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はるとあき  作者: 櫻井 総一
となり
6/22

6

 映画の内容なんて頭に入ってこなくて、ただ、ただ、隣で楽しそうに映画を観ている明希が気になって仕方がなかった。


「1000円で観れたと思うと得した気分だな」


 呑気に映画の感想を言う明希を、呆れた目で見つめるしかなかった。


「……なぁ、お前良いのか?」

「何が?」

「その女の姿になったこととか……」

「うーん……なっちゃったものはしょうがないし、変に考えても直るのかも分かんねぇし……そうこうしてる間に夏休みが終わったらもったいねーじゃん」


 完全に開き直ってる明希を見て、自分が馬鹿に思えてしまう。これでいいのか? いや、ダメだろ。


「あのな、明希!」

「ん?」


 原因は俺なんだ。

 そう言ってしまえば、直る方法が生まれるかもしれない。けれど、そのたった一言が言えない、嫌われたくない。そんな自分勝手な気持ちが優先されしまう。


「……は…」

「は?」

「腹、減らない……か? 」

「お、おー、そうだな……もうお昼過ぎてるしな。近くのショッピングセンターに、何かあるかもな」


 そう言って、明希はスマホで調べ始めた。

 俺の馬鹿、弱虫、クズ……なんか泣けてくる。


「おい、大丈夫か? 」


 明希は心配そうに顔を覗かせてくる。

 いつもより、背が低いせいか上目遣いになっていてへんに意識してしまう。


「……大丈夫、だ。どこか良いところあったか?」


 意識しないように、極力目を合わせないように会話する。


「……映画館と併設されてるショッピングセンターの1階にデザートが美味そうな、カフェがあるみたいだ」

「そうか……」


 確か、ショッピングセンターとは外を出なくても通路で繋がってたよな。その通路に行こうと歩き出した。


 正直、言うと腹なんて空いていない。食欲なんてあるわけない。

 ただ、明希の言う通りここで考え込んだところで、どうすることもできない。

 食事の席なら言える、かもしれない。

 多分無理だけどな!…とりあえず、今日あの神社に行ってみた方が良いよな。


「は、晴! ちょっと待てって……」

「あ? 」


 明希の呼ぶ声で歩くのを止めると、何故か明希は息を切らしていた。


「どうした? そんなに息を切らして……目当ての店はもうすぐだろ? 」


 俺がそう聞くと、息を整えながら答えてくれた。


「どうしたって……お前、歩くの早すぎ……俺、ここまで、ほとんど小走りだったんだぞ……」

「小走りって、な……」


 何でだよっと言葉を続けようとしたけど明希の細い足を見て答えはすぐに分かってしまった。

 そうか、歩幅も違うよな……

 俺の言葉を詰まらせたのを見て、明希は鼻で笑ってきた。


「分かったみたいだな。女の子と出掛けるのも大変だろ? 」

「……それ、どういう意味だよ」

「別に、セタバで話したことを思い出しただけだよ。あー、腹減った……早く行こうぜ」


 明希はそう言って先に歩き出してしまった。


 夏休み0日目でのやりとりを思い出す。

 きっと明希は何か大きな勘違いをしているんだろう。恐らく、俺が女子や他の奴とワイワイしたかったと思っている。それを今更、訂正する気にもなれなくて俺は小声で呟いた。


「そういう意味じゃねーよ、馬鹿」


 今度は明希のスピードに合わせて、隣を歩いた。




 店に着くなり明希は嬉しそうにメニューを開いて、目を輝かせていた。


「どうしよっかなー……おっ、パフェ付のランチとかあるじゃん! 晴はどうする? 」


 食欲なんてやってもこなくて、とりあえず注文しやすいランチセットメニューを見て1番安いものを指差した。


「Aセットなー……俺はせっかくだしこのレディースセットかな」


 ホント、コイツ楽しんでるな。

 呼び鈴を押して注文する明希を見つめる。

 改めて真正面で見たけど、女なんだよな……思わず大きく溜息を吐いてしまう。


「……幸せ逃げるぞ」


 幸せって、そんなの今朝早くどこか飛んで行っている。


「むしろこの状況で楽しんでいるお前が怖えーよ」

「これでも、驚いてるんだよ」

「どこからどう見ても楽しんでる様にしか見えねーよ……」

「お前は変に考えすぎなんだよ」


 考えすぎね……

 そもそも原因を作ったのは俺なんだから、考えないわけにもいかないんだけどな。


 注文したものを店員が持ってきて、明希は嬉しそうにいただきまーす! っと食べ始めた。


「……なぁ、服とかどうしたんだよ?」


 明希の服装は、Tシャツにハーフパンツ、男っぽいといえばぽいが、どう見ても女物だ。

 あまり思い出したくもないけど、胸を触った時のあの布の感触は下着だった。ソレをしっかりとつけてるってことだよな。


 明希は、口いっぱいに入れていた食べ物を一気に飲み込んで答えた。


「んー、それがさ寝間着はいつもと変わらなかったんだけど、女になったの気づいた後でタンスの中見たら、全部女物でさ、さすがにスカート着る勇気はなかったから、とりあえず着やすそうなの選んだ」


 随分、都合のいい話だな。けど、人の記憶も変えてしまうぐらいなんだから、それぐらいあってもおかしくはないか。


「成る程な……けどさ、お前良く分かったな。着方とか……」

「……別に、これだったら今までと変わらないだろ」


 そう言って、着ているシャツを少し引っ張った


「いや、その……下着、とか……」

「あー、ブラジャーのことか?」


 明希が何気なく言う単語に、なんとなくだけど周りの客が反応した気がした。


「馬鹿! 声でけーよ…… 場所考えろ」


 俺の慌てようを見て、明希はしまったと言う顔をして、口に手をあてて周りを少し見て苦笑を浮かべ、先程より少し小さめの声で喋り始めた。


「……その質問してきた奴が言う台詞かよ」

「……ごめん」

「……美智子さんのつけるところとか見たことあったしな。なんとなくでしかやってねーよ」

「へー……」


 母親の下着をつける姿なんて見たことねーけど、あの母親だしな息子の前でやりかねん。

 俺の前でも一回着替えようとしてきた人だし……

 俺は、すっかりぬるくなった料理に手をつけた。


 あっ、そういえば


「お前、出校日どうすんの? 」

「出校日?」

「おいおい、8月1日に学校行くんだぞ」

「あー……それまでには、戻ってるんじゃね?……すいませーん」


 明希はいつのまにか、食事を済ませてしまって店員食後のデザートを頼んでいた。

 店員がテーブルを離れたのを確認して話を続けた。


「もし戻ってなかったら?」


 明希はナフキンで口を拭きながら、うーんっと考え込んで数秒出した答えは


「その時、考える」

「お前な……」

「大丈夫だって、晴ちゃんは心配症だなー」


 呑気に笑って流す明希だった。

 ちゃんはお前だろ。

 ダメだ、考えすぎて溜息が止まらねー

 俺、今日で何回したんだ?

 また溜息を吐き終わったと同時に、明希のデザートがやってきた。


「なんとかなるって」


 明希は、まるで全て知っているかのような口調で言い切ってデザートを頬張った。

 お前は原因を知らないからそう言えるんだよ。


 食べ進んでいない料理を一気にかきこんだ。

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