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私の恋した令嬢は可憐な少女でした。


リオナードの兄、アイリス視点の物語



一部「悪役令嬢?」の補完です。




「何でもいいからありったけの水を用意しろ!!」

「馬鹿!火事場で風魔術を使うな!!」

「水はまだか!!」

「誰か!土魔術で建物の倒壊を支えてくれ!!」


「カタリーナ様の方へは私達が行きます!レオル達はナターシャ様の方へ!そちらにリオナード様もいるはずです!!」

「わかりました!そちらは頼みます!!」


 父上は燃え盛る離宮を見ながら、膝をついて祈っている。

 クラウドは先ほど救出されて医療班の応急処置を受けている。

 ヴェロニカ様とヴィクトリアはすでに死亡が確認された。


「陛下!カタリーナ様が見つかりました!!お怪我をされていますが、命に別状はありません!」


「良かった。ナターシャ、リオナード。お前たちも無事でいてくれ・・・」


「父上、きっと無事です!信じて待ちましょう!」


 神様お願いします。どうか、2人を助けてください!




 離宮の火災の原因は、第3王妃のヴェロニカ様による放火だった。彼女の娘であるヴィクトリアと、第2王妃であるナターシャ様を道連れにして。何故か侍女達は全員離宮の外にいたらしい。記憶も曖昧だそうだ。


 母上は2階の窓から自力で逃げ出し、軽い火傷と打撲で済んだ。

 クラウドはヴェロニカ様から斬りかかられた所をリオが庇った為、少しの火傷だけで助かったらしい。ただ、心の方は助かったとは言えないけれど。

 リオは何とか一命を取り留めたが、背中には刃物で切られた痕と火傷痕が消えずに残ってしまうそうだ。


 ヴェロニカ様はクラウドの生まれた頃から、かなり過激な言動を繰り返していたらしい。ヴィクトリアを産んだ後は更に苛烈になり、今回の事件へと発展してしまった様だ。






 ――――――――――


 今日は私の6歳の誕生日。

 父上からリオと一緒に執務室に来るように言われている。とりあえず、リオの部屋へ行こう。

 噂をすれば、向こうからリオがやってきた。


「兄上、本日はお誕生日おめでとうございます」


「ありがとう。リオ」


「プレゼントは後で届けさせますね」


「本当かい?嬉しいね!」


「ふふっ。楽しみにしていてください」


 リオは火事の後、療養中に暇を持て余したのか小さい人形細工を作り始めた。それがかなり精巧な作りで、私はとても気に入っている。プレゼントもその中の1体だろう。ただ、女の子の人形しか作っていないのが正直気になる。




 父上の執務室へ着くと入り口の衛兵に声を掛け、中へ入る。


「父上、お待たせ致しました」


「よく来たな。まずはそこへ座りなさい」


 私とリオは父上の向かいの席に座る。


「今日はお前たち2人に話しがあって呼んだ。お前たちの婚約者の話だ。まずはアイリスから」


 婚約者か。まだまだ先の話だと思っていたよ。


「はい」


「アイリスの婚約者はセントル公爵家の娘、ソフィアとする」


「はい。父上の決定に従います」


「うむ。次にリオナードの婚約者は無しとする」


 え?リオには婚約者が居ない?そんな!!


「はい。父上の決定に従いま「ちょっと待ってください!リオには該当する者は居ないのですか!?」


「アイリス。これは決定だ」


「しかし、父上。私には婚約者が居てリオの婚約者が居ないのは不公平です!」


「兄上、僕の事は大丈夫ですから。父上の考えも分かってますから」


「でも・・・」


 父上の考えとは何だ?リオには何か事前に話しをしているのだろうか。


「アイリス。もう一度言う、これは決定だ。覆す事は無い。以上、話は終わりだ」


「わかりました。失礼します」

「失礼します」




 私は部屋に戻ると先ほどのやりとりを考える。リオが言っていた父上の考えとは何だろうか。

 そうか。リオに婚約者を立てない理由はそういう事か。第2王子として、他国の姫を娶るのか。若しくは、他国の姫の元へ婿として出すのだろう。

 外交的には後者の方が可能性は高い。ただ、近くの国に同じ年頃の姫は居なかったはずだ。となれば、かなり遠い地へと行くのだろう。


コンコン

「ハルトです」


「入れ」


「アイリス様、リオナード様よりプレゼントを預かって参りました」


「プレゼントか。何を用意してくれたのだろう」


 封を開けるとそこには可愛らしい女の子の人形があった。


 やはり、女の子の人形なのだな。他のものは作っていないのだろうか。兄としては少し心配だ。


「ハルト。リオに礼を伝えておいてくれないかな」


「畏まりました」






 ――――――――――


 今日、離宮の惨劇から3年になる。ナターシャ様とヴェロニカ様、ヴィクトリアの慰霊祭が王城で催される。

 私の部屋ではハルトが慰霊祭で着る礼服の用意をしている。今日で王族の喪が明ける。そのため去年や一昨年のような黒ではなく、青の衣装だ。


「アイリス様、もう着替えられますか?」


「早めに用意した方が良いだろうね。よろしく頼むよ」


「畏まりました」


 ハルトは私に礼服を着せていく。




 私は服を着替えると、まず父上の執務室へ向かう。父上はいつも以上に忙しそうだ。


「父上、おはようございます」


「おはよう」


「リオとクラウドはまだ来ていないのですね」


「いや、ここに呼んでいるのはアイリスだけだ」


「私だけなのですか?」


「あぁ。今日の慰霊祭だが、アイリスの婚約者のソフィア嬢も参加するのだ。式典の後、一度会ってみないか?」


「そう言う事ですか。わかりました。お会いします」


「うむ。話は以上だ」


「はい。失礼します」




 式典は滞りなく終わり、私は婚約者のソフィアに会うべく応接室へ向かう。


「ハルト。もうソフィア様は来ているのかな?」


「はい。中でお待ち頂いております」


「そうか。父上はあの様子では来られないのだろう?」


「はい。本日はかなりお忙しい様で、アイリス様にお任せするとおっしゃっていました」


「わかったよ。では、入ろうか」


 私はハルトに扉を開けてもらい、部屋の中へと入った。席に着くと、早速セントル公爵からの挨拶を受ける。


「本日はお忙しい中、御時間を頂きましてありがとうございます。私、セントルと申します。こちらの者は娘のソフィアです」


「ご丁寧にありがとうございます。私は第1王子、アイリス・アスタロイドです。ソフィア様、お顔を上げてください」


 私は顔を上げたソフィア嬢に目を奪われた。なんと美しいのだろう。


「お初にお目にかかります。ソフィア・セントルと申します」


「私はアイリス・アスタロイドです。よろしくお願いします」


 それから私達は当たり障りの無い話をして、その日の面会は終わった。






 ――――――――――


 今日は私とリオの10歳のパーティーが開かれる。そこで婚約者の発表も行うそうだ。それにしても、私とリオの誕生日は1月違いなのだが。1回で済ませたい財務部に他が反論できなかったのだろう。




 最初、リオは私の側から離れなかった。しかし、いつの間にかどこかへ行ってしまった。リオに限って逃げ出したとは考えられないが。少し人見知りをする彼は大丈夫だろうか。


 暫くするとファンファーレが響き、父上と母上が姿を見せた。私も2人の後に着き、前の玉座の方へ向かう。リオもどこからか出てきて合流した。かなりやつれて見える。

 席に着くと父上が開幕の挨拶をする。貴族達は皆、右手を胸に当て聞いている。父上の話が終わると、宰相に替わった。


「第1王子、アイリス殿下の婚約者を発表する。婚約者はセントル公爵家の娘であるソフィアとする」


 宣言されると、人混みの中からソフィアが現れた。


「今紹介に預りました、ソフィア・セントルと申します」


 前回あった時と変わらず。いや、それ以上に美しくなっている彼女がそこにはいた。周りのものも思わず息を飲んでいる。


 後ろに下がったソフィアの元へ私は向かった。彼女もこちらを目指して来る途中だった様だ。


「アイリス殿下。本日はおめでとうございます」


「ありがとう。ソフィア様」


「あの、国王陛下と王妃様へご挨拶に伺いたいのですが。一緒に行っていただいてもよろしいでしょうか」


「私からもお願いしようと思っておりました。是非一緒に向かいましょう」


「よろしくお願いいたします」




 私は自分が他者からどの様に思われているか知っている。


 生真面目 堅物 冷淡 子供らしくない


 これらは私が装っている仮面である。10歳にしてこうなってしまったのは、幼い頃に関わった女性達が原因だ。


 そんな私がソフィアとにこやかに話をしながら踊っているのが信じられないのだろう。貴族の者達は皆、驚きを隠せない顔をしている。弟たちと話しているときもにこやかだとは思うのだが。それは王城勤めの者しか見られない光景だからな。






 ――――――――――


 今日はクラウドの10歳のパーティが開かれる。


 彼の婚約者は体調不良で少し登場が遅れる様だ。

 しばらくすると、楽団の音楽が徐々に小さくなる。宰相が登壇し、話を始めた。


「えー、諸君。これからクラウド殿下の婚約者を発表する。婚約者はベイサード公爵家のアリスとする」


 アリスは緊張しながらも、前へ進み出て自己紹介をはじめる。


「只今紹介に預かりました、アリス・ベイサードと申します」


 とても可愛らしいご令嬢だ。この子がクラウドを射止めたのか。


 クラウドはアリスを探しに行った。こちらへ連れてくるつもりだろう。

 しかし、どうした訳かクラウドはアリスを連れては来なかった。彼はまだ挨拶が残っているからと係の者に連れて行かれる。ふと不穏な発言が聞こえた。


「クラウド殿下とアリス様は仲がそこまでよろしい訳では無いみたいですわね」

「そうですわね。まだ我が娘にもチャンスはあるかしら」

「あなたのところはクラウド殿下より5つも上じゃないの」クスクス


 あなたの娘にチャンスは無い。クラウドはアリスしか想っていないのだから。


「ねぇリオ。なんでアリス様はこっちに来ないであそこに1人で居るのだろう」


「え?あ、本当ですね。どうしたのでしょう」


「貴族達がクラウドとの仲を(うかが)っているみたいだから、こちらへ連れては来られないだろうか」


「そうですね。1人でいる理由を聞いて、あとは臨機応変に誘ってみましょうか」




 私はリオと共にアリスのところへやってきた。


「初めまして。リオナードです。貴女はアリス様ですよね?」


「も、申し遅れました。アリス・ベイサードです」


 完全に気を抜いていたのだろう。彼女はどうにか淑女の礼を形にしてみせた。


「こんばんは。アイリスです。どうしてこちらに1人でいらっしゃるのですか?」


「先程、緊張し過ぎて控え室で倒れてしまいまして。大事を取って休んでおりますの。あの、場所を移動した方が宜しいでしょうか?」


「あはは。兄上はクラウドが振られたのかと心配しているのですよ。クラウドが貴女の元へ向かったのに、少し話して戻ってきてしまったからね。もし宜しければ、僕達とあちらへ行きませんか?」


 リオ、いきなりすぎて彼女が困っているよ。

 リオに目配せする。私はどうしたら良い?え?ここにいろと言うのか?


「リオ、アリス様が困っているよ。静かなここで座っていた方が落ち着くんじゃないか?」


「でも、義母上が話したがっていましたよ?」


 なるほど。これなら彼女から向こうに行くと言うな。さすがリオだ。良くこの短時間で思いつく。


「そうだったね。うーん。じゃあ、母上をこちらへ連れてきてしまおうか」


「い、いえ。私から参りますわ。こちらからご挨拶に伺わなければならないのに、既にお2人には来て頂いてしまいましたし。その上王妃様にまでご足労頂く訳には参りません」


「そうかい?それなら一緒に行こうか」


「はい」


 リオがコソっと耳打ちをしている。


「体調が万全でないところ、申し訳ないですね。クラウドとアリス様の仲を疑う輩もいるものですから。向こうに行ったら椅子に座っていて良いですからね」


「お気遣い、ありがとうございます」


 フォローまで完璧ではないか。我が弟ながらやりおる。






 ――――――――――


 4月

 私とリオは今日から王立学院の生徒になる。

 王子が2人も同時に入学すると言うことで、かなり盛大な入学式になるらしい。




 入学式の後、新入生の説明会が行われた。その後にクラス毎に別れて校内案内が行われる。

 私はリオとソフィアと同じクラスになった。貴族だけのクラスかと思ったら、1人だけ平民の娘がいる。彼女は貴重な光属性を持つ為、このクラスに入れられた様だ。




 学院にはクラブ活動がある。リオは魔術クラブに入った。私はまだ馬術と剣術で悩んでいる。貴族の女子はほとんどが家庭クラブに入る様だ。




 学院入学に際し、私に専属侍従が着いた。普段から身の回りの世話をしてくれていたハルトだ。彼は今年26歳になる。リオについた侍従のレオルと同い年だそうだ。学院在学中には1、2を争う仲だったと聞いている。






 ――――――――――


 6月

 学院では文化祭が行われる。


 最近、リオが何やらソワソワしている。どうしたのだろうか。




 後夜祭が始まると、リオはどこかへ消えてしまった。相変わらず人混みは苦手なのだろう。


 後夜祭は堅苦しくない雰囲気のダンスパーティだった。平民の生徒は貴族の生徒に教えを請い、貴族の生徒は平民の生徒に教えるという微笑ましい光景が繰り広げられる。

 最後には花火が打ちあがり、後夜祭のフィナーレを飾った。




 文化祭の後、リオとクレアが付き合っているという噂を耳にした。それは間違いなく誤解だろう。私はリオがクレアと一緒にいるところをまだ見たことがない。むしろ、噂にされて迷惑しているくらいだろう。






 ――――――――――


 8月

 学院は1ヶ月の長期休暇に入る。


 私たちは学院の寮から王城へと帰った。

 母上から今年も避暑地に一緒にいかない?と聞かれた。リオにも聞いてみよう。


 コンコン

「リオ。ちょっといいか?」


「はい。どうぞ」


「この休みの予定だが、リオは何かあるか?」


「僕は特にありません。強いて言うなら、魔術の勉強をしようかなーと思ってたくらいですかね」


「それならば、いつも通り避暑地へ行かないか?母上が楽しみにしているんだ」


「では、そうしましょう。勉強はどこでも出来ますし。クラウドとも久しぶりに遊びたいです!」


「母上もきっと喜ぶよ」




 私たちは王家の避暑地に来た。

 移動で疲れた母上は、兄弟で遊んで来なさいといって休んでいる。これから弟達と供を何人か連れて遠乗りに出掛ける予定だ。


 リオが初めて一人騎乗をするクラウドを見て微笑んでいる。まぁ、その気持ちも解らなくはない。


 遠乗りから屋敷に帰るとソフィアが来ていた。明日から1週間滞在するそうだ。楽しみだな。


 ソフィアの滞在中、リオが楽しそうにソフィアに話し掛けていた。


「リオ、ちょっといいか」


「なんですか?兄上」


「もしかしてだけど、ソフィア様の事が気になる?」


「へ?どうして?」


「いや、学院に居るときとはさ。なんか違う気がしたからね」


「それは、今は学生ではないですから。兄上の婚約者である以上、学院では親しく出来ませんし。でも、将来の義姉ですから仲良くしたいのです」


 本当にそうだろうか。なんだか用意されていた言い訳に聞こえる。


「なるほど。変な事を聞いて済まなかった」


「僕こそ、挙動不審だったみたいで申し訳ありません」


 きっと、リオもソフィアに惚れてしまったのだろう。今だけと割り切って接していた様に見えた。






 ――――――――――


 10月

 学院では体育祭が行われる。


 王族も関係なく出場する決まりの様だ。私はリレーのアンカーに選ばれた。リオは借り物競走だ。


 放課後はリレーの練習をするらしい。私は渡す相手がいないので、(もっぱ)ら受け取る練習だけ。走順は私の前がクレアだ。バトンはアレックス・フロントからクレアに渡り、クレアから私に渡される。彼女はよく躓いて突っ込んでくる。いちいちそれを支えるこちらの身にもなってほしい。




 体育祭当日。今日は爽やかな朝だ。


 リオの出る借り物競争は午前の部の最終競技。彼は見事に1位を取った。しかし、昼休みにはどこかへ消えてしまった。一緒にご飯を食べようと思ったのに。

 周りの生徒に聞いて回ると、中庭に向かう姿を見た者がいた。私はリオを探す為、1人中庭へ向かった。そこには上半身裸でタオルを持ち、考え込んでいるリオの姿があった。


「リオ?」


「あ、兄上。どうしたのですか?」


「それは私の台詞なのだけど。昼食を一緒に食べないかと探していたんだ。リオは何をしているの?」


「あ、暑かったので水浴びをしていました。ここなら誰も来ないと思って」


「なるほど。ご飯はどうする?」


「一緒に食べます!ちょっと待っててください」


 そう言って、リオは服を着始めた。背中の傷はやはり残ったままか。どうにか消せないものだろうか。






 ――――――――――


 12月

 学院では星降祭(せいこうさい)が開かれる。


 婚約者や恋人のいる男子は、相手へ揃いのアクセサリーを贈るのが慣習だそうだ。私はソフィアへ何を贈ろうかとずっと考えている。ハルトに相談してみるか。卒業生だしな。


「ハルト。ちょっと相談したいことがあるのだけど」


「なんでしょうか」


「星降祭でソフィア様に贈るアクセサリーに悩んでいて。ハルト達の時はどんなものを贈っていたのかと思って」


「私は恋人も婚約者も居なかったので贈ったことはありませんでしたが。そうですね、花をアクセサリーにしたものを身に着けている方が多かった記憶があります」


「やはり花が定番なのか。種類が多すぎて困るな」


「それぞれに花言葉もありますしね。花以外に送るとするなら、星以外のものでご用意ください」


「そうか。星は相手が居ない証だったね」


 何をソフィアに贈ろうか。


 私は結局スズランをモチーフにした髪飾りを贈ることにした。ソフィアはとても喜んでくれて胸を撫で下ろした。




 星降祭当日、私はソフィアと待ち合わせ会場へ入った。遠くでリオがご令嬢達に囲まれている。さすが王子だな。私もソフィアという婚約者がいなかったらああなっていたのだろうか。




「アイリス殿下、雪が降って来た様ですわ」


「そうかい?少しテラスへ出てみようか」


 私とソフィアはテラスへ出た。


「まるで星が降っている様だね」


「えぇ。とても綺麗ですわ」


 そういって空を眺めているソフィアはとても美しかった。






 ――――――――――


 2年の7月になると水泳の授業が始まる。


 この国は海に浮かぶ島国の部分が多く、泳げないと場合によっては生死に関わる。そのため、貴族・平民に関わらず、男子は泳ぎを習う。まぁ、王族である私たちは免除でも良いと言われたが。


 リオは泳ぎがすごく得意で、記録会でも驚異的なタイムを叩き出していた。ただ、毎回晒される視線にうんざりしている様子だ。






 ――――――――――


 9月

 リオは体調を崩して、2週間ほど学院を休んだ。命に関わる様な病では無かったようで安心した。


 リオがいない間にソフィアから相談を受けた。クレアが幾度となく貴族の女子から嫌がらせを受けているそうだ。女子のいざこざに私を関わらせないようにしていたが、目に余るので助けてあげてほしいと言われた。

 別に、ソフィアが心を痛める事でも無いと思ったのだが。仕方なく私が解決した。

 ソフィアはその後からよくクレアと行動を共にするようになった。




 今月から魔術の授業が始まった。私は宮廷魔術師より基礎を習っているため、初期魔術はそれほど難しくはない。リオに至っては、魔力量が多すぎる為に別課題を与えられている。


 私は火と水の相反する属性を持っている。そこそこ珍しい組み合わせなのだが、リオの風、水、雷の組み合わせには負ける。そもそも3属性持ちが珍しい上に雷まで持っているのだから。






 ――――――――――


 12月、今年も星降祭の日がやってきた。


 今年の贈り物はピンクのバラをモチーフにしたブローチにした。ソフィアは今年も大変喜んでくれた。






 ――――――――――


 4月、今日クラウドが入学してくる。


 今年から兄弟学級制度が試験導入されるそうだ。学院での先輩後輩の繋がりがクラブ活動だけでは弱いと考えたのだろう。

 早速今日から行事が始まる。まずは1年と3年がペアになって一緒にスタンプラリーをするらしい。私は運営側の手伝いで、講堂から1年生を案内する係だ。クラウドの相手はクレアか。アリスの相手はリオなんだな。ソフィアは私と同じ運営の手伝いをしているはずだ。ここにはいないが。




 3年に上がると、魔術の授業が熟練度別になる。私は最上級のクラスになったが、リオは更に上らしい。学院の教師では手に負えないと言うことで、王城から魔術師が1人派遣されてきた。隔週でその講師に教えてもらっているそうだ。




 最近、私はよく1点を見詰めぼうっとしていることがあるらしい。ハルトに指摘されて初めて知った。






 ――――――――――


 5月

 今月私は15歳になる。15歳といえば成人だ。10歳の時とは違い、さすがにリオと別々に式典が催される。


 最近は記憶が曖昧な時間が前より増えている。すごく不安だ。




 気がついた時には15歳の式典は終わっていた。

 ソフィアの傷ついた顔が印象的だった。






 ――――――――――


 この記憶は誰のものなのだろうか。


 リオの式典は出た事だけは思い出せるが、内容が全く思い出せない。

 文化祭はクレアの側にずっといた記憶がある。

 私は夏休みに城へ帰っていない。なぜ私は学院の寮にずっと居たのだろうか。


 唯一解っている事は、リオが私を心配しているであろうということ。断片的にだが、私に話しかけようとしている光景が何度もあった。そして、ソフィアがひどく傷ついているということ。




 体育祭の最中にソフィアが倒れた。

 私はそのとき近くにいたはずだ。

 大事な娘が倒れたのに体が全く動かなかったことだけは覚えている。






 ――――――――――


 いつのまにか年が明けた様だ。


 新年のあいさつに貴族達が城を訪れる。

 なぜ隣にはソフィアでなくクレアが居るのだろう。




 コンコン


「リオナードです。今お時間よろしいですか?」


「リオナード?今開けるよ」


「夜分にすいません。アイリス殿下、ちょっとお話をしませんか?」


「なんだい?急に改まって」


「今、あなたが大切な人は誰ですか?」


「私の大切な人?大切な・・・うーん・・・・・」


「アイリス殿下、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。問題ない」


 リオ、もしかして気づいているのか?助けてくれ。こんな状態はもう沢山だ!




「兄上、ちょっと両手を貸してください」


「うん?これで良いかい?」


「はい。そのまま」


 バチッ


「痛っ!リオ!何をするんだ!」


「よかった!戻ったっ!」


「どうした?突然泣き出して」


 リオは泣きながらこれまでの事を話してくれた。

 私の記憶が曖昧になり始めた頃から、今日の年始あいさつの様子まで。


 そんなことになっていたなんて・・・。私も自然と涙が流れていた。


「リオ、ごめんね。私が不甲斐ないばかりに。記憶が無い訳ではないけど、自分の記憶では無いみたいなんだよ。たぶんだけど、明日の年始のあいさつにもクレアは来ると思う。そんな約束をした気がする」


「なら、明日も正気に戻します!これからも!」


「それでは根本的な解決にはならないよ」


「では、どうすれば・・・」


「とにかく、毎日夜には報告会をしよう。私がどうやって操られているのか、出来る限りの調査をするから。そのうち解決法が分かるかもしれない」


「わかりました。兄上、無理だけはしないでくださいね」


「大丈夫だよ」


 こうして、毎晩報告会が開かれる事になった。




 


 ――――――――――


 2月


 正月の一件から、私とリオは毎晩報告会を行っている。


 日中の私は相変わらずの様子だろう。しかし、毎晩正気に戻っているおかげか記憶は残るようになった。


 クレアの正体を聞いた時は驚きを隠せなかった。

 同時に、既視感を覚えた。今の私は離宮の惨劇の時の侍女達の症状に酷似しているのではないかと。

 ヴェロニカ様は闇魔術を使い、侍女達を思いのままに操っていたと後の調査で判明し、報告を受けている。クレアも同じような方法で私たちを操っているのではないだろうか。


 私はクレアとその取り巻きのいる部屋へ向かった。私はすぐに操られてしまったが、姿を隠して潜入していたハルトはその瞬間を見ていた。


 クレアはスターレン王国に伝わっていた古い魔道具を使っている。






 ――――――――――


 3月

 学院では卒業式が行われる。


 ソフィアは今年で卒業する。私が卒業する2年後までは王城で教育を受けることになっている。

 私は最後の最後まで彼女を傷つけた。このまま私の婚約者でいて彼女は幸せだろうか。




 私は心からソフィアの卒業を祝福したいのだが、口から出てくる言葉は真逆のことばかり。


「国王陛下。私、アイリスより陛下へご報告があります」


「どうした。申してみよ」


「はい。私の婚約者であるソフィア・セントルとの婚約を継続出来ない為、これを破棄したいのです。よろしいでしょうか」


<どうして今。こんな大勢の目の前で言うんだ>


「突然何を言い出すのだ。しかも、この様な晴れの場で」


「申し訳ありません。しかしながら、今日のこの場でないと意味が無いと思いまして」


「・・・理由を申してみよ」


「はい。私はこちらのクレア嬢がソフィアから嫌がらせの数々を受けている事が許せないのです」


<父上、私はそんな場面は見ていませんし、ソフィアがそんな事をするはずがありません!>


「それは誠の事なのか?お前の勘違いではなく?」


「はい。証人もおります。トーマス、2人をここへ」


「はい」


「陛下、この2人が証人です。彼女達はソフィアの指示でクレア嬢に嫌がらせをしていたと証言しています」


<そんな嘘を鵜呑みにしないでください!>


「アイリスよ。ソフィア嬢が直接関与していた訳では無いのだな」


「そうです。自分の手を汚さない卑怯ものなのです」


<そんなことは全く無いです!逆にソフィアはクレアを守っていたのに!!>


「そうか。リオナード。お前から見てもそうであったか?」


「――陛下、急に話を振らないでください。そうですね。今の話に僕は 否 とだけ答えましょう。僕の話も聞いて頂けますか?」


「許す。申してみよ」


「そうですね。どこから話しましようか。

 まず、そのアイリス殿下は操られています」


「リオナード!何を言いだすんだ!私は操られてなどいない!」


<リオ、早く助けてくれ。ソフィアをこれ以上悲しませたくない>


「まぁ、今の発言が証拠です。兄上は僕が殿下と呼ぶと、まず泣きそうな顔をします。今の様に憤慨はしません。そして、僕のことをリオナードとは呼びません」


「確かに。親いものしか知らない事実だ。だが、それだけでは薄いぞ。他にも何か決め手は無いのか?」


「はい。陛下は納得されても他の方々は納得されないと思い、きちんと用意しております。レオル、例の物をこちらへ」


「畏まりました。リオナード様、どうぞ」


「陛下。これが証拠です。隣国スターレンが崩壊した際に消えた魔道具でございます。クレア嬢の使っている部屋から見つけたものです」


「リオナード、どういうつもりだ!これが本当にクレアの部屋から出てきたと言う証拠はないだろう!」


「まだ僕をリオナードと呼ぶのですね。では兄上、両手を貸していただけますか?」


「何をする気だ?」


<リオ、頼んだよ>


「こうするのです」


 バチッ


「痛っ。リオ、ありがとう。陛下、お見苦しい所を御見せして申し訳ありません」


「アイリス?正気に戻ったのか?」


「はい。一時的にではありますが。

 先程私から進言したソフィア様の件は保留させていただいてもよろしいでしょうか」


 私は決めた。ソフィアと婚約を解消することを。こんな私ではこれからも彼女を傷つけてしまうだろうから。


「構わん」


「ありがとうございます」


「兄上、保留なんですか?撤回ではなく?」


「良いから。リオ、続きをお願い」


「わかりました。次に、クレア嬢に嫌がらせをしていたそちらの御二人ですが、本当はクレア嬢の侍女です。そして、クレア嬢は隣国スターレンの元王族です。他にも何名か協力者がいます」


 リオの発言に会場がざわついた。


「静粛に。リオナード、それは誠か?」


「はい。ここからはレオルが説明します。その前に、そこの者達が逃げられない様にしてください。協力者の方は僕が対処しましょう」


 リオはパチンと指を鳴らす。

 何人かがうめき声と共に倒れる音が聞こえた。


「衛兵、講堂を封鎖せよ。では、始めてくれ」


 レオルが前へ進み、臣下の礼をとる。


「ただいまご紹介に預かりました、リオナード様の侍従レオルです。この様な大役を仰せつかり、恐縮でございます――――」


 私はレオルの発言中、ずっとソフィアを見ていた。彼女の儚くとも凜とした佇まいを目に焼き付けるために。


「――――アイリス様は悪女達の罠に嵌まってしまい、今に至ります」


「レオル、ありがとう。陛下、以上が事の顛末です。操られている者達を開放するために、この魔道具の破壊許可を頂きたいのですがよろしいでしょうか。一刻も早く兄上を元の兄上に戻したいのです!」


「許可しよう。リオナード、任せる」


「はい!ありがとうございます!」


 リオは魔道具を手に取り、魔術で焼き払う。同時に私以外の操られていた貴族の子息達がバタバタと倒れた。


「リオナード、あやつらは大丈夫か?」


「たぶん大丈夫ではないでしょうか?多少混乱はすると思いますが」


「なら良い。教師はその者達を介抱せよ。衛兵、そこにいるスターレン家の者と倒れている協力者共を捕縛した後城の牢へ連れていけ。以上、解散」







 ――――――――――


 父上、私、リオの3人は、学院の応接室へ移動した。


 私は意を決して話し始めた。


「父上、先程保留にした件ですが」


「そうであった。アイリス、何故保留にしたのだ?」


「それは私がソフィア様の婚約者として相応しくないと考えたからです。此度の騒動は私にも責任がありますから」


「しかし、お前は操られていたのだ。仕方がないではないか」


「そうですよ兄上!これは兄上のせいではありません!」


「父上、私はリオとソフィア様の婚約を望みます。リオはソフィア様を愛していますから」


「兄上、何を言っているんです?」


「リオ。私が気付かないと思っていたのか?1年の夏から薄々感じていたが、最近は確信している」


「違いますよ。確かに一度は惚れましたが。今ソフィア様には兄上と一緒に幸せになって頂きたいのです」


「でも、リオ」


「父上。僕は誰と結婚しようとも自由なんですよね?」


「そうだ。お前が6歳の時とは言え、王との密約だからな」


「6歳って?密約って?」


「兄上にはソフィア様、僕には自由という約束です。そして、僕はすでに結婚相手を決めています」


「ほぉ。リオナードはすでに結婚相手を決めておったのか」


「はい。僕の結婚相手はアスタロイド王国です。僕は僕の好きな人達を護る為に一生涯尽くします」


「本当にそれで良いのか?」


「はい。僕はみんながにこにこ笑って過ごせる国にしたいのです」


「リオ。本当にそれで良いの?」


「良いのです!僕は魔術で大成しますから!!」


 リオの決意は頑なだった。父上と私が何を言っても折れることはなかった。




「そうだ。兄上、植物園のサロンに向かってください。そこにソフィア様がいるはずですので」


「そうなのか?今は顔を合わせずらいな」


「それでも、ソフィア様は兄上の事をお待ちですよ」


「わかった。行ってくるよ」




 私が植物園のサロンへ行くと、そこにはソフィアの他にクラウドとアリスが居た。彼らがソフィアの相手をしてくれていた様だ。


「アイ兄様。待ちくたびれましたよ?」


「悪かったね。父上とリオと少し話をしていたんだ」


「そうですか。では、僕たちはこれで。後はよろしくお願いします」


「あぁ。ありがとう」




 部屋には私とソフィアの2人きりになった。


「アイリス殿下。信じておりました」


 そういって、ソフィアは涙を流す。


「申し訳ありませんでした。途中でお伝えすることもできた「殿下が私の為に黙っていたことはわかっておりますので」


 私はたまらずソフィアを抱きしめる。


「今後このような事にはならないと誓おう。それが、今の私にできることだと思うから」


「ありがとうございます」


 そう言って、私の愛しい人は涙を目に溜めながら微笑んだ。




   END


最後までお読みいただきありがとうございます。


ずっとアイリス視点が書きたかったんです。

満足です。


あと何人か書く予定です。

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