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はるとあき  作者: 櫻井 総一
距離
8/22

8

 ”大丈夫だって、心配するなって”


 一体、何度この言葉を聞いたのか…

 数日が過ぎても明希は元に戻らず、とうとう明日が出校日となってしまった。


「大丈夫じゃなかったのかよ?」

「いやー……困ったね」


 明希が蚊取り線香に火をつけたいと言い出して、夕方明希の家の縁側で、独特の匂いを放ちながら煙を出すソレを眺めた。


 元に戻らない現実にさすがの明希も少し余裕をなくしている様子だった。


「明日どうするんだよ?」

「うーん、周りの人の記憶は俺が男だったことなんてないだろうから、行っても問題なけどなー……」


 あの日から俺は毎日欠かさずに、神社へ行っているけど賽銭が無駄になっていくのと痒いところが増えるだけだった。


 明希はしばらく考え込み答えを出した。


「俺、休むわ」


 そう言った顔はどこか寂しそうだった。


「……女子として過ごすのは大変だよな、制服もスカートだし」

「そこじゃねーけどな、スカート履くのは別にいいんだけど……」


 今、コイツさらっと凄いこと言ったぞ。

 俺だったら、恥ずかしくて外に出れねーよ。


「じゃあ何でだよ?」

「んー、だって学校じゃお前とこうやって話せねーだろ」

「は?」

「女と男が話してるといろいろあるだろ? 課題、渡しておくから提出しておいてくれ」


 明希は、軽く溜息を吐きながら部屋に課題をとりに行ってしまった。




 明希の言ういろいろとは、夏休み前に話した内容のことだとすぐにわかった。


 夏休み前の最後の体育授業は、サッカーだった。運動は苦手でそしてこの暑さ、地獄の体育だった。

 なんとかその授業が終わって教室に戻る時、太田が話しかけてきた。


「晴ちゃーん、俺暑くて溶けちゃうー」


 ひょうきん者の太田は後ろから、両手を俺の肩にのせて体重をのせてきた。急なことだったので、体制を崩されそうだった。


「おまっ……っぶねぇな。」


 なんとか踏ん張って後ろに倒れこむのを阻止すると、太田はケラケラ笑いながら手を離してきた。


「いやいやー、こう暑いと歩くのも無理だわー」

「それだけ元気なら大丈夫だろ、後ちゃん付けして呼ぶな」


 下駄箱で履き替えながら、太田を睨みつけた。

 太田は時々からかうように俺をちゃん付けする。俺の反応が面白いのか怒っても一向に止めないので諦めた。


「二人とも暑いのに元気だな…」


 後ろから明希が話しかけてきた。

 炎天下のせいで焼けてしまったのか、顔周りが少し赤かった。


「元気なのは、コイツだけだ。暑苦しくてしょうがないから明希にやるよ」

「いらねー……」

「俺を押し付け合うな」


 後、10分で次の授業が始まってしまうためすこし歩くペースをあげながら、教室に向かった。

 向かう途中で、仲良く話し込んでいる男女の二人組みがいて通り過ぎてから太田は溜息を吐き出した。


「良いよなー、彼女とかほしいな……」

「急になんだよ」

「晴は、さっきのカップル見えてなかったのかよ?俺だって学校でいちゃいちゃしてぇよ」


 太田のしょうもない嘆きを聞いて、明希は笑って流していた。


「いちゃいちゃって、さっきのはただ話しているだけじゃねぇの?」

「いやいや、明希は何言ってるんだよ。あれは付き合ってるだろ。距離近かったし」


 どういう基準なんだっとアホらしくて、ツッコむのも馬鹿らしかった。


「それだったら、俺と晴だって付き合ってることになるぜ?」

「は?」


 そう言って俺の肩に腕を回してくる、明希に俺は固まるしかなかった。俺は慌ててやめろっと引き剥がした。

 明希は俺の反応を見ておかしそうに笑っているだけだった。


「いや、お前等は男同士だろ、男と女であんな風にしてたらってことだよ」


 太田がそういうと明希はどこかつまらなさそうな顔をしていたのが印象的だった。





 蚊取り線香は半分くらいまで燃え尽きていた。

 残り半分しかない大きさに物足りなさを感じてしまう。


 きっと、明希はあの日の太田の言った言葉を気にしているんだろう。

 そうだよな、俺といつものように話していたらカップルっと間違えられるよな。

 男と女っていうだけで…

 なんてつまらない世界なんだ。

 あの時の明希の表情に納得してしまう。


「お待たせ、コレよろしく」


 明希は明日提出期限の課題のノートやプリントが入った紙袋を俺に渡してきた。


「……なぁ、俺は気にしないぞ」


 今まで、二人で出掛けていてどうせ端からみたらカップルだ。気をつけて話せば良いんだし、万が一囃し立てられたって否定しておけば良いだけだ。

 明希のことだから俺に気を使っているのかと思って言ってみた。


「お前が気にしなくてもだよ、それと昨日から少し体調も悪いしな」


 つまり明希は気にするってことだよな。

 そうだよな、俺と恋人同士に見られたくなんかないよな。俺達は親友なんだから。


 あぁ、まずい泣きそうだ。

 鍵をかけたはずの感情が開いてしまいそうだった。

 

「そうか、先生には上手く言っておく。明日早いしもう帰るな……」


 少し早口で喋りながら立ち上がり、乱暴に受け取った課題を持って玄関に向かった。

 様子のおかしい俺に気がついたのか、明希は呼び止めてきた。今の顔なんか見せたくなくて、顔を合わせずにいた。


「もう帰るのか?」

「美智子さんもうすぐ帰ってくるだろ……」

「なぁ、明日学校終わったら会おうぜ?」

「時間があればな」

「わかった。終わったらメールくれよ」


 おう、だなんて言えなくて何も言わずに家を出てしまった。

 明日、どんな顔して会えば良いんだ…

 気まずい雰囲気を出してしまった自分を殴りたくなってしまう。


 神社に行こう、それしか俺には出来ない。

 自然と自転車を走らせていた。


 早く、早く早く早く元に戻ってくれよ

 じゃないと、俺は……


「お前の親友じゃいられなくなるだろ」


 額から流れる汗が視界をぼやけさせた。

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