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神様なんているわけない。
いつか明希に言ったこともあった。けれど、神がかりなことが今、現実で起きているとしたら神様はいるとしか説明がつかない。
じゃないと、目の前の女の子が明希だと信じられないからだ。
止めた息を、思い出したかのように少し吸い込み心を落ち着かせて、やっと言葉を返すことができた。
「本当に、明希……なのか? 」
実は明希には姉か妹がいて、俺をいたずらに驚かせてやろうとしているだけじゃないのか……
俺がそう言うと、女の子は怒った顔をしてきた。
「こんな冗談言うかよ! 俺は、畑中 明希でお前の幼馴染で親友だ。ついでに言うと、今日はお前と図書館で勉強する約束だっただろ? 」
確かに、少し高くなった声だけど口調は明希そっくりだ。
けれど、昨日まで男だったのにたった一晩で変わるものなのか?
「……とにかく、上がって話そう。」
暑さのさいなのか、喉が渇いてしょうがなくて玄関からリビングに移動させた。
「あっつー、晴、お茶くれー」
リビングに着くなり明希は、着ていたパーカーを脱いで半袖Tシャツとハーフパンツ姿になってしまった。
胸元に目をやると、かすかに膨らみがあって目のやり場に困ってしまう。
言われるがままにお茶を用意して、床で寝転んでいる明希に差し出した。
明希は上体を起こし、一気にグラスのお茶を飲み干した。
「ぶっはぁ…さすがにこの暑さであの上着は死ぬかと思ったぜ。」
見た目はまぁまぁ可愛い女の子なのに、言動があきらかに男らしい。本当に明希は女になったのか?これがただの女装なんじゃないのか……確かめないと。
明希と同じように床に座り、明希の胸元に触れてみた。微かに膨らんだその塊を揉んでみると微かな布の感触と肉の柔らかさを感じた。これが女の子の胸なのか?
「おーい、晴さんや」
その声で我に返って、触っていた胸を離して明希を見ると軽蔑した目でこちらを見ていた。
「いや! 違う! こ、これは! 」
「……気持ちは分かるけどさ、それ俺以外にやったら今頃平手打ちどころじゃねーよ? 」
「ごめん……」
俺、何やってるんだよ。
いくら確かめるっていっても、いきなり胸を触るとか……
まだ手のひらには、あの感触が残っていた。
「で? 信じてくれたよな。俺が明希だって」
「まぁ、これが他人だったら俺は今頃生きていないしな。朝起きたらそうなってたのか? 女に……」
「おう、最初起きた時にいつもより胸の辺りに違和感があるし、股が寂しいなーって思ってたんだけど鏡で自分の顔を見たら驚いたぜ。中々の美少女が目の前にいたんだからな」
コイツ、自分で美少女って言うのか……
呆れて溜息を吐いた後で? っと話を続けさせた。
「それで、美智子さんが丁度いたから……女になってんだけど! って言ったら美智子さんさ……」
" 何、朝から寝ぼけてんの? アンタを男に産んだ覚えはないわよ。後、その汚い口調早く直しなさい "
「……って、言うんだよ。もしかして俺女の子だったのかな? 」
今朝の自分の母親との会話を思い出して、あの時の明希ちゃんは男の明希に対して言ったんじゃなくて、女の明希を言っていたのか。
「俺の母さんもお前を女だと思ってると、思う」
「晴は俺を男だって知ってるよな!」
明希は俺に抱きついてきた。
先程の感触が全身に伝わってくる、やばい思春期の俺には刺激が強すぎる。
「分かってるわ! 分かってるから、だから……抱きついてくるな!」
明希の肩を掴み、無理矢理自分から離した。掴んだ肩は細くて今にも折れてしまいそうで壊さないようにゆっくりその手を緩めた。
「……もしかしたら、俺とお前以外は明希を男だと知らないなのかもしれないな」
「まぁ、そうなるよな……」
.俺が結論を伝えると、明希は少し落ち込んでいた。
こうなったのも全部俺があんな変なお願いをしたせいだ。またあの神社で願えば戻るのか?
明希に言うべきなのか?
いや、そんなことしたらどうしてそんな願いをしたのか? って話になって……きっと、明希から拒絶される。
そもそも、本当にあの願いが原因なのか?
いや、でも……
一体、どうすればいいのか分からなくて頭を抱える。明希は自分のスマホを動かして気を紛らわしていた。
……もうこれは俺だけの問題じゃないんだ。何よりも明希のことを考えてやらないと。
言おう。原因がもし違っても元に戻る可能性があるのなら…
「あ、明希……実は……」
「やっべ、もうこんな時間じゃん! おい、晴」
明希は、スマホをしまって急に立ち上がった。
「あ?」
「時間がない、急げ」
明希に言われるがまま、財布と携帯を持って家を飛び出した。
時間がないって、もしかして元に戻る方法が何かあるのか?
自転車を漕ぎながら、前を走る明希に声をかける。
「おい、明希! どこ行くんだよ!」
かなりのスピードで自転車を走らせているせいで、汗が一気に流れてくる。
明希も無理しているせいか、表情が辛そうだった。
「うるさい、とにかく後20分しか時間がねぇんだよ! 」
後20分? どうすることも出来なくて、ただ、ただ、明希について行くしかなかった。
「では、本日カップル料金でお一人様1000円となります」
着いた先は、映画館だった。
まだ暑さと疲れでほだされているせいで、思考が追いつかなくて店員に言われるがままお金を払った。
「いやー、間に合った間に合った……」
明希は携帯で時間を確認して、手で扇いでいた。
「おい、どういうことだよ……」
「ん? あっ、ジュースでも買うか?」
売店売店っと、行こうとする明希の腕を掴んだ。
「そうじゃなくて! お前良いのかよ! 」
しまった、強く言いすぎたか……
握った腕は細くて、思わず力を緩めてしまった。
「今日さ……」
「明希?」
「今日、男女のカップルで行くと1人1000円で映画観れるんだぜ!? こうなったら行くしかないだろ! 」
通常の料金だと1800円、学生割引で1500円
確かに、普段より安くてお得だが……そういう問題なのか?
「あっ、ほらみんな中入ってるぞ。」
掴んでいた腕は、逆に掴まれてしまい明希のずっと観たいっと言っていた映画を観ることになってしまった。