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明希の言う通り、気にしすぎなんだろうか。
満腹で満足そうに腹を撫でている姿はとても幸せそうだった。
カフェを出た後、行き場のない俺達は休憩用に用意されているソファーに腰掛けていた。
疲れた、何もしてないけど
「なぁ、この後どうする?」
時間は14時を過ぎたところだった。
帰るにしては、もったいない時間というよりこの時間にあの炎天下に出るのは自殺行為だよな。
「俺はここで寝たい」
「……その返答はどうかと思うぞ」
俺もそう思う。これが本当の女の子とのデートだったら、怒って帰られてるよな。
「まっいいや、俺新しいシャーペン見たかったからちょっと行ってくるわ」
「んー……」
明希はどこかへ行ってしまった。
一緒に行ってやるべきだったんだろうか……いやいや、いちいち買い物についてくる友達がいるかよ。
あははっとわざとらしく笑いを零していた。
「お兄ちゃん、ひどいと思う」
「え?」
急に隣から声がして、目線をそっちに向けると黒髪で腰まである長い髪の小学生ぐらいの女の子がジュースを飲んでいた。
この子が今話したのか?
女の子は、俺が目線を向けていることに気がつくとジュースを飲むのを止めて、何も知らない純粋な瞳を輝かせて俺を見つめてきた。
「お兄ちゃん、あのお姉ちゃんのカレシなんでしょ? どうして、いっしょに行ってあげなかったの?」
子供の癖に俺を軽蔑した目で見下してきた。
「彼氏って、俺達はそういう仲じゃ……」
そうか、今の俺達はカップルに見えるんだよな。
男と女が一緒にいたら付き合ってるように見えるよな、親友には見えないのか…
「じゃあ、お兄ちゃんとお姉ちゃんはなんなの?」
最近の小学生は、マセているんだな。
女の子だから特にこういうことに敏感なんだろう。
「親友、だよ」
「うそだー」
「嘘って……酷いな」
「だってお兄ちゃんあのお姉ちゃんのこと、だいすきでしょ? わたし分かるもん。ねぇどうして、うそつくの?」
どうしてって、そんなの分からねえよ。
だって、おかしいだろ男同士で付き合うとか…
中学二年の時に感じた胸の痛さがやってくる。
俺が答えないでいると、女の子は服の袖を引っ張ってきた。
「お兄ちゃんはお姉ちゃんのとなりにいたいんじゃないの?」
女の子のその質問は胸の痛さを増幅させる。
女の子がそう言うと、あっ、ママだっと言ってどこかへ行ってしまった。
最近の子供って残酷だよな。
あの子は俺の本心を見抜いているような気がした。
このまま明希が元に戻らなければ明希と問題なく付き合える。
そばにずっといてもおかしくない。
この気持ちから解放されて苦しまなくて良い。
そんなこと分かってる。分かってる。
神様も酷いよな、いっそのこと俺の記憶も変えてくれれば良かったのに、そしたらきっと堂々とお前のとなりにいれるのにな。
「おーい、すっげぇ顔してるぞ」
明希が買い物を終えて戻ってきた。
すげぇ顔ってどんな顔だよ、ほんと失礼なやつ。
「明希」
「ん?」
「元に戻るといいな」
俺がそう言うと、くしゃっとした笑みを見せてくれた。
「だから、心配しすぎだって」
「……そうだな」
明希、俺はお前を心配なんてしていないよ。俺はただ、自分に言い聞かせているだけなんだよ。
明希は男に戻るんだって。
「あっ、お前もじゃん」
急に明希は俺の腕を指差してきた。
指差した場所は、昨日の神社で蚊にくわれた場所だった。痒みは治ったけどまだポッコリと肌が浮かんでいた。
「俺もなんだよね、お揃いだな!」
見せてきたのは自分とは逆の腕についたくわれた後だった。明希は肌が白いせいか、俺のより目立っていて痒そうだった。
ホント、人の気も知らないで……
俺は鼻で笑ってしまった。
「ちゃんと、痒み止め濡れよ。お前すぐ掻いて酷くするんだから」
「痒いんだから仕方ないだろ。なぁ、それよりさ明日は何する?」
明希は、隣に座ってきた。
「明日こそは勉強だ。今日は出来なかったしな」
「言うと思った……けど、出校日あるならやらないとな」
そう言って、新しく買ったシャーペンを自慢してきた。けれどそんな話は耳には入ってこなくて、ただ明希との距離が近いことが気になってしまう。
治ったはずの痒みがぶり返している気がした。
その日の帰り、明希と別れた後に1人であの神社に行ってみた。昨日よりも少し多めの小銭を握りしめて同じようにお願いした。
「明希が元に戻りますように、明希が元に戻りますように、明希が……」
一体何度この言葉を繰り返したか分からないぐらいお願いをしておいた。きっとこれで明日には元通りだ。
いつもの明希がやってくるはず。
頼むよ、神様、仏様。
これ以上俺を悩ませないでくれ。
帰り道、外は真っ暗で1人だとどこか心細く感じてしまう。
昼間の暑さのせいで自分が少し汗臭くて、体がベトベトして気持ち悪いはずかのに、夜のひんやりとした空気を余計に感じられて嫌じゃなかった。
今日、楽しかったな。
一日を振り返ると、思い出し笑いをしてしまう。
明希が女になって、映画に行って、ご飯を食べて、別にいつもと変わらない明希との戯れだったのに、どこかこしょばゆくて、デートってこんな感じなんだろうな。もう味わえないと思うと少し寂しくも感じてしまう。
あの女の子との会話を思い出す。
"お兄ちゃんはお姉ちゃんのとなりにいたいんじゃないの?"
そうだよ。となりにいたいから、親友でいるんだ。
だから、この気持ちは胸の奥にしまいこんで、鍵をする。
買い物一緒に行ってやれば良かったな…
思い浮かぶのは、明希の笑顔だった。
「これで良かったんだよな?」
一体誰に向けての問いかけなのかも分からない。
どこか煮え切らない気持ちに苛ついてしまう。
次の日、明希は何一つ変わっていなかった。
女のまま俺のとなりを歩いていた。