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明希を好きだと認めてしまったのは、中学二年生の時だった。その日から俺は甘い物が苦手になってしまった。
明希に対する想いが甘すぎて、胸焼けしてしまうからだ。
セタバの自動扉が開かれると、冷気が足元から伝ってきた、それがあっという間に全身を包み込み、暑さに対する緊張感が溶けていった。
「はぁー、生き返るわ」
明希は胸元のシャツをバタつかせて、冷気を取り込んでいた。
チラリと見える胸元を俺は直視出来なかった。
「あっ、あれあれ。新作のフラッペ!」
明希の目線は頭上のメニュー表だった。そこには手書きで新作の宣伝と絵が描いてあった。
青色を基調としたその商品は、きっと今の季節だからこそ売れるのだろう。他の季節じゃ食欲が湧くような色をしていない。
注文レジに並んでいると、明希は早く食べたいっと楽しそうに呟いていた。
「少しは落ち着けよ」
「今日はこのためだけに学校を頑張ったんだから、落ち着けねぇよ」
もっと頑張るべきところがあると思うぞという言葉は、店員のお次の方どうぞという呼び声で、飲み込んでしまった。
「この新作のソーダクリームフラッペ1つお願いします」
「はい、ソーダクリームフラッペですね、サイズはいかがいたしましょう?」
S.M.Lのサイズ展開で、いつも明希はここで1番大きいLサイズを頼むのが決まりだ。
「え、あっ、っと……Mで!」
あきらかにLサイズを頼もうとして、あえてMサイズに変えた明希の様子がどこかおかしい。
どこかいつもと違う違和感に店員は気にせず、かしこまりましたっと次に俺の注文は聞こうとこちらに目線を向けてきた。
「おい、晴は?」
「あ、カフェモカアイス、甘さ控えめで……」
「はい、カフェモカアイスの甘さ控えめで、サイズはいかがしましょう?」
「Mで……」
それぞれの会計が終わり、次は商品が出来上がってくるのを渡し口付近で待っていた。
俺はすぐにさっきの不可解な言動について追求した。
「腹でも痛いのか?」
「痛くねぇけど、何で?」
「最初、Lサイズを頼もうとしただろ」
俺がそう言うと、明希はにんまりと笑みを浮かべる。
「まぁ、それは食べながら話してやるよ」
大方夏休みを楽しく過ごす方法を考えるのに少しでも節約するためみたいなことだろうな。
俺はあまり期待せずに、フラッペや飲み物に必要なスプーンやストローを用意した。
「席、とっておくぞ」
「おう!」
明希の好きな窓際の席に荷物を置くと、来たぜーっと絵の通りのフラッペと俺のカフェモカを持った明希がやってきた。
明希は決まっていつも日が当たる方で、俺は日陰になる場所。フラッペは日に当たって、キラキラと輝いていた。
「美味い!」
「良かったな」
「ん 」
スプーンでソーダのゼリーとアイスをすくったものを俺に差し出してきたけど、俺は首を横に振り自分のカフェモカを口にした。
「美味いのに……」
そんなのお前を見てれば分かるよ。
嬉しそうに頬張る明希を見て、ついつい口元が緩みそうになる。
「甘いのは苦手だ」
「って言いつつも、カフェモカは飲むんだよな」
「甘さ控えめにすれば、飲めなくはない」
「意味わかんね」
このカフェモカは、明希に薦められて飲むようになった。
初めて明希と一緒にこの店に来た時に、注文してくれた商品だった。
「アイスコーヒーだとツマラねぇし、甘さ控えめにしてもらったからさ、これだったらお前も飲めるって!」
まるで押し売りのように薦められて、一口飲んでもやっぱり甘くて、正直好きではなかった。
けれど、明希の感想を求める顔を見たら美味いよっと答えることしか出来なくて、それから、このカフェモカは俺がここに来た時のお決まりのドリンクとなってしまった。
一口口に入れると、チョコレートの甘さが広がってすぐにコーヒーの苦さもやってきて文字通りのほろ苦さで、まるで俺達の関係のようで、それを噛み締めるように俺はこれを飲んでしまう。
「で、何でだと思う?」
フラッペを半分食べ終えたところで明希はノートとペンを鞄から取り出した。
またパンパンの鞄に押し込むのを想像すると、苦笑しかできない。
「……ソレをMサイズにした理由か?」
「そう」
「夏休みを楽しく過ごす方法でも考えたのか?」
「さすが、俺の親友! で、どうするよ?」
親友ね……
納得のいかない言葉だけど、今の二人にはお似合いの言葉だな。
「どうするって、受験生なんだから勉強だろ」
「お前はすぐそうやって現実的なことばっか言う。良いか、晴! 明日から俺達は生涯味わうことが出来ない、高校生活最後の夏休みなんだぞ。これを遊ばないでいつ遊ぶんだよ。それにそのために今俺は、Lサイズを我慢したんだ」
たった100円ケチっただけで何を言ってるんだ。
フラッペのスプーンで俺の方に向けてくる姿はどこからどう見てもカッコ悪い。
「別に大学に行ったら夏休みがあるだろ。」
そう言うと、明希はわざとらしく溜息を吐き捨てて首を左右に振った。
「馬鹿だな、高校生最後の夏休みっていうのが重要なんだよ。分かるか?」
「分からん」
「とにかく、今年はやりたいこと出来る限り全部やるぞ。まず、海だろ、花火に、水族館、プール、後祭りは絶対だな。川遊びとかにも行きたいし……」
ブツブツと楽しそうなことを言い始めて、ノートに書き足していく。
俺もペンケースを鞄から取り出して、ノートに図書館で勉強と書き足した。
「おい、つまらないこと書き足すなよ」
俺の書いた文字を塗りつぶそうとする。
「夏休みっていったらコレだろ。課題が終わらなきゃ遊べないしな」
山のように配られた課題を思い出したのか、しぶしぶ黒く塗りつすのを止めた。
「まぁ、このぐらいかな」
明希の書き終わったノートの内容を見せてもらった。
行きたい場所とかやりたいこととか書いてあって、その中には蚊取り線香に火をつけるとか、頭から水道水をかぶるとか意味の分からないものまであった。
「半分くらいのものは既にやってないか?」
「夏休みにやるから意味があるんだよ」
ノートを返すと、明希はまだ書き足したいのか考え込んでいた。
「なぁ、それ……明希一人でやるんだよな?」
「晴も一緒にやるんだよ」
「男二人で、海とか水族館に行けって言うのか?」
「何だよ、嫌なのか?」
嫌っていうか、俺からしてみれば嫌じゃないけど……いや、そういうことじゃない。
……どうしてこういう台詞を俺に言わせるんだ。
「そういうのは、彼女とか女子と行くもんだろ。」
そう吐き捨てて、残っているカフェモカを飲み干した。
微かなコーヒーの苦さももう感じない。
甘すぎて胸焼けがする。