21
夏の終わりの夜はどうしてこんなにも物足りなく感じてしまうのだろうか。
あんなに遊んで、今まで生きていきた中で刺激的な夏休みとなっているはずなのに……
それでも足りなくて、心に空いている穴を埋めるようにぬるい空気を鼻から吸う。
明希の柔らかそうな髪から匂ってくる甘い香りが男のいけないところを変に刺激してくる。油断すると、この匂いに釣られてしまいそうになる。
「それが、お前の……明希の本心なのか?」
俺がそう聞くと、明希は鼻をズッとすすって流れ出る涙を顔になぶった。
「冗談でこんなこと言うかよ……」
そうだな、冗談にしては笑えない。
無理に笑顔を見せる明希を見ないように目を反らす。
「なら、何で泣くんだよ?」
「……」
こんな茶番はもうこりごりだ。
何か言い返したそうな明希を無視して言葉を続けた。
「何でそんな顔をするんだよ。明希が本心から女になりたいならそんな辛そうな態度するんだよ!! 勝手に怒って、勝手に諦めて 大人にでもなったつもりかよ?」
「っ……俺が良いって言ってるんだから放っておけよ!」
「それが気に食わないんだよ! これはお前と俺の問題だろ!!」
「晴は何も分かってないんだよ!!!」
明希は力一杯俺を押してきて、咄嗟のことに俺はよろけてしまいその場に座り込んでしまった。
明希を下から見上げる形になってしまっていた。
明希は、興奮しているのか肩を上下させながら深呼吸して、落ち着いてきた頃に言葉を振り絞った。
「勝手なことばっか言うなよ……」
力を使い果たしたのか、明希もその場にへたり込んでしまった。
明希の気持ちなんて分かるわけがない、明希が何に怒っているのか何を伝えようとしているのか見当もつかない。
つくわけない。いくら幼馴染でも、親友でも、好きな人でも聞かないと、そして俺も言わないと……
「俺さ、明希を好きだって気づいたのが中学三年生の時なんだ」
「……」
「男が男を好きになるなんておかしいって……最近まで思ってて。それで明希が女だったら良かったのにって……そんな幼稚な考えであの日願ったんだ」
「なら!」
「もちろん、女の明希と過ごせて楽しかった。彼女が出来たみたいに幸せだった。このまま元に戻らなければって考えた時もあった。あったよ……親友なのに最低だよな」
明希は左右に首を振ってくれた。
「ありがとな……もっと最低なこと言うけどさ、俺、さっき、明希の家に行く前に、気づいたんだよ。俺が好きなのは……男の明希なんだって」
「そんなの……」
「女の時にキスしようとしてて何言ってるんだって話だよな……」
こんなことどうして今まで気づいてやれなかったんだろうか。
もっと早く気がついてやれば、明希をこんなにも泣かせずに済んだかもしれないのに……
「それを信じろって言うのか?」
ごめんな、こんな酷い男で、ズルい人間で……
不安そうに俺を見つめる明希に深く頷いた。
「明希が女のままでいたいならそれで良い。けど……俺は好きにはならない。今の明希を好きにはなれねぇよ……明希はそれで良いのか?」
俺の問いにすぐに答えはくれなかったけど、答えなんて言わなくても明希の表情を見たら分かってしまう。
「晴は、ズルいよ……」
「うん……ごめんな」
俯いてしまう明希の頭を撫でると「女扱いはやめろ」っと手を払いのけてきた。
また大きく鼻水を吸って、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
「今まで誰にも言わなかった……言えなかった秘密を言うからな」
「うん」
「自覚したのは、中学一年生の頃なんだけど……俺の恋愛対象は男なんだよ」
「うん……」
「女から告白されても嬉しくなくて、気づいたら男ばかり目で追っていた。自分を女だって思っているわけじゃないんだ。けど、いつも気になるのは男だった……」
明希の気持ちと俺の気持ちは、一緒のようで違うんだと理解する。
毎日ヘラヘラと笑う裏でこんなにも大きな悩みがあったなんて知りもしなかった。
「中学一年の冬の時期、男の先輩に告白されたんだ」
「は?」
間抜けな返答に、明希はクスッと笑うだけだった。
おいおい、誰だよ先輩って……
「こういうのって同じ人間同士分かるんだよ。先輩カッコよかったし好みだったから試しに付き合っても良いかもって思ったんだ……」
もしかして、俺の知らないところで付き合ってたとか言うのか?
そういえば、バスケ部の田中先輩と仲が良かったような……
「けど、無理だった」
「へ?」
また間の抜けた返事をすると、明希は笑って「焦りすぎ、カッコわる……」っと茶化してきた。
言い返す言葉もなくて強がって「で?」っと、話を続けさせることしか出来なかった。
そんな俺をクスクス笑う明希を見て苦笑するしか出来なかった。
「告白された時、晴の顔がチラついて仕方なかった。いつも一緒にいたから気がつかなかったけど、俺、晴のことが好きなんだなって……気がついた時さ、すっげー悲しかった。この想いは無駄なんだって……きっとこんなこと晴に言っても困らせるだけだって、もう辛くてさ関わり合いたくもなかった」
「それであの日俺を拒否したのか……」
明希は苦笑しながら深く頷いた。
「あの日以上に悩んだ日はなかったぜ……悩んで、悩んで悩んで……泣いて……結局出た答えは、諦めだった。もういい! じーちゃんになっても一人でいてやろーって。孤独死してやろうって……一生晴に片想いしてやろうって……」
高校生になった今でも明希のように諦めることなんて出来ずにいられなくてぐちぐち悩んでいる俺はみっともなくて、大人の顔をする明希を直視なんて出来ない。
「気づいてやれなくてごめん」
「俺、こういう演技は得意なんだぜ? けど……限界だった」
治ったはずの涙がまた溢れそうになっているのか、また鼻をずっと大きくすする。
「晴への気持ちは年を重ねていくごとに増してった。好きで好きで好きすぎて……もっと一緒にいたい。ずっと手を繋いでいたい。セックスしたい。結婚したい。そんな欲望がぐるぐる体の中にあるんだ。けど、風呂に入る度に男の身体を見て、無理なんだって思い知らされる。」
「辛かった、よな」
「そうだな……だから、諦めようって思った。高校生最後の夏休みで晴を独り占めして、それで、この気持ちは無くそうって心に決めたんだ」
夏休み最初のしつこく誘ってきた明希を思い出す。
付き合ってやると、言った時の嬉しそうな表情を思い出すと胸が締め付けられる。
「そんな時に美智子さんからこの神社のことを聞いたんだ。願いがなんでも叶うって……別に心から信じていたわけじゃないぜ? それでも、もし、本当に願いが叶うならって……まさか、晴も一緒の願いしていたなんて考えもつかなかったけどな」
「俺もだよ」
あの日、どんな思いであの神社に明希は行ったんだろうか。
どうせ叶いっこないという気持ちでけれど小さな期待をして……
想像するだけで泣けてしまうのに、あの日の明希は笑っていた。
「女になった時はマジで驚いたぜ……これで晴とどこに行っても恋人に見られるって、満足したらまた願えば元に戻れるって思い込んでた」
「一人でここに来たりしたのか?」
「晴もしただろ?」
罰が悪そうな顔をしながら頷いた。
「……自分のしでかしたことだから元に戻らなくてもしょうがないって諦めてた。前向きに考えてこの際だし、根っこから女になって晴に惚れてもらえば良いんじゃないかって……そしたらさ、晴がだんだんと女の俺を受け入れ始めたのが分かってきたんだよ。最初は嬉しかった、けどだんだんと嬉しいはずなのに……寂しかった。花火の時キスをされようがどうでも良かったんだ……結局されたところで晴は女の俺を好きになったんだって、男の俺なんて興味ないんだって……分かっていたことなのに怒れてきた。晴にも自分にも……」
「キス、してほしかったか?」
俺の質問に明希は首を小さく左右に振った。
「晴もここで同じ願いをしたって聞いた時、やっぱり男の俺なんて受け入れてくれないんだって、そう思った……」
「それは違うからな?」
「わかってるって……」
呆れた顔で俺の言葉を遮ってくる明希だった。
もう伝えたいことを伝えずにはいられなくて、更にバカにされてしまうかもしれない。それでも俺の気持ちは止まらずに、明希の右手を握った。
「手、冷た……」
「俺、明希の気持ちなんて考えてもなかった。男が好きだなんて気づきもしなかった。俺は男が好きなのか? って聞かれたら正直男が好きとか、女が好きとか分かんねぇ……」
「うん」
「けどな中学二年の時、お前が女子から告白してるのを聞いて、明希に好きにな人がいるって聞いてから……俺は、辛くて、明希への気持ちを殺してきたんだ」
「……てっきり、あの女子が好きだったのかと思ってた」
とんでもない勘違いをされていたんだな……
わざとらしく溜息を吐いてしまう。
「確かにこのまま行けば幸せなれるかもしれねぇけど……けどな、俺はあの日好きだって思ったのは男の明希だったから……だから、男に戻ってほしいんだ」
言っていることが無茶苦茶なのは理解してる。なんて言えばいいのか言葉が思いつかなくて、分かってほしくて言うしかないんだ。
好きだと気づいたあの時を無くしたくないんだって。
自分の手の温度が上昇するのを感じる。明希は俺の手をようやく握り返しくれた。
「……後悔しねぇの?」
「するだろうな。大人になった俺達は……けど、明希が心から幸せになれないだろ? それに……」
「それに?」
「実は、女の明希ってあんまり好みじゃないんだ」
俺がそう言うと、クッと笑みを零して涙を流しながら笑ってくれた。
「なんだよ、それ」
俺も泣きながら笑っていた。
携帯で時間を確認すると、0時になる15分前だった。ギリギリセーフってところか。
何も持ってきていない明希の分の賽銭を渡して賽銭箱に投げ入れて、お互い顔を合わせた。
「もし、願っても元に戻らなかったらどうする?」
「大丈夫、ここの神様結構いいやつだからさ」
「なんだよそれ……神様なんて信じなかっただろ?」
「ここの神様だけは別なんだよ。ほら、せーの!」
二人の二拍手の音はよく響く。
目を閉じて何度もお願いしたあの願いを込めた。
” 明希が男に戻りますように ”
何度も何度も心の中で繰り返して、10回ぐらい言った後にゆっくりと目を開けてみた。
辺りは真っ暗でどこか違和感を感じる。隣を見ても明希はいなかった。
「明希?」
「大好きな彼じゃなくてごめんなさいね」
突然現れ神様は、暗闇の中で唯一光を放って小生意気な表情を俺に向けていた。
俺は、鼻で笑い飛ばした。
「いや? 御礼言いたかったからさ丁度良かったよ」
「御礼?」
「分かりにくいヒント、ありがとな」
「神様にそんな態度とるのはアンタぐらいよ……言っておくけどまた叶えて貰えるだなんて思わないでよ?」
「分かってるよ、一人一回っていうのがこういうのお約束だからな。期待してねぇよ……」
「そうじゃないけど……もうそんな力がないのよ」
「え?」
神様の光はどんどん弱くなっていて、半透明になっていた。
「おい!」
「本当は、あなた達の願いを叶えたら消えるはずだったのに、どういうわけかちょうどあなた達が元に戻る分だけの力が残ったのよ。形に表すと小さな女の子の分だけね……本当は素敵な大人の女性なんだからね」
「……消えるのか?」
「人の願いを叶え終えたら、私は人間になれるのよ」
「人間になりかったのか?」
「ある人との約束なの」
神様は嬉しそうな表情をしていた。
本当は聞きたいことがたくさんあって、どうして俺達の願いを叶えたのか、どうして俺の前に現れたのか足元から消えているのを見て、そんな時間がないことを悟ってしまう。
「せいぜい、今日のことを何度も後悔しながら生きなさい」
最後まで憎たらしい別れ台詞を言うのは彼女らしくて苦笑してしまう。下半身が消えてもうすぐ胸の辺りも消えそうなるのを見て俺はどうしても聞きたいことを慌てて口にした、
「名前! 名前とかあるのか?……」
神様はキョトンとした顔をして、鼻で笑ってきた。
「……このタイミングでそんなこと聞くなんて、ホンット馬鹿ね。……神様に名前なんてあるわけないでしょ? それに消えちゃうのに知ったところでどうするの?」
「そう、だよな……」
神様の言う通りだ。何を聞いているんだか……
彼女はもう首だけしかなくて、黙って見つめるしかなかった。
「向日葵」
「え?」
「約束してる人がね、私をそう呼んでくれたの」
「……ひま、わり」
「さようなら、晴」
神様、向日葵は消えてしまい暗闇だけが残っていた。
「生まれ変わって幸せになれよ」
きっとこれを神様に言えばいつものように偉そうな表情をしてこう言うだろう
「当たり前でしょ」
さようなら、そしてありがとう。
ゆっくり目を開けて隣を見ると、さっきまでいた女の子はいなくなっていて愛しい男の姿の明希が照れくさそうにこちらを見つめていた。
「明希?」
「ただいま、晴」
懐かしい声を聞いて、いてもたってもいられなくて思わず抱きしめてしまった。
もちろん独特の柔らかい感触はなくて、骨ばった細い体で抱きごごちなんて良くなかった。
それでも離したくなんて、強く抱きしめていた。
「おかえり」
そして、時間は0時を迎えて9月1日になっていた。
微かな虫の声と微かな夏の香りとしょっぱい味を残して、俺達の夏休みは終わってしまった。




