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俺は、明希が好きだけど、時々コイツが嫌いになる時がある。
「……彼女って、俺達そんなのいないだろ、誘いたい女子でもいるのか?」
無神経な質問に眉間が険しくなるのをこらえる。
落ち着け、明希は悪くない。
ただ俺がコイツを好きすぎるのが原因だ。
「別にそういうわけじゃねぇけど……」
「……彼女はいない、別に仲の良い女子もいない。それとも太田達を誘いたいのか? ってここに来て男なはないか」
太田達とはクラスの男子達のことで、時々話す程度の仲だ。
「そうじゃない、俺は別に誘いたいやつなんていないけど、いるだろ、お前には……」
俺がそう言うと、目を丸くさせて鼻で笑ってきた。
「……女子達が話してるのでも聞いたのか?」
「先週、掃除当番だったから、聞こえてきただけだ」
「なんだよ、見たんだったら茶化してくれれば良かったのに」
「しねぇよ」
出来るわけないだろ。
先週、放課後の掃除中にゴミ捨てを頼まれて、行ったらその途中で女子の声が聞こえてきた。普段あまり人がいない場所だったから珍しいなっと思ってなんとなく気になって覗いてみたら、そこには明希とクラスメイトの女子がいた。
人通りのない場所で男女が二人っきりなんてお決まりで、話している内容が簡単に想像出来た。
「田畑君と付き合いたいの!」
想像通りの告白現場に居合わせてしまったことを酷く後悔する。誰かの告白現場という時点で気まずさはあるのに、しかもそれが親友でしかも片想いの相手への告白……罰ゲームを受けているみたいな気分だ。
明希は、昔からモテていた。高校生になってそれに拍車がかかった。誰にでも優しいしモテるのも理解出来る。今さらこんなものを見ても悲しくなることもない。というよりも、俺は彼女達みたいに気持ちを告げることなんて一生出来やしないから、逆に応援したくなってしまう。
「ありがとう、けど、ごめん。俺、そういうのに興味ないから……」
明希がそう言うと女子は、分かった、ごめんねっと言ってその場を後にした。
明希が告白を断るのは今に始まった話じゃない。
中学二年生のあの日もそうだった。
" ごめん、俺……好きな人がいるから "
初めて明希の告白現場に居合わせてしまって、この言葉を聞いた時、悲しくて、切なくてそして、明希が好きなんだと自覚してしまった。
あの日の夜の胸の痛さを今も忘れられないでいる。
断りの台詞は変わったけど、俺には分かってしまう。明希はまだその"好きな人"を想っていることを。
気付いたら、空は夕焼けに変わっていた。
「……見てたなら俺がフッたのも知ってるだろ。いねぇよ、一緒に過ごしたい女子なんて……そりゃあ、太田達とか誘って大勢で遊ぶのも悪くねぇけど、この夏休みはお前と過ごしたいなって思っただけだよ。だからさ、付き合えよ」
そう言いながら、くしゃっと笑う笑顔にどうでも良くなってしまい、大きく溜息を吐く。
こういうところが大嫌いなのに、何故か心から嫌いになれない。ホント、ズルいよ明希は……
「……特に予定もないし、しょうがないから付き合ってやるよ」
「っしゃ、じゃあまずは明日は何する?」
計画ノートを俺の顔面に押し付けてきた。俺はそれをぐいっと押し返す。
「止めろ、まずは課題からだ。明日は図書館で勉強するぞ」
「はぁーっ!? お前ばっかじゃねぇの! 夏休み第1日目に図書館で課題をする馬鹿がどこにいるんだよ?」
「だから課題終わらせないと遊べないだろ。ほら、もう帰るぞ」
そう言って、ペンケースを鞄にしまった。
それを見て、明希も慌ててノートとペンケースを鞄に押し込んでいた。
空の容器を捨てて、外に出ると昼間の暑さよりはだいぶマシになっていた。
「おい、晴! まだ話は!」
後から慌ててやってきた明希は、押し込み切れていない半分チャックが開いている鞄を肩にかけていた。
「だから、計画的に持って帰れって言っただろ」
「あ? ってそんなことより、なぁー勉強は止めようぜ」
「駄目だ、明日は勉強だ。じゃなかったらその計画は一人でやれ」
荷物を自転車のカゴに放り投げて、鍵を開けてスタンドを上げて、明希の方に顔をやると不服そうな顔でこちらを見ていた。
「ケチるとハゲるぞ」
「じゃあ課題もソレも一人でやるんだな」
「あーっ! もう分かったよ! ごめんって、明日は図書館で勉強な」
「お前が折れるなんて珍しいな……」
明日は雨でも降りそうだな。
明希の自転車の用意が出来るのを待ちながら、夕焼け空を見つめた。
「しょうがないから1日目はお前には譲ってやるよ。けど0日目は譲らないからな。」
「0日目? あー、このセタバに来たことか?」
ガシャンと明希の自転車のスタンドを上げた音で俺はサドルに座り、ペダルを回そうとした。
「それもあるけど、メインは今からだぞ」
「メイン?」
「この夏休みが楽しくなるように、まずは願掛けに行くぞ」
そう言って、明希は勢いよくペダルを回した。
急に進み出して、俺も慌てて漕ぎ始めた。
「どこ行くんだよ?」
「虎橋神社だよ」
願掛け、ね。
次から次へと良く思いつくもんだと感心しながら、ただ明希の後をついて行くしかなかった。
「ここに来るのも久しぶりだな」
「祭りの時ぐらいしか来ないしな」
神社に着いて、俺達は適当なところに自転車を停めた。明希はまた俺の半歩先を歩いて目的地まで案内してくれる。
「祭りも高校になってからは来てないしな……最後に来たのは中学一年生か?」
「多分」
そういえば、最後にここに来たのもコイツと一緒だったか。まだあの頃はこの気持ちに気づいていなかったな……思えばあの頃が、幸せだったのかもしれない。
「それで、なんでここで願掛けなんだよ?」
「昨日、美智子さんから聞いたんだけど、この神社はどんな願いも叶えてくれるらしいぜ」
美智子さんは明希の母親のことだ。何故か明希のお母さんは、名前を呼びを強要してくる。おかげで俺も幼い頃から美智子さん呼びだ。
「へー」
どんな願いでもか……
そんな効力がある神社には見えないけど、きっと適当に誰かが言ったのが噂になっただけだろうな。
「ただの迷信だとは思うんだけどさ、まぁこの夏休みが楽しくなるぐらいは叶うんじゃないかって思ってさ」
着いた先は、古けた賽銭箱と小さな祭壇があった。
祭壇だけは、定期的に誰かが手入れしているのか少しだけ綺麗だった。
明希は財布から小銭を取り出していて、俺も同じように小銭を取り出した。
「せーの!」
明希の掛け声で、同時に小銭を賽銭箱めがけて投げ入れた。チャリンチャリンと音を鳴らして小銭は消えていった。
パンパンッと二回拍手をして目を閉じた。
何でも願いが叶うって言ってたよな。
もし本当に叶うなら………
" 明希が女になって、そして俺と付き合ってくれますように "
なんてな、そんなしょうもない願いをふと浮かべてしまって、何やってるんだかと改めて最後の夏休みのことと、ついでに受験のことも願っておいた。
一通り終えて、一礼して目を開けて隣の明希を見るとまだ熱心に何かお願いをしていた。
明希が女になるって、そんな都合の良いことあるはずないのにな。
この時は、そんなことを思った自分を鼻で笑った。