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110話「猪狩りと感情」

 南都アルケーミを出発してから1ヵ月ほど経った。

 旅は驚くほどに順調だ。

 正直言って、物語やゲームの様にたどり着く先々で何かのトラブルやイベントに巻き込まれるものだと気を張っていたのだが、何もなかった。

 ただ一つ問題があるとしたら……。


「そっち行ったよ!!」

「分かりましたわ。『ロックウォール』 エド!!」


 柳瀬さんの声が響くと同時に、エーゼが短縮詠唱で中級土属性魔法を唱えた。

 効果は文字通り、岩の壁を作りだす魔法だ。込めた魔力量にもよるが、エーゼは高さ3メートル長さ5メートル程の壁を作り上げた。

 逃げていた巨大なイノシシ型の魔物は突如現れた壁に衝突し、軽い眩暈を起こしたのか立ち止まる。

 そこへ後ろから追っていたエドがイノシシ型の魔物に切りかかる。


「やぁぁ!!」


 既に柳瀬さんの攻撃で満身創痍だったのだろう。

 エドの攻撃を数回喰らうとイノシシ型の魔物はこと切れた。

 ふぅ、これで終わったか。


「お疲れ様」

「うん、エド君もお疲れ~」


 エドと柳瀬さんが互いに労いの言葉をかけている。

 俺にはない。

 俺は何も仕事をしてないからだ。


「ツカサさんもお疲れ様ですわ」

「エーゼの方こそ。俺は何もしてないしな」


 談笑しているエドと柳瀬さんを見ていた俺にエーゼが声をかけてくる。

 別に、何も言われないのが寂しかった訳じゃないんだからね。

 っと、それはともかく。

 俺が何もしてないのは本当の事だ。




 事の始まりはこうだ。

 町から町へと進む道すがら、立ち寄った村で依頼を受けた。

 ギルドを介さない依頼だったが、手数料が引かれない分報酬は多く、どのランクの冒険者でも任意で受けられる依頼だ。

 ギルドを介さない分報酬は大きくなるが、その分慎重に難易度を見極めて受けなければならない。

 自分達の実力に見合ってない依頼を受けてしまった時、受けてしまう被害は最悪死だからだ。

 そんな訳で、ギルドを介さない依頼を冒険者が受ける事は非常に珍しい、と聞いたり小説で読んだことがある。

 しかし、そんな依頼も簡単に受けてしまうもの好きは一定数存在している。

 そう、エドと柳瀬さんの二人である。

 お人好しな二人は村人の話を聞くと二言で即決してしまう。

 「困ってるなら助けよう。他の二人はどうかな?」

 残りの二人、俺とエーゼにも一応話を通してくるので、一人でも全て決めてしまうよりはマシかもしれない。

 俺とエーゼが反対しても2対2で平行線になるだけ。

 それを分かっている俺とエーゼは余程無茶な依頼じゃない限り了承した。


 魔王討伐を目的に行動しているが、今すぐに魔王城に乗り込まなきゃ人類が絶滅してしまう、と言う程の危機的状況じゃないのも拍車をかけている。

 多少は犠牲を出しつつも、北方で戦線を維持出来ていると言う話だし、焦って魔王城に乗り込んだ所で実力がなければ魔王に殺されてしまう。

 最低でもAランクのモンスターであるドラゴンを討伐可能なパーティーとは言え、人類を絶滅させようと侵略して来ている魔王がドラゴンより弱いとは思えない。

 人伝に聞いたことのある魔王軍幹部とやらだって、未だに討伐前例がない程だ。

 目的と目標は若干意味合いが違うが、強くなるに越した事はない。

 強くなり過ぎたが故の障害もラノベ的展開から予測が付くけど、何はともあれ強くなって魔王討伐を成し遂げるのが先だ。


 というわけで、エドと柳瀬さんがホイホイと困ってる人達から受けてきた依頼を断る事をしないのだった。

 ゲームの様に経験値が見える訳じゃないから、実際に成長しているのかは目に見えて分からない。

 しかし個々の強さはともかく、パーティーとしての強さは上がっていると、さすがの俺でも感じている。

 ゲームでは適当にポチポチしてたけど、現実はそう甘くない。

 個々が適当に戦ってるだけでは勝てない時もある。

 まぁ、個々の力が強すぎて負けた相手なんて居ないが……力を真に合わせて戦ったと言えるのはアルケーミでのドラゴン戦くらいだろう。

 とは言え、連携を全くしていない訳じゃない。

 連携と言っても各々に役割を決める程度のつたない物だ。


「何もしてない訳ではありませんわ。ツカサさんは高精度の索敵を行ってくださいますし、何よりも後ろに高火力の魔法使いが控えてくださる、その安心感が前衛はのびのび敵と戦う事が可能になるのです」


 エーゼの言う通り。

 俺の役割は主に索敵になる。

 マップ機能を使った、この世界の魔法使いには再現不可能な程の高性能の索敵。

 敵がどの方向に、どの程度の数、待ち構えているのかをパーティーに知らせる。

 敵が視認距離まで接敵すると、柳瀬さんを先頭に続いてエドが前衛だ。

 柳瀬さんが好きに切り込み、エドが補助的に穴を埋める形だ。

 エーゼは魔法を詠唱して防御魔法や治癒魔法と言った補助系を主に担当する。

 俺は自身にバフする形では使い易いけど、他人に付与するとなるとイメージが湧きにくい。

 この辺りは今後の課題だ。

 俺は最終手段とて待機。

 今の所、柳瀬さんとエドだけで殆ど対処可能だが、北へ行けば行く程強い魔物が現れると聞く。

 中には二人の攻撃が効かない、回避される魔物もいるかもしれない。

 そんな時は俺の出番だ。

 俺の魔法も聞かなかった時?

 その時は逃げて対策を考えるんだよ。


 と言う訳で、俺は魔力温存と緊急事態に備えて今回は何もしてない。

 索敵をしたとエーゼは言ってくれるが別に魔法を使ったわけでもなく、いつの間にか見える様になったモノを有効活用しているだけだ。

 努力しないで使っているものを威張る事は出来ない。

 運が良かったのか、それとも何かしらの理由があるのか、はたまた転生特典なのか。

 解明したいと思うほどではないが、気になるっちゃ気になる。

 運が良かったで手に入れれる様なモノじゃないし、転生特典なら柳瀬さんにも見えていないければ納得がいかない。

 女神に会ったのが俺だけだから、と説明は付くが、それだけ簡単な理由じゃ納得が出来ない。

 ……まぁ、謙遜はするし、自分の力だと慢心するつもりはないが、使えるものはなんだって使うの精神でせいぜい利用させて貰っている。



 狩った魔物は何であれ、アイテムボックスに収納して運ぶ。

 俺が倒した獲物だけでなく、パーティーメンバーとして結成してからは4人の内誰が止めを刺しても俺のアイテムボックスへ自動的に収納される。

 当初は説明を忘れて、狩ったモンスターが勝ってに消えたことにビックリしていたエドとエーゼだったが、簡単に分かっている機能を説明するすると二人は納得した。

 エドは「固有魔法の一種かな?興味深いけど、狩った得物を全て持ち帰る事ができるから、無駄が無くて助かるよ」と深く考えずに利点のみを喜んでくれた。

 対してエーゼは少し……いやかなり死んだ目をしながら「えぇ、もう驚きませんわ。高い魔力量、自由度の高い魔法の使い方、底の知れない収納魔法は自動で狩ったモンスターや魔物を仕舞ってくださる。えぇ、ツカサさんなら有り得なくないですわ……」と呟いていた。


 不服だ。俺だって何でもありじゃない。

 確かにこの世界の人にとっては異常事態かもしれない。

 でもだ。元の世界で数々の小説やアニメにゲームに触れてきた俺から言わせれば、この程度はまだ理解が及ぶ範疇だ。

 予想が出来る、想像がつく。

 ゲームの様にステータスが実際に見える世界、スキルと言う技能が当たり前になってる世界、科学技術魔法技術が発展してる世界。

 この世界の人にとっては想像も出来ない相違が、俺によっては些細な違いでしかない。

 覆るとしたら、俺の理解を超える超越した現象や法則を目の当たりにした時くらいだろう。

 それは話は初めに戻るが、俺だって何でもありじゃない。

 認識が上手くいかないのか、目に見えて起こす現象はたいてい簡単に作り出す事ができるが、他人に付与するバフ系等の魔法は無詠唱で発動出来ない。

 見えてないだけでレベルが足りないのか、自分にはある程度出来てるから付与する相手との親密度が足りないのか、はたまた両方か。

 ゲームで言うとことろの、サポーターには向いていないんだろう。

 この辺りはエーゼに頼ってしまっている。

 もっとも、魔術教本にはサポート系魔法の詠唱も載っているから、一々詠唱したら普通の魔法使いみたく発動はできる。

 あれだ、普段のイメージして無詠唱で使っている魔法は、ゲームで言う所のスキルにあたる。

 無意識的に膨大な詠唱を省略して自動的に発動出来るもの。

 チート的なショートカットで結果だけを現実に起こしてる。

 バフ系魔法はこの世界の理に沿って構築しているもの。

 的な感じだと思う。

 まぁ、謎に思うがそれを解明しようとは思えないから、使えるものは使っておくの精神で使用している。

 便利なものに一々疑心暗鬼になってたらストレスで死ぬ。


「まぁ、エーゼ達がそう思ってるならそれでいいや。楽なのは良い事だし」


 エーゼにはそう答えておく。


「それよりも、周囲にモンスターや魔物は集まっていませんの?」

「いや、大丈夫そうだ。と言っても、もたもたしてたら普通に集まって来そうだから早めに撤退するか」

「そうですわね。依頼を受けるのに賛成したり、一刻を争う急ぎ旅とは言えないですが、道草を何時までも喰ってる場合ではないことは確かですもの」


 俺もエーゼに賛成だ。

 エーゼがエドと柳瀬さんに号令をかけて集めると、俺を中心にして隊列を組んで依頼主が待っている村へと向かった。

 隊列と言ったが、正確に言えばそんな大層なものじゃない。

 エドをトップに続いて俺、ほぼ隣に近い後ろに柳瀬さん、最後尾にエーゼだ。

 モンスターや魔物の出現確率が高い地域ではこの並びに順で進む。

 俺が中心なのはマップ機能で索敵が出来るからだ。

 通常の索敵魔法よりも広範囲、精密度が優れていることは初めの数日間で実証済み。

 ツカサさんには普通の目で周囲を警戒させるよりも特殊な索敵魔法を使った警戒に集中してもらう、とはエーゼの言葉。

 視界の隅にあるマップ機能に集中すると直近の事がおろそかになる。

 だから俺がパーティーの中心に陣取っているのさ。

 モンスターや魔物が出現しにくい場所や町中、見通しが良い草原などは各々好きに歩く。

 冒険者として移動を舐めてるとしか言いようがない。

 でも、これが一番俺たちのパーティーに合っているのだからしょうがないな。


 依頼主が待っている村へは何事もなくたどり着いた。

 魔王が攻めて着たり、中世ファンタジー的な世界だろうが、人が住んでいる近くにモンスターの巣窟があってたまるか。

 定期的に自警団や冒険者が近くの森に入って間引きしてるらしく、余程の事がなければモンスターが縄張りから出てきて村人を攻撃する事はないらしい。

 死亡者が出るとしても1年間に1人いるかどうか。

 余りにも酷いと、その地域を収めている貴族の評判に関わる事だし、最悪村は放棄して安全な地を見つけたら良いだけの話。


 ただ、魔物となる話は別だ。

 モンスターと違って似てる生物では生態系や身体の構造がまるで違う。

 元々はこの世界に居なかった生物で、魔王軍の侵略と共にこの世界に現れたと言われている。

 言われてるだけで、今まで活発に行動していなかったから人目に触れていなかっただけと言う事も言えるが、魔王軍と共に姿を確認出来る様になった点から本当のことだろう。

 メタ的な視点からも、魔王の手下的な感じでいた方が楽な設定だ。


 話がそれた。

 発生原因が不明なのはともかく、魔物は通常の生体系とは別の存在故にどこにでも現れる。

 国の中で魔王軍が占拠している北方に近いほど出現頻度が多く戦闘能力が高い傾向にあるが、南方にも出現するのはこの世界に転生召喚されて近しい時期に俺と柳瀬さんが討伐した通りだ。

 街中や村のど真ん中には突然現れる事は今まで起こっていないらしいが、近しい森や洞窟と言った人の手が入ってない場所にはどこにでも現れる。

 今回もその事例だ。

 大きな街や冒険者ギルドがある町からも数日は離れた場所。

 ギルドに依頼を出しても、実際に冒険者が派遣するまでは数日から数週間も時間が空いてしまう。

 その間に被害は拡大する一方だった。

 そんな中、運よく冒険者が村に現れたのだから当然討伐依頼を頼む。

 魔物と聞いただけで断る冒険者も少なからずいるが、こちらにはお人好しの柳瀬さんとエドが居る。

 つまり、この村はとても運が良かった。





「はぁ…」

「ため息なんてどうしたの?」


 俺のため息を横に並んでいた柳瀬さんが拾った。


「いや。急いでるとは言い難いけど、こんな調子でいいのかなって」

「人の好意を無下にしたらダメだよ。それとも味が苦手だった?」

「味は関係なくない?……好意だとしても、全部全部丁寧に相手をしていたら時間がかかりすぎる」


 現在は村の中で夕食を頂いている。

 村に戻ると依頼主である村長の前に、魔物を討伐した証としてアイテムボックスから新鮮な死体を取り出した。

 すると、村長は驚愕と喜びと感謝の感情を同時に行った。

 さらに報酬のお金以外にも何か渡したい。したい。と言い出した村長はこの猪型の魔獣の肉を使って夕食を御馳走すると言った。

 依頼は猪型の魔物の討伐だ。素材や死体の確保ではない。

 なので猪型の魔物の所有権を狩った俺たちのパーティーが有するはずだ。

 そう思ったのだが、それを指摘する前にエドと柳瀬さんが快諾して夕食を与ることになった。


「それに、あの魔猪を売ったらそれなりのお金になりそうだったのに……」

「売るって、普通の冒険者さん達は持ち運ぶのにも制限がかかるから、それを見越して村長さんは余ったお肉でご飯を作るって言ってくれたんだよ。って言うかまちょって何?」

「魔物の猪で魔猪。言わない?」

「現代日本に魔物も居ないし、猪も見かけないんだよ……」


 呆れた表情になる柳瀬さん。

 目線は俺を向いたまま、がぶっと手に持っていた魔猪の肉に齧りついた。

 美味しかったらしく、一瞬で表情を変えた。

 少しだけ可愛いなと、何時もの俺なら思わない感情を無意識に思いながら俺は考える。


 普通の冒険者ならあの巨体を持って帰るのは一苦労か。

 確かにそれはそうだ。

 アイテムボックスはゲームでは普通でも現実では異常の現象だ。

 ここが異世界であってもそれは変わらない。

 普通の冒険者パーティーなら討伐しても一部の素材や目印となる部分だけを剥ぎ取って持ち帰る。

 冒険者カードでも確認できるが、やはり実物があった方が確実だし、何よりも実入りになるな。

 そんなのが常識だった中、エドと柳瀬さんの剣撃で多少は崩れているもののほぼ原型をとどめている大型の魔物をまるまる持て来られた。

 これまでと違う冒険者たち、これまでと違う対応を求められるかもしれない。

 小さな村とは言えど長年村を維持出来ている点から馬鹿ではないのだろう村長は悩んだはずだ。

 それでも一介の村長に良い案は出せず、せめてものお礼として狩って来た魔物で夕飯の提供を提案した。

 と言ったところか?

 本来なら、狩った魔物の所有権は俺たちにあるから依頼主とは言え村長がここまで決めることは出来ないはずだが……所有権を持っているエドと柳瀬さんが許可を出してしまったからなぁ。

 エーゼも苦笑を見せるだけで文句は言わない。

 事実上1/3が承諾してしまった以上、俺が何を言っても無駄だろう。

 いや、100%無駄ではないだろうが他の3人を説得できる程の意見は生憎と持ち合わせていなかったし、自分の意見を集団で貫き通せる程我が強くない。


 集団に属すなら我慢が必要だ。

 俺が我慢してパーティーがまかり通るならそれでいい。

 どうしても我慢出来ないことじゃない。

 ただ、手に入ったはずのお金が無くなり、少しだけ遠回りになるだけの話。

 一瞬だけ胸に沸き立つ怒りに近いようで遠いようで良く分からない感情を我慢すれば、一瞬後には『まぁ、他の人が決めたらならそれでいいか』と即座に発散される程度の感情だ。



「そうやって掘り返すだけ、溜まってる事なのかなぁ」


 俺が呟いた声に反応する者は居なかった。

 誰かに聞いてもらう為に呟いた訳では無く、ただ思っていた事が付与声に出てしまっただけだから。

 小さな声量、周囲の村人や話す声にかき消されたってものある。

 柳瀬さんは既に俺の隣から離れていたものある。


 ぼんやりと探してみると、大皿に盛り付けられている料理を取り分けていた。

 隣にいるエドと楽しそうに談笑していた。


「俺と話してる時よりも楽しそうじゃないか」



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