108話「本音の噓」
翌日の朝、俺は何時も通り起き、柳瀬さんに引っ張られる形で朝食を口に入れ、サッサと身支度を整え、ここ数か月使っていた部屋を個人で何とかなる範囲で片付けてから部屋を出た。
エントランスの壁際にて、読書をしながら柳瀬さんの身支度を待つ。
何時もの光景だ。
俺の着替えはすぐに済むが、柳瀬さんは前衛だからしっかり装備を着込む必要がある。
それ以外にも男女の違いと言う奴で、身支度に時間がかかる物だと妹で理解している。
本の頁を数十程捲る頃、ようやく柳瀬さんが二階から降りて来た。
俺が先に待っているのは何時もの事なので、俺が柳瀬さんを視認して本をアイテムボックスに仕舞う。
「それじゃあ行こっか?」と言う柳瀬さんに頷き返して宿を出る。
これまでの代金支払いや手続き関連は昨日の夜の間に終わらせているので、何も言わずに宿を出るだけで良い。
と思ったのだが、玄関にオーナーさんが待ち構えていた。
どうやら見送りに出てきてくれたらしい。
忙しいにわざわざすみませんねぇ。
「当然ですよ。数か月もの間、当店をご利用いただき誠にありがとうございました。泊り心地は如何でしたでしょうか?」
「はい!とても良かったです。ご飯は美味しいし、お風呂には入れるし……。この先、他の宿に泊まるのが出来なくなりそうで……」
「それはオーナー冥利に尽きます。他の街でもお風呂に入れる宿があるとお聞きにした事がございますので大きな街では探してみてはいかがでしょうか?」
「ホントですかっ!?大きな街に着いた時は探してみますね」
オーナーさんと柳瀬さんが談笑している。
口を挟む隙が無い。
いや、隙が無い以前に会話にならないと思う。
こう言ったコミュニケーションは柳瀬さんの担当に割り振っている。
俺はそれを黙って聞いているだけで……。
「ツカサさんの方はどうでしたでしょうか?」
「あーはい。とても住み心地が良かったです」
と、無難に応えるのみ。
毎日ではないが、それなりの頻度で顔を合わせいるコンビニの店員に話しかけられて、学校のクラスメイトと同じ様な感じで喋れる奴いる?
居たとしたらそれはただのコミ強だ。陽キャだ。
「それでは!!またこの街に立ち寄ったらここに泊まりに来ます!」
「はい。本日までありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
ようやく終わった。
途中何何度、アイテムボックスに入ったいる本に手が伸びそうになったことやら。
あまり親しくない上に、いつ会話が終わるかも分からないので非所にもどかしい時間を過ごしたものだ。
バイトをしていた頃の教訓だ。
お客がスマホをずっと弄ってたり、イヤホンでこっちの声をシャットダウンして何度も聞き返したりする。
で、そんな人に限って、人の話を聞かないからイラついたり、聞き返すと怒り出すのだ。
向こうは休み感覚のお客様だけど、従業員は仕事でやってる。
現代日本ではこの風潮が強いが、元々は売り手である商人の方が立場が上だったはずだ。
それを抜きにしても立場は同じで、コンビニやスーパー等普通の買い物は最低限まで簡略化された売買解約。
コンビニは確かに便利だったけど、便利過ぎて店員をないがしろにされ過ぎだと思う。
つまり、買い物で店員と話してる最中にイヤホンしてる奴は死ね。
異世界なら、逆ギレされたり、なんなら物を売ってもらえなくても文句は言えない。
色々としがらみはあるが、物を誰に売るかの権利は店側にあるのだから。
この辺りは異世界の方が厳しい。
元の世界の人が異世界で店員に横暴な行動をしてしまったら、下手したら死ぬ可能性だってある。
法整備が元の世界ほどがっちりしていないから、嫌な行動に手が出てもお咎めが無い場合だったある。
ごちゃごちゃ言ったが、どんな世界、人だろうと店員に対してはこちらもしっかりと対応するべきだろう。
そんな当たり前だが出来てない人が多い事を、元の世界のバイトを通じて知っていた俺は黙って会話が終わるのを待っていた訳だ。
何時。俺に話が飛んでくるか分かったものじゃないから、気が抜けなかった。
朝から何してんだろ……。
オーナーさんの自らの見送りを経て、俺と柳瀬さんは路地を移動して大通に出る。
この道も今日で見納めだと思うと、なんか色々とみてしまう。
もう一度戻って来れるか分からないとなると、やはり感傷に浸ってしまう。
初めて読むシリーズの完結を読んだ時のような……ってそれとは少し違うか。
「ん?どうしたの?」
「え?あ…いやなんでもない」
辺りを見渡す過程で柳瀬さんと目が合ってしまった。
不意な事で慌てて目を逸らす。
柳瀬さんは笑みを浮かべて視線を向けて来る。
俺は視線を進行方向に向けて、そこから動かさずに黙って歩く事に集中した。
何か用事でもあるのだろうか?
いや、用事があるなら声をかけて来る筈だ。
なら何故黙って視線を向けて来る?
……そうか。
俺じゃなくて俺の後ろを見ているに違いない。
人の視線をなんて、普通の高校生に分かるわけがない。
目線は向いているかもしれないが、ほんの少しズレた場所を見ているかもしれないし、全体を見ているだけで個人には集中してないかもしれない。
考え事に浸って視線を意識していないかもしれない。
他人が何処に視線を向けていているのかなんて、所詮他人には分からない。
自分の事は自分でしか分からず、時には自分ですら分からないのだから困る。
と思ったら、柳瀬さんが話しかけてきた。
どうやら本気で俺に視線を向けていたらしい。
「ねぇ。エーちゃん達と合流する前に一つ聞いても良い?」
目線で先を促す。
「この旅ってツカサ君がやりたい事なの?それとも私に合わせて仕方なく付き合ってくれてるの?」
「そりゃあもちろん、俺がやりたい事で……」
「噓、だよね?ここ数か月一緒にコンビを組んでお仕事をして同じ宿で泊まって、元の世界も含めたら1年間同じクラスで過ごして、ホントに少しだけどツカサ君の事は理解したつもりだよ」
「……嘘じゃない」
予想外だった。
数か月の付き合いの果てに、軽い事なら踏み込んで来た入りしていた柳瀬さんだったが、ここまで深くまで踏み込んで来たのはこれが始めて。
だから、つい無情に言い返してしまった。
態度が一瞬にして変わったのを感じ取ったのだろう。
柳瀬さんの表情が一気に真剣になったのを俺も感じた。
「それも嘘……ううん。言ってる事はホントかもしれないけど、まだ私に隠してる事があるはず。だから、噓の事を言いながらホントの事も隠してる?」
「……あーぁ……」
「目を逸らしてもダメ。これだけはちゃんと二人で話さなきゃダメだよ。でないと、私はこの先の旅を真剣に向き合えない。中途半端な気持ちで達成出来る目標でもないでしょ?」
グッと柳瀬さんが近づいてくる。
距離は1メートルを優に超え30センチ……いや、少し手を伸ばせば近づく距離だ。
距離感がバグっている。
命のやり取りをしている戦闘中ならまだしも、ここま安全で人の往来が多い街中。
こんなにも近づく必要はないはずだ。
俺が一歩下がると柳瀬さんが一歩詰めて来る。
もう一度下がっても詰めて来る。
これは完全に感情的になってるな。
諦めて話に集中するとしよう。
でないと、逆に意識してしまうかもしれない。
「柳瀬さん……とりあえず端に移動しよう」
「え……あっ。そうだね」
道の真ん中でやる事じゃない。
一般人ならただの冒険者コンビだと思われるだけで済むが、冒険者だとこの街だとちょっとした有名人なせいで注目を集めてしまう。
ほら、数か所で俺と柳瀬さんを指さす人がチラホラと……。
一旦道の端に移動した。
長くなる話なら何処かの店に入りたかった、と柳瀬さんは言うがそこまで長くする気はないし、そもそもエドとエーゼが待っている。
ここで長い時間道草を食ってる場合じゃない。
もっとも、エドとエーゼは少し遅れた程度だと怒らない性格だと勝手に予想するが、俺の心象的に待つのは良いが待たせるのは好きじゃない。
「それで、何の話だったけ?」
「魔王討伐の旅はツカサ君が本気で望んでいるのか?って話だよ」
大事な話だから真面目に答えてよね、と柳瀬さんは指を突き付けて来た。
人に指を差しちゃダメですと、堅苦しい事は声に出して言わないが、どうしてこうも行動が一々大袈裟なのだろうか?
アニメだと萌えるんだろうなぁ。
「魔王討伐は俺が本気でやりたい事か……。半々だな」
「半々って?もうちょっと詳しくお願い」
「初めは生活費と本代さえ稼げたらそれで良いと思ってた。でも、最近は柳瀬さんとなら魔王討伐を目指しても良いと思い始めているんだ」
「それって何で?私の為だったら……」
「それは……」
分からない。
俺のせいで死んだ柳瀬さんへの贖罪の気持ちもあるかのもしれない。
女神に言われて、自分も物語の中の主人公に成れるんじゃないか?って言う気持ちがあるのかもしれない。
どっちもが現れては消える、矛盾した様な気持ちが交互に出てくる。
きっぱりとした方が楽な考え方だと理性では理解しているが、感情が横槍を入れてきてごちゃごちゃになる。
分からない。
他人には感情的で物事を図らないつもりだったのに、柳瀬さんが絡むと感情を優先してしまう。
分からない。
分からない訳じゃない。
でもそれは、物語の中だけの空想の存在だ。
少なくとも、俺が見て育った世界ではそうだ。
だから困っている。
「…ほら、魔王討伐をしたら大金が手に入るだろ?後はのんびりと隠居生活をしたらいい。一時頑張った後のご褒美の為だよ。普通にコツコツ稼ぐよりも効率が良い」
「ふーん。……まあ、今はこのくらいで追及は止めるね」
本音にも近い言い訳を並べたら、柳瀬さんはとりあえずは納得してくれた。
今はって、なんで後から追及するのが前提なんでしょうね?
それに柳瀬さんに突っ込まれる筋合いはそこまでないはずだが……。
「ほら、エーちゃん達が待ってるから早く行こ」
柳瀬さんがそう言って囃し立ててくる。
誰のせいで時間を食ったと……。
まぁいいや。
ごちゃごちゃ考えても仕方がない。
俺は先に進む柳瀬さんに並ぶ様にして歩き始めた。
「おーい、こっちだ」
「ごめんね。少し遅くなっちゃった」
「こちらも先ほど着いたばかりなので問題ありませんんわ」
集合場所の冒険者ギルドに着くとエドとエーゼは既に待っていた。
エドが手を振って知らせてくれ、遅れた事を謝罪した柳瀬さんにエーゼがお決まりのセリフで返した。
なんていうか……物凄く普通の待ち合わせだ。
こんな事が目の前で起こるなんて、人生何が起こるか分からないものだ。
早いうちから出発して日が出てる間に距離を稼いで置きたい、と言う訳で揃って早々に出立する事にする。
依頼を受ける訳でも、併設された施設を使うわけでもないのに長々と居るのは時間の無駄だからな。
そう言えば、冒険者ギルドに行くと何時も出迎えをしてくれる……こちらは頼んでいない、勝手にしているだけの……メリーさんが来ない。
今日は休みなのだろうか?
でも、俺が冒険者ギルドに向かった時は100%の確率で居る、あのメリーさんが今日に限っていないのは不自然だ。
何か……嫌な、嫌でもないが、名称難い気持ちになって来る。
だめだ、メリーさんはただの受付嬢。
それで思考停止しても良いじゃないか。
別に命にかかわる事じゃないんだし。
そうやって思考の海からの脱出すると同時に、柳瀬さんがひょっこりと視界に入ってきた。
慌てて距離を取る。
ラノベやアニメみたいな行動を簡単にとらないで頂きたい。
「な、何かあった?」
「んーツカサ君が遅いから? ほら、エド君とエーちゃんはもう進んでるよ」
「そう……分かった」
単純に遅いから心配してくれただけみたいだ。
俺なんかほっといたら良いのに。
逸れてもマップ機能で迷わないって知ってるはずだが……。
まぁ、折角声をかけてくれたんだ。
ペースを上げて柳瀬さんと共に前を行く2人に追いつく。
幾ら広い街と言っても限度がある。
ここはモンスターが蔓延る異世界で、人間が生存を許されてる範囲は少ない。
元の世界の様に街の端から端まで自動車で数十分、道路の込み具合にによれば1時間以上もかかるような広さは無い。
冒険者ギルドから街の中心へ向い、そこから東へ折れ、街を出るための東門に到着するのにそこまでの時間はかからなかった。
「あら?人だかりですわね」
東門が見える距離、そう遠くない場所まで来た俺達。
前に人だかりが出来ているのを見つけたエーゼが「一体どうしたのでしょう?」と俺たちに視線を向けた。
エーゼの疑問に答えたのはエドだ。
「朝だから街を出る行商人の列とか?」
「いえ、それにしては動かないですし……馬車が少ないですわよ」
「あれは……衛兵かな?何か事件でもあったんだろうか?」
エドが自分の予想を口に出す。
俺も似たような事を考えていた。
何か事件が起こったなら野次馬や巻き込まれたりしないように、反対側の西門に回る必要がある。
「ツカサ君?何か分かることはある?」
「マップ機能には知った人の反応はない。ちょっと魔法で見てみる」
柳瀬さんに言われ、俺は遠目の魔法を使って東門の集団を観察することにした。
遠目の魔法、名の通り遠くの物を見るための魔法だ。
双眼鏡の様に遠くをズームインするイメージを行うと発動できる魔法だ。
初級魔法に該当し、レンジャーとか盗賊とかの探索や索敵、パーティーの縁の下の力持ちが習得して居る場合が多い魔法らしい。
俺は覚えていないが、詠唱はそこまで長くないので使い勝手はかなり良く、使用魔力もE相当の者も躊躇なく扱える。
詠唱をしないで魔法を発動させると、確かに門の手前に衛兵が集まっている。
が、特に慌てた様子は見当たら無い。
事件や事故の可能性は低くなった。
それはその事を三人に伝えると、エドがどうするか問うてきた。
「それでどうしようか?俺としてはこのまま行っても問題ないと考えているけど……」
「私もこのままでよろしいと思いますわ。今更道を変えたところで時間の無駄ではありませんか?」
「二人の意見に賛成かな?多数決だとこのままだね」
「いや、反対してないだろ……」
まるで俺が反対するみたいな言い草は酷いじゃないか。
ま、俺個人で居たのなら安全策を取って回り道してたかもしれないが、そこはそこで別の未来だ。
……柳瀬さんさらっと俺の思考回路を読まなかった?
少し気になることもあったが、と言う訳だ。
反対意見も出なかったのでそのまま東門から街を出ることに変更は無し。
このまま進路を変更しないで東門へ向かった。
「おぉ!!待っておったぞ。アルケーミの恩人達よ」
門の前には貴族風の男と、整列している数十名の衛兵が待っていましたとさ。
……なんでさ。




