僕の恋した人は天真爛漫なご令嬢でした。
クラウド視点のお話です。
「悪役令嬢?」の卒業パートを少し修正しました。
今日、6歳になった僕は父上に呼び出された。
「クラウド。お前にもそろそろ婚約者を用意しようと思う。その、どんな娘が良いのだ?」
「父上、僕まだ6歳ですよ?急に聞かれてもわかりません」
「うむ。そうであったな」
「兄様達はどうやって決めたのですか?」
「アイリスは議会で。リオナードは私の独断だ」
「それなら僕の相手も父上が決めてください」
「しかしだな」
「じゃあ、遠くからで良いから見て決めます」
「そうだな。では手配をしよう」
僕は誰でも良いのに。母上以外の女の人なんて、みんな同じだよ。恐ろしいだけだもの。
――――――――――
父上は慰霊祭の後、僕を執務室へ呼び出した。
「父上、御呼びでしょうか」
「クラウド、アレンの案内で広間へ行ってきなさい。そこに貴族のご令嬢方を集めてある」
「そうですか。そこから婚約者の方を選べばいいんですね」
「そう言う事だ。何かあれば、アレンに聞くと良い。アレン、頼んだぞ」
「畏まりました。では、クラウド様。参りましょう」
僕はアレンに連れられて、広間を望める部屋へやってきた。ご令嬢達に直接会わないようにしているのは、アレンの優しさだろうな。
広間には20人程のご令嬢とその兄弟と思われるご子息がいた。
「ねぇアレン。この中で僕に合いそうな人っている?」
「クラウド様、それはご自身で決めて頂かないと」
「そうだよね。ちょっと眺めてみるよ」
僕は暫く広間を眺めた。眺めていて解った事は、半分くらいのご令嬢が僕の婚約者を選ぶためにここに居ることに気付いているということ。そんな打算まみれな相手は嫌だな。
うん?なんだ?あの子は。考えている事が手に取るように解る。食べたお菓子がとても美味しいのか、驚きながらも嬉しそうにしている。兄っぽい少年に頬っぺたを突かれて、少し嫌そうだ。あ、笑った。次はどんな顔をするんだろう?
「クラウド様、気になるご令嬢が居ましたか?」
「あのテーブルに居る、水色のドレスを着た子は誰?」
「あの方はベイサード公爵家のアリス様ですね」
「ふーん」
しばらくアリス様を眺めていて解った。彼女は感情がとても豊かなんだ。些細な事にもニコニコと笑っている。笑顔がいっぱい。雨上がりのアジサイが陽の光を浴びた様にキラキラしている。決めた。彼女にしよう。
「ねぇ、アレン。僕はアリス様に決めるよ」
「畏まりました。陛下へ報告する為にも、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「彼女はこの中で一番感情が解りやすいから。それに、他のご令嬢には興味無いよ」
「わかりました。その様にお伝えいたします」
――――――――――
今日、アリス様と初めて直接会う。丁度アジサイの綺麗な時期になったのは何故?アレンの采配の様な気がするけど。
「陛下、この度はお招き頂き誠にありがとうございます。この者は娘のアリスです」
まず、アリス様の父であるベイサード公爵が挨拶をした。僕は頭を下げたまま、話を聞く。
「堅苦しい事はよい。今日は子供達の顔合わせみたいなものだ。私はこれで執務に戻るが、ゆっくりしていってくれ。アリス嬢も私が居ない方がクラウドと話が弾むだろう」
父上は出ていくのか。今日も忙しいんだろうな。
「御気遣い、感謝致します」
「うむ。アレン、後は頼む」
「畏まりました」
父上が退出すると、僕とアリス様は揃って顔を上げた。彼女はとても緊張しているようだ。
「お初にお目にかかります。アリス・ベイサードと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。僕はクラウド・アスタロイドです。これからよろしくお願いしますね」
僕が笑いかけると、アリス様は真っ赤に照れて顔を下げてしまった。
「アリス様、大丈夫ですか?お顔が赤いみたいですけど」
「――はい。大丈夫ですわ」
「クラウド殿下、娘は緊張してしまっている様です。そうだ。私には構わず、二人で城内を散策されては如何でしょうか。その内緊張も解けるでしょう」
「そうですか。では中庭へでも行きましょうか」
「それは良いですね。アリス、殿下と一緒に中庭へ行っておいで」
「わかりました。行って参ります」
僕は謀らずともアリス様と2人きりになれた。アレンは空気を読んで、少し離れて着いてくる。
「アリス様、この時期はアジサイが見頃ですよ」
「アジサイですか?珍しいですわね」
「えぇ。今の時期でしたら薔薇もまだまだ見頃です」
「それは楽しみですわ」
・・・なかなか会話が続かない。しかも、何か考え込んでいるような。どうすればあの笑顔が見られるだろうか。
「はぁ」
え?ため息!?
「アリス様、つまらないですか?」
「え?そんなことありませんわよ?」
「でも、さっきから心ここに在らずで。溜め息も吐かれている様ですし。中庭は止めて、部屋へ戻りましょうか?」
「そんな事はありませんわ!ちょっと、その。緊張してしまって。――本物のクラウド王子が素敵すぎるから・・・あっ!」
「アリス様。その、そんなこと言われると恥ずかしいです///」
今度は僕が照れてしまった。アリス様がいちいち可愛いらしいのがいけないと思う。
「コホン。それでは、このまま中庭へ参りましょうか」
「――はい。よろしくお願いします」
僕達は中庭へやってきた。アリス様は中庭に着くと満面の笑顔を披露してくれる。
「うわぁ!キレイ!!」
「くすっ」
ほんと可愛い。この天真爛漫な貴女に僕は惹かれたんです。
「は!すいません。つい」
「気に入って頂けて良かったです。せっかくですし、もっと近くへ行きませんか?」
「はい!」
「やっぱりアリス様にアジサイはとってもお似合いですね」
僕はピンク色のアジサイを少し手折るとアリス様の髪に飾った。途端に彼女の顔が真っ赤になる。
「あ、ありがとうございます///」
「アリス様、知っていますか。ピンク色のアジサイの花言葉は『元気な女性』らしいですよ」
「それは。私の事をお転婆娘と言いたいのでしょうか?」
「違いますよ。でも、真意は内緒です」
いたずらにウインクをしたら、とても恥ずかしそうに照れていた。
――――――――――
今日は僕の10歳のパーティーが開かれる。そして、僕の婚約者としてアリス様が紹介される。
今日までに、アリス様には幾度となく会った。彼女は僕の言葉に照れたり、微笑んだり、笑ったり。それはそれは楽しい時を過ごした。
パーティーの最中、アレンからアリス様が倒れたと聞いた。後から参加すると言われたらしいけど、大丈夫なのかな。早く会いたい。
暫く歓談をしていると、楽団の音楽が徐々に小さくなる。宰相が登壇し、話を始めた。
「えー、諸君。これからクラウド殿下の婚約者を発表する。婚約者はベイサード公爵家のアリスとする」
アリス様が緊張しながら前へ出て、自己紹介をする。
「只今紹介に預かりました、アリス・ベイサードと申します」
今日も相変わらず可愛らしい。ただ、やっぱり疲れているみたいだ。
「ふぅ」
「アリス様は今日も可愛らしいですね」
「――本日はおめでとうございます。クラウド殿下もいつも以上に格好良いですわ」
横から急に声が掛かって驚いてしまったみたいだ。急に声を掛けたのは僕だけど。
「ありがとう。アレンから倒れられたと聞いたのですが。お加減はいかがですか?」
「今は大丈夫ですわ。ご心配おかけしました」
「それは良かった。その、最後の曲だけでも良いので、僕と一緒に踊って頂けませんか?」
「1曲くらいでしたら大丈夫だと思います。それまでは向こうの椅子で座って静かにしておりますわ」
「くすっ。では、また誘いに来ますね」
僕はいつもの照れた顔のアリス様が見たくてウインクをする。
「――はい。御待ちしております」
案の定、アリス様は照れてしまった。本当に可愛い。
僕はアリス様をその場に残し、兄様達の元へ戻る。少し雑談をしていたら、係のものから連れられて貴族の挨拶をまた受けることになった。なぜか婚約者の話に言及してくるものもいる。僕にはアリス様がいるのだけど。早く挨拶が終わらないかとイライラしてしまう。僕は貴方達よりアリス様ともっと話をしたいのに!!
やっと貴族の挨拶から解放されて、王族の席へ戻ると、リオ兄様とアリス様が楽しそうに話している。
「アリス様、大変お待たせしました。リオ兄様、アリス様と何を話していらしたのですか?」
「クラウドが可愛かったって話をね」
なんて話をしてくれてるんだ!
「またいらぬ事を!アリス様!兄様の言った事は話し半分で聞き流してください!」
「わ、わかりました」
「クラウド、アリス様が驚いているよ」
おっと、つい感情的になってしまったよ。
「コホン。アリス様、僕と最後の1曲、一緒に踊って頂けませんか」
そう言って、僕は完璧な所作でアリス様をダンスに誘う。
「はい。喜んで」
「いってらっしゃい」
僕たちは会場の中央へと出た。アリス様に無様な姿を見せたくなくて、ダンスの練習はかなりやった。最後の曲はテンポもゆっくりで、少し余裕もある。
「アリス様、今日はなかなか御相手出来ず申し訳ありませんでした」
「いえ、お気になさらず。今日の主役はクラウド殿下ですもの。どうしても忙しくなってしまいますわ」
「御気遣いありがとうございます。僕からダンスに誘っておいてなのですが、ご加減は大丈夫でしょうか」
「ええ。今はすっかり良くなりましたわ。ご心配お掛けして申し訳ありません」
「それは良かった。その、倒れられた理由をお伺いしても?」
「はい。今日はとても緊張しておりまして。その上、初めてコルセットを締めたので息苦しさで倒れてしまいましたの」
え?それって、僕はどう反応すればいいんだ?
「・・・アリス様、理由を尋ねた僕が言うのもおかしな話ですが、さすがに女性の下着事情は話さなくて宜しいかと」
「あ!ごめんなさいっ///」
彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。下を向かないでほしい。僕にその可愛い顔をもっと見せて。
「アリス様、貴女は僕の婚約者なんですから、堂々としてください。ね?」
僕はそう言って、アリス様の腰を抱く腕に力を込めた。アリス様は顔を上げる。
「はいっ。すみませんでしたっ」
「くすっ。やっぱりアリス様は可愛いですね」
「っ!!」
うん。この距離でアリス様のこの顔を見られるのは、僕だけの特権だね。
――――――――――
今日、僕とアリス様は王立学院に入学する。
僕はアリス様と同じクラスになれた。これからは毎日会えるのがすごく嬉しい。でも、他の男子にあの可愛らしく照れた顔は見せたくないな。
入学式の後、3年の先輩とペアを組み、校内でスタンプラリーをするらしい。
講堂の出口でアイ兄様から案内を受ける。そのまま進むと、1人の女生徒が待っていた。彼女が僕の相手らしい。名前はクレアと言うそうだ。出来れば男の先輩が良かった。リオ兄様とか。
彼女は終始馴れ馴れしく接してくる。苦手なタイプだ。とにかく、後ろにだけは回らせないように徹した。背後に回った女性は何をするか分かったものじゃない。
学院入学にあたり、僕にも兄様達みたいに専属の侍従が就いた。いつも助けてくれるアレンだ。
彼はこの学院の卒業生で、今年27歳。アイ兄様のハルトとリオ兄様のレオルの1つ下の学年で、離宮の惨劇ではこの3人が力を合わせて、リオ兄様とナターシャ様を救出した。ナターシャ様は3人の奮闘虚しく亡くなってしまったけど。
――――――――――
この学院にはクラブ活動がある。僕はいろいろなクラブの中から、馬術クラブを選んだ。一昨年の夏に兄様達と行った遠乗りが楽しくて、それから僕は乗馬にハマったんだ。
アリス様は貴族の女子に人気な家庭クラブに入ったみたい。
アイ兄様は剣術クラブ、リオ兄様は魔術クラブに入っている。
アリス様との学院生活は楽しいが、皆の前でなかなか素直になれない自分がいる。どうにも照れてしまい、つい素っ気なく対応してしまう。
そうこうしている内に、アリス様は度々寂しそうな顔をするようになってしまった。
僕は文化祭で今までの失態を取り戻そうとしたけれど、結局2人になれず事態を好転させる事は出来なかった。
――――――――――
僕は学院の夏休みを利用して、母上とリオ兄様の3人で避暑地にやってきた。
アイ兄様はとうとう帰ってこなかった。学院の寮に残っているみたいだ。
最近はソフィア様と一緒にいることも滅多に無くなって、クレア様とほぼ一緒に居る。なぜアイ兄様はこうも変わってしまったのだろう。段々と信じられなくなっていく自分が嫌で、屋敷を抜け出し1人で遠乗りにやってきた。馬が疲れてきたので、あそこの木陰で休もう。
木陰に座り悶々と考え込んでいたら、誰かに声を掛けられた。
「こんにちは。アリスと申します。今日はお一人ですか?」
「こんにちは。って、え?アリス様!?」
何故アリス様がここに!?しかも、騎乗服だなんて。普段の可愛らしい印象とはまた違うものがある。
「え!クラウド殿下!!なんでお一人でこのような場所にいらっしゃるのですか!?」
「ちょっといろいろありまして。そんなことより、アリス様は乗馬をなさるのですね。騎乗服も良くお似合いですね」
「女性が乗馬するなんて、生意気ですわよね。って、そうではなくて!!どうして供も連れずにこんなところにいらっしゃるのですか!?」
話を逸らせなかった。僕は今、貴女に優しく接することができないのだけど。
「そんなに責めないでください」
「ごめんなさい。でも、何か有ってからでは遅いのですよ?ご自分のお立場を考えなさってください」
「そうですね。でも、今は独りになりたいので」
「そうですか」
ほら。そんな寂しそうな顔をしないで。ちょっと今、やさぐれてるだけだから。
アリス様は従者となにやら話をした後、再びこちらへ向かってきた。彼女は程よく距離が離れた木陰に座る。話掛けて来ないのは、先ほどの僕の様子を見たからだろう。のんびりと空を眺めている。
僕はとても申し訳ない気持ちになった。只でさえ、最近は随分と素っ気なく対応してしまっていたのだ。
「アリス様、先程はすいませんでした」
「・・・お気になさらなくて結構ですわ」
「それでも、すいませんでした」
「私はただ、のんびり雲を眺めているだけですもの・・・。」
アリス様は空から目を離さない。
「ねぇ、クラウド殿下」
「なんですか?」
「話したくなったら教えてくださいね」
やはり、アリス様は僕の様子がおかしい事に気づいている。心配を掛けてしまったな。
「――ありがとうございます」
「うふふ。今日は風が気持ちいいわ。なんだか眠たくなってきちゃいました」
「寝てても誰も見てませんよ」
「ここにはクラウド殿下がいらっしゃるじゃないですか・・・」
「僕なら、その、見てても良いですよね?ってあれ?」
もう既におやすみですか。それにしても、寝顔もまた可愛らしい。
隣に移動して暫く眺めていると、もたれ掛かっていた木から頭がずり落ちて行く。え?このままだと頭が地面に落ちる!
僕は咄嗟に手を伸ばし、自分の足をアリス様の枕代わりにした。
咄嗟にとった行動だったけど、ちょっと失敗したかな?アリス様の顔が向こうを向いていて見えない。
僕は暇を持て余し、アリス様の髪を玩んでいる。すると草を踏む音が聞こえた。音のした方を見ると、男性がこちらへ向かってくるところだった。
「どなたですか?」
「ベイサード家の調教師をしております、アルと申します。お嬢様の命で、クラウド殿下の事を屋敷の方に伝えて参りました」
「それは、迷惑を掛けました」
「いえいえ。それにしても、お嬢様は幸せそうに眠ってらっしゃいますな。最近はあまり良い睡眠が取れていないと聞いておりましたが。クラウド殿下と一緒におられるからでしょうな」
「そうなんですか?」
「はい。最近は思い悩んでいる事も多く、今回の旅行はお嬢様の気分転換の為と聞いております。殿下、暫くお嬢様をお願いしてよろしいですかな?」
「僕は構いませんよ」
「よかった。では、ワシは向こうで馬達の世話をしておりますゆえ。殿下の馬も連れて行きましょう」
そう言って、アルは馬達を連れて少し離れた。心地よい風が吹き抜ける。
「んんー」
「お目覚めですか?眠り姫」
「え?クラウド殿下?
――も、申し訳ございません!!」
アリス様は状況を把握するのに数秒掛かった。彼女は慌てて立ち上がろうとするが、つい肩を手で押さえてしまった。
「その、もう少しこうしていてはダメですか?」
「普通は逆ですわよね!?」
「今は僕がこうしていたいのです。それでもダメですか?」
「――わかりました。少しだけですわよ?」
アリス様は少し悩んだ後、力を抜いて僕に身を預けてくれた。
「ありがとうございます」
僕はどこからアリス様に話そうかと考える。手は彼女の髪を玩んでいる。
「アリス様。このまま少し話を聞いて頂けませんか」
「なんでしょうか」
「僕は、アイ兄様が信じられなくなってきてしまいました」
「アイリス殿下に何かあったのですか?」
「はい。最近、ソフィア様と離れて過ごす事が多くなってきたようで。先日の15歳のパーティーの時には、他の女性を連れていましたし。あんなに仲の良かった2人が、すれ違っているというか。兄様がソフィア様に対して興味を失ったというか。なんだかやるせない気持ちです」
「その、アイリス殿下の連れていた女性とはどなたなのでしょうか」
「クレア様という方です。兄様達と同じクラスの」
アリス様は僕の足から頭を上げ、隣に座り直して視線を合わせてきた。急にどうしたのだろうか。
「クラウド殿下。その女性についてお話があります」
「彼女に何かあるんですか?」
「はい。そのクレアという女性ですが、私のお兄様にも近づいてきておりますの。それに、リオナード殿下から彼女には注意するようにと仰せつかってもおります。
実は、クラウド殿下にも近づくのでは無いかと懸念されておりまして」
「僕にもですか?何故でしょう」
「彼女が近づいている男性は皆、権力ある者の御子息様なのです。ですから、第3王子であるクラウド殿下にも近づくのではないかと」
入学式の時の馴れ馴れしさはこれだったのか。でも、アイ兄様は?
「アイ兄様は何故そんな方に」
「それは私には分かりかねますわ。でも、後ろに何か不穏な動きが在るとは思いますの。リオナード殿下も何かを探っていらっしゃる様です。ですから、クラウド殿下もお気をつけくださいませ」
リオ兄様は裏を探っているのか。
「わかりました。でも、そんな重要な話を僕は知らされていなかったのですね」
「これは私の考えですが、リオナード殿下のお心遣いだと思いますわ。クラウド殿下の学院生活を守る為の。学院では学生という身分で多少窮屈でも自由に振る舞えるのですもの。それが例え仮初めの自由だとしても」
「そうですね。リオ兄様の考えそうな事です。一度リオ兄様と話してみようと思います」
屋敷に戻ったら相談してみよう。
「それがよろしいと思いますわ。
さて。折角ですし、一緒に乗馬を楽しみませんか?」
「そうですね。アリス様のお手並み拝見と行きましょう」
「うふふ。簡単には負けませんわよ?」
アリス様はとても上手に馬を乗りこなしていた。いつもと違う姿に僕は心が躍った。
――――――――――
11月になると、12月に行われる星降祭のために、決まった相手の居る男子は揃いのアクセサリーを渡して当日のエスコートを願い出る。
僕はピンク色の宝石をあしらった、アジサイの髪飾りをアリス様に渡すつもりだ。僕の分はブローチにしてある。
アリス様は気に入ってくれるだろうか。
放課後、僕はアリス様をカフェテリアに誘う。お茶を飲み、一息ついた所で本題に入ろうと思う。
「アリス様。星降祭ですが、この髪飾りを着けて一緒に出て頂けませんか」
「もちろんですわ。あの、開けてみても良いでしょうか?」
「どうぞ」
「まぁ、綺麗。これは、アジサイですか?」
「はい。僕の中でアリス様はピンク色のアジサイなので」
「そうなのですか。相変わらずお転婆で申し訳ありません」
「どうしてそうなるのですか?」
「え?殿下が言っていたではないですか。ピンク色のアジサイの花言葉は『元気な女性』だと」
「でも、真意は違います」
「真意?」
「そうです。初めて見たアリス様の笑顔が、雨上がりのアジサイが陽の光を浴びてキラキラしているように見えたのです」
「え?でも、殿下は初めてお会いした時からアジサイが似合うとおっしゃっていたような?」
これはもう言っても良いかな。
「慰霊祭の後に城の広間に子供が集められたのを覚えていますか?」
「はい。大人達が会議をすると言うことで、子供は広間に集められました」
「実は、僕の婚約者を決めるためのものだったのです。僕は隣の部屋から広間を観察していました。そして、アリス様のキラキラした笑顔に惹かれて婚約を決めました。だから、僕の中でアリス様はピンク色のアジサイなのです」
「そうだったのですね」
「はい。それと、星降祭ではピンク色のドレスを着て頂けませんか?いつもの水色もお似合いですが。きっと、とってもお似合いですよ」
僕は初めて会った時から、いつかはピンク色のドレスを着てほしいと思っていた。
「え?ピンク色のドレスですか?」
「はい。是非」
「わかりましたわ。侍女に相談してみます」
侍女の方がきっとアリス様の可愛らしさを全面に出してくれる。今から楽しみでしょうがない。
――――――――――
12月になると、学院の雰囲気は星降祭に向けて一気に華やぐ。
僕はアリス様と待ち合わせている場所まで向かう。向こうから侍女の人と一緒にアリス様がやってくる。
ほんとにピンク色のドレスを着てくれた。思った通り、とてもよく似合っている。やっと彼女の雰囲気と服装がぴったり一致した。
「アリス様、こんばんは。今日は一段と可愛らしいですね。やっぱりピンク色の方がお似合いです」
「ありがとうございます。殿下も格好良いですわ///」
アリス様は今日も僕の言葉で照れてしまう。貴女は本当に可愛い。
「くすっ。では、参りましょう」
「はい」
僕はこっそり、侍女の方に「良くやってくれたと」言う。気づいた侍女は礼をして下がっていった。
僕は会場に入ると、挨拶をするべくアイ兄様とリオ兄様を捜す。
アイ兄様はクレア様と一緒にいた。周囲にはアリス様の兄上であるトーマス様や、騎士団長の息子のアレックス様など、有力貴族の子息が固めている。ちょっとそちらには行けないな。
リオ兄様はアイ兄様の婚約者であるソフィア様と一緒にいた。リオ兄様は星のブローチを身に着けているが、ソフィア様は何も付けていない。アイ兄様が何も渡さなかったのだろう。
僕はリオ兄様とソフィア様に挨拶をするべく、アリス様を伴って近づく。リオ兄様がこちらに気づいた。
「こんばんは。リオ兄様、ソフィア様」
「リオナード殿下、お久しぶりです。そして、ソフィア様。初めまして。アリス・ベイサードと申します」
「クラウド殿下、こんばんは。こちらこそはじめまして。私はソフィア・セントルと申します」
アリス様はソフィア様にこうして会うのは初めてだったのか。
「アリス様、クラウド、こんばんは」
僕達は暫く歓談している。ダンスも始まっているみたいだけど。まぁ、今日は踊らなくてもいいかな。
「クラウド、ちょっと向こうに行こうか。2人は少し待っていてもらっても良いかな?」
「わかりました」「わかりましたわ」
僕はリオ兄様に連れられてテラスへ出てきた。
「どうしたのですか?」
「ねぇ、クラウドは兄上の様子を見てどう思う?」
「アイ兄様の周りだけ異様な雰囲気でしたね。夏休みに兄様に相談したとき以上に」
「やっぱりそうだよね。あれからいろいろ調べているんだけど、まだ詳しいことが分からないんだ」
あんなに頭のキレるリオ兄様でも分からないなんて。
「兄様でも手に負えませんか?」
「あはは。クラウドは僕をなんだと思ってるのかな?僕自身は報告を待ってるだけだから。今はレオルがいろいろ調べてくれてる」
「そうなのですか。本当にアレンをお貸ししなくて大丈夫ですか?」
「うーん。これ以上長引くなら貸してほしいかな。3月までに決着を付けないと、ソフィア様が卒業してしまうから」
そうだった。ソフィア様は3年で卒業して、その後は王城で教育を受けるんだった。
「とりあえず、年始まではレオルには頑張ってもらうよ。それでもだめならクラウドにも頼む」
「わかりました。そのときには力にならせてください」
まだ気を抜く訳にはいかないな。アイ兄様の様にならない為に。僕はアリス様を悲しませる気は無いから。
僕とリオ兄様が会場に戻ると、アリス様とソフィア様は仲良くスイーツを食べながら話していた。先程のソフィア様より断然明るい。さすがアリス様。
「アリス様、戻りました」
「あ、殿下。お帰りなさい。ここのスイーツはとても美味しいですわ。殿下もおひとついかがですか?」
「本当に美味しそうですね」
アリス様、そんな無邪気な笑顔で僕を見ないで。抱き締めたくなる。
「クラウド、アリス様と踊って来たら?今日はまだ1曲も踊ってないでしょ?」
「そうですね。アリス様、僕と一緒に踊って頂けませんか」
「はい、喜んで」
「では、リオ兄様、ソフィア様、行って参ります」
僕達は中央のスペースへと出てきた。アリス様と踊るのは10歳の時以来だ。後夜祭では誘えなかったから。
あの頃と違って、僕は背が高くなっている。同じ目線だったのが、少し見下ろす高さになった。
「あの、クラウド殿下」
「なんでしょうか」
「ソフィア様の為に、私が出来ることはないのでしょうか。気丈に振る舞われているのを見ていて辛いのです」
「いずれアリス様にもお願いすることがあると思います。今は静観するしかありません」
「わかりましたわ。その時がありましたら迷わず御指示を頂ければと思います」
アリス様も僕と同じ様に、今の自分を歯痒く思っているのか。
リオ兄様、僕達は解決出来る様にサポートします。一人で背負いこまないでください。
――――――――――
1月になると、王城には貴族達が年始の挨拶にくる。
アイ兄様の隣には、ソフィア様でなくクレア様がいた。兄様の隣はソフィア様だけに許された場所なのに。そう言えば、兄様をこんな近くで見るのはかなり久し振りだ。兄様はこんな感情の無い顔だっただろうか。
次の日、リオ兄様から事実を聞かされた。アイ兄様は操られている。理由や方法は分からないけれど。
僕はアレンをリオ兄様に託した。レオルとハルト、そしてアレンがいれば調査も一気に進むだろう。
――――――――――
2月になり、僕はリオ兄様からアイ兄様の部屋に来るように言われた。
僕は約束の時間ぴったりにアイ兄様の部屋の扉をノックする。
コンコン
「こんばんは。クラウドです」
「今開けるよ」
中から扉が開かれた。目の前にはアイ兄様がいる。目が、ちゃんと笑ってる!
「アイ兄さ、ま・・・!!」
僕の目から、自然と涙が落ちる。止めようとしても無駄みたいだ。
「クラウド。中へお入り」
アイ兄様に誘われて、僕は部屋へ入った。
部屋に入ると、僕は幼子の様にアイ兄様にしがみついて大泣きしてしまった。・・・恥ずかしい。
兄様達は、僕が落ち着くまで待ってくれた。椅子に座ってお茶を飲む。だいぶ落ち着いてきた。
そこで聞かされる兄様達の話は突拍子もないものばかり。
クレア様の本当の身分やアイ兄様を操っている方法。これから起こりうる最悪のシナリオ・・・。
僕はこれらを調べあげた兄様達を尊敬するが、同時に悔しくもある。どうして、僕には何も教えてくれないのかと。
僕は思わずリオ兄様に突っ掛かってしまう。
「僕達はクラウドを巻き込みたくなかったんだ。折角、アリス様のお陰でここまで回復できたんだから」
僕は、どれだけ守られて生きてきたのかと気付かされた。
「さぁ、クラウド。そろそろ帰ろうか。兄上、また来ますね」
僕達はアイ兄様に挨拶をしてリオ兄様と廊下へ出る。そのまま、リオ兄様の部屋へ連れていかれた。
「クラウド。これから言うことは他言無用だよ」
「なんでしょうか」
「さっき言った最悪のシナリオだけど、実際はあれ以上の事が起きると思うんだ」
「あれ以上とは、アイ兄様とソフィア様の婚約解消よりもですか?」
「うん。兄上からソフィア様への断罪」
「っ!!」
何て事だ!
「僕はそれを阻止するために動くけど、同時にソフィア様を守る事は出来ない。絶対に好奇の目に晒される。だからね、お願いがあるんだ」
「僕に出来ることならば」
「ソフィア様の近くに居てあげてほしい。出来れば、アリス様も一緒に」
確かに。アリス様ならソフィア様を勇気づけられるだろう。じゃあ僕は、アリス様とソフィア様の2人を守ってみせる。
「そして、全てが終わったら植物園のサロンまでソフィア様を連れていってくれないかな?」
「わかりました。リオ兄様はこの茶番を終わらせる事だけを考えてください」
「うん。よろしくね」
僕は自室へ戻ると、手紙を2通書いた。
1通は国王陛下へ。
これは、第3王子としての僕の役割。たぶん、兄様達はここまで気にしている余裕がないから。すでに相談していればそれで良し。してなくてもこれで伝わる。僕達は陛下の采配を信じてる。
もう1通は母上へ。
これは、息子としての役割。きっと、父上は大きな決断を迫られる。そんな父上を支えてほしい。
――――――――――
今日、ソフィア様は学院を卒業する。
卒業式が終わると、僕とアリス様はリオ兄様に言われた通り、ソフィア様の元へ移動する。アリス様がソフィア様の手を握る。
ソフィア様には何も知らされていないが、何かが起こると分かっている様だ。
「国王陛下。私、アイリスより陛下へご報告があります」
あぁ、始まってしまった。
「どうした。申してみよ」
「はい。私の婚約者であるソフィア・セントルとの婚約を継続出来ない為、これを破棄したいのです。よろしいでしょうか」
そんなはずはない。アイ兄様にはソフィア様しか居ないのに。
「突然何を言い出すのだ。しかも、この様な晴れの場で」
「申し訳ありません。しかしながら、今日のこの場でないと意味が無いと思いまして」
父上が僕を見た。僕は頷く。
「・・・理由を申してみよ」
「はい。私はこちらのクレア嬢がソフィアから嫌がらせの数々を受けている事が許せないのです」
「それは誠の事なのか?お前の勘違いではなく?」
「はい。証人もおります。トーマス、2人をここへ」
「はい」
「陛下、この2人が証人です。彼女達はソフィアの指示でクレア嬢に嫌がらせをしていたと証言しています」
アリス様がそんな顔をするなんて。トーマス様も操られているのです。リオ兄様がきっと解放してくれますから。
「アイリスよ。ソフィア嬢が直接関与していた訳では無いのだな」
「そうです。自分の手を汚さない卑怯ものなのです」
本当の卑怯ものはそこの女です!何故アイ兄様にそんな事を言わせるんだ!!
ふと視線を感じて隣を見たら、アリス様が心配そうに僕を見ていた。大丈夫ですと微笑んでみる。ちゃんと笑顔を作れたかな。
「そうか。リオナード。お前から見てもそうであったか?」
「――陛下、急に話を振らないでください。」
ごめんなさい。それ、僕のせいです。
「そうですね。今の話に僕は 否 とだけ答えましょう。僕の話も聞いて頂けますか?」
「許す。申してみよ」
「そうですね。どこから話しましようか。
まず、そのアイリス殿下は操られています」
「リオナード!何を言いだすんだ!私は操られてなどいない!」
「まぁ、今の発言が証拠です。兄上は僕が殿下と呼ぶと、まず泣きそうな顔をします。今の様に憤慨はしません。そして、僕のことをリオナードとは呼びません」
「確かに。親いものしか知らない事実だ。だが、それだけでは薄いぞ。他にも何か決め手は無いのか?」
「はい。陛下は納得されても他の方々は納得されないと思い、きちんと用意しております。レオル、例の物をこちらへ」
「畏まりました。リオナード様、どうぞ」
「陛下。これが証拠です。隣国スターレンが崩壊した際に消えた魔道具でございます。クレア嬢の使っている部屋から見つけたものです」
「リオナード、どういうつもりだ!これが本当にクレアの部屋から出てきたと言う証拠はないだろう!」
「まだ僕をリオナードと呼ぶのですね。では兄上、両手を貸していただけますか?」
「何をする気だ?」
「こうするのです」
バチッ
「痛っ。リオ、ありがとう。陛下、お見苦しい所を御見せして申し訳ありません」
アイ兄様が正気に戻った。良かった!これでこの茶番が終わりに向かう!!
「アイリス?正気に戻ったのか?」
「はい。一時的にではありますが。
先程私から進言したソフィア様の件は保留させていただいてもよろしいでしょうか」
え?兄様、保留なのですか?
「構わん」
「ありがとうございます」
「兄上、保留なんですか?撤回ではなく?」
「良いから。リオ、続きをお願い」
「わかりました。次に――――」
僕はアリス様の肩をそっと抱く。大丈夫。後はリオ兄様が解決してくれるから。
「――――アイリス様は悪女達の罠に嵌まってしまい、今に至ります」
「レオル、ありがとう。陛下、以上が事の顛末です。操られている者達を開放するために、この魔道具の破壊許可を頂きたいのですがよろしいでしょうか。一刻も早く兄上を元の兄上に戻したいのです!」
「許可しよう。リオナード、任せる」
「はい!ありがとうございます!」
リオ兄様は魔道具を手に取り、魔術で焼き払った。操られていた貴族の子息達がバタバタと倒れる。アリス様が心配そうな顔をしている。
「アリス様、トーマス様はきっと大丈夫です」
「そう、ですわね」
「教師はその者達を介抱せよ。衛兵、そこにいるスターレン家の者と倒れている協力者共を捕縛した後城の牢へ連れていけ。以上、解散」
「ソフィア様、僕らと一緒に来ていただけませんか?」
「はい。わかりました」
僕とアリス様、ソフィア様の3人は植物園のサロンへ向かった。
アレンがお茶の用意をしてくれ、アリス様とソフィア様は談笑している。この光景がまた見られて良かった。
暫くすると、アイ兄様がやってきた。重荷を下ろした後の様に幾分か晴れやかな顔をしている。
「アイ兄様。待ちくたびれましたよ?」
「悪かったね。父上とリオと少し話をしていたんだ」
「そうですか。では、僕たちはこれで。後はよろしくお願いします」
「あぁ。ありがとう」
僕とアリス様はサロンを後にする。
「クラウド殿下。ソフィア様はもう大丈夫ですわね」
「そうですね。やっと終わりました」
「はい。お疲れ様でした」
そう言って、アリス様ふわりと微笑んだ。貴女はいつでも僕の心を鷲掴みにする。
「――さぁ、帰りましょうか。僕の可愛いお姫様」
僕はアリス様に手を差し出す。
「はい。私の王子様///」
彼女は照れながらも僕の腕に自分の腕を絡ませた。
僕はこれから、この人を守っていきたい。いや、守っていく。
一人静かに心の中で誓った。
END
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
まだまだ続きます。