ずっと練習してるわけじゃないからね。キチンと休憩期間を設けて身体や精神を労わらなきゃ、肝心な時に実力を発揮できずに終わっちゃうんだから」
「お、おぅ………」
「理解できたならよろしい。んっ、美味し~」
うん、と柳瀬さんはフォークを下してお肉にかぶりついた。
満面の笑みだ。一瞬前に怒っていた人とは思えない。
ホントに表情がコロコロ変わるな………。
ていうか、俺怒られるくらい顔に出ていたのか?
声に出していたら流石に怒られても仕方ないと我慢できるが、表情だけでこの始末は納得がいかない。
いかない。いかないが、納得するしかないだろう。
ここで無駄な時間を消費する訳にはいかないし、同じテーブルに着いているエドとエーゼに悪い。
エドがアイコンタクトをして来たので、とりあえず話の続きをどうぞ、と意味を込めて返す。
以心伝心とまではいかない付き合いなので、これで合っているのかは知らない。
が、エド的には合っていたようだ。中断された続きを進行してくれる。
「じゃあ、裁決を取ろうと思う。……この街に留まる日数は1日だけにした方がいいと思う人…………。次に数日間にした方がいいと思うのは…うん、ありがとう」
「満場一致で数日間と言う訳ですわね。日数はどういたしましょうか?」
「2、3日は短いよね?かと言って1週間長すぎるだろうし……」
裁決の意味があったのか悩む所だが、俺を含めた4人の満場一致で数日間留まる事が決まった。
次の話題は何日この街に留まるかだ。
何度も話に出ているように、短いと休息の意味が無く、長いと魔王討伐の目的として間違っている。
「だったら、間をとって4日はどう?休息中に何かあればの3日目辺りにまた話し合って決めれば良いと思う」
「そうだな。その間に前線の情報を集めて、何かあればそのまま街を発つ。逆にこの街で入り用が発生して居たら滞在期間を延ばす方針で」
「それが無難ですわね。何も無い事を祈りましょうか」
「今までも何年も保っているんだからきっと大丈夫だよ」
こんな感じに、この街の滞在期間は大凡3日と決まった。
エーゼの言う通り、何も起こらないことを祈る。
が、これまでのエドと柳瀬さんを見るに、この街でもまた何かを引き寄せるんだろう。
ここまでくると、ゲームや小説の主人公だろうと、ツッコミを入れたくなる。
いや、ステータス的な物が見れるなら実際に主人公属性を獲得しているはずだ。
成長補正とか、偶然でいい方向に進むとか、イベントに遭遇しまくるとか……思い当たる節が沢山ある。
元の世界でトラックに轢かれて何も無い空間で女神を名乗るモノに出会ってからこの世界に飛ばされた俺も主人公属性って奴を持っているかもしれないが、俺としてはそんな器じゃないので勘弁願いたい。
精々サブキャラがいい所。出来ればサブキャラ以下だが、ふとした時に強い設定が判明するキャラが良い。
注文した料理を食べ終えて部屋に戻る。
ここからはプライベートな時間だ。
何か急用やパーティーメンバーとしてやるべき事があるなら別だが、それ以外なら一人の時間に充てるべきだ。
エドとエーゼとパーティーを組んでから一人の時間が減っている。
殆ど毎日移動しているか、困っている人の手伝いと言う名のギルドを介さない依頼の解決に翻弄されていた。
柳瀬さんと二人で冒険者やってた頃、交代で一人きりだった野営の見張り役も二人体制になっている。
安全性を考えたら二人の方が良いのは俺も理解できる。
しかし、理解出来るのと心の負担は別問題だ。
そりゃあ勿論、二人で起きているからと言ってずっとお喋りに興じている訳じゃない。
黙って各々したい事をする時もある。俺の場合は読書など。
しかし、静かな家の部屋で読書に興じるのと普通に会話できる人と二人きりで居るのは心の安らぎが段違い。
独りだと本の世界にどっぷりと浸れるが、誰がと一緒にいると相手の事が気になって浸る事が完全に出来ない。
話しかけて欲しい訳じゃないけど、何時相手の興味が自分に向くか分からない恐怖…じゃないが落ち着かない。
コミュ障でなくても陰キャのオタク諸君ならこの気持ちが分かりだろう。
と言う訳で、休日のほとんどを俺は宿の部屋に引き籠って読書を堪能する。
つもりだった。だったのだ。
夕食を食べて部屋に戻った俺は装備を脱いでアイテムボックスに放り込む。
代わりに過ごしやすい服に着替えた。
アルケーミの古着屋で安くなっていたのを買った奴だ。
シンプルで動きやすい。これが一番。
硬いがあるだけマシのベッドに身体委ねると、アイテムボックスの中から愛用…とまでは行かなくとも、俺個人が頻繁に使っている毛布を取り出して背もたれの調整。
最後に読みかけの本を取り出して準備完了。
これで休日はずっとここで過ごすんだ。
久しぶりにゆっくりと読書タイム。
ひとまずは寝落ちまで読むぞ。
と、俺は本のページを開いて本の世界に飛び込んだ。