15
喉が渇いてしまうのは、暑さのせいなんかじゃなくて体中から出てしまっている汗のせいで脱水症状を起こしているからなんだと脳に伝える。
いっそのこと、ここで倒れてしまえればなんて都合の良い展開を望んでしまう。
「……え?」
情けないけど、やっと出てきた言葉は一言で意味もなく聞き返してしまう。
「え? じゃなくてさ、中二の時俺を避けたろ?」
「何言ってるんだよ、暑さでやられたのか? そろそろ帰るか……」
話題を変えたい、その一心で話を逸らそうとするけれど、明希はそれを許してはくれなかった。
「避けてた。だろ?」
逃げられない。明希の表情で確信する。
明希は怒っているわけではない、それは親友というスキルで察せられる事実だ。
ただ、知りたいだけなんだろ、その純粋な疑問は俺を困惑させる。
「避けてるつもりは、なかったけど……」
あくまでも避けていないと逃げる俺だった。
「なら、質問を変える。何でバスケ部やめたんだよ」
質問を変えられても結局答えは一緒で。苦笑するしかなかった。こんなに賢かったやつだっけ?
「体力的にキツかったんだよ。お前だって知ってるだろ、運動が苦手なこと……」
「それでも! それでも、何であんな急に……その後しばらく一緒に帰ったりもしなくなったし、声をかけても俺の話を早めに切り上げてただろ?」
そんなことに不満が当時からあったんだろうか、いつもと変わらないように見えたけど、そうではなかったのか……
「部活のことは、相談もしないで辞めたのはごめん、悪かった。一緒に登下校しなくなったのは、俺は部活とかなかったし、下校時間が違うんだから、当たり前だろ。お前の話はちゃんと聞いてた、ぞ……」
嘘だ。
本当は明希の言うとおり、明希と一緒に帰りたくなくて急いで帰ったし、部活のない日は用事があると嘘をついて一人で教室に残っていたりしていた。
明希との会話も早く切り上げたくて、曖昧な返事をして流していた。
明希と一緒にいたり、明希と話すとこのキモチが膨らんでいってしまい、最後に俺は破裂してしまうんじゃないかと思ったから。
怖くて、明希から逃げていた。
「あの年の夏の大会、俺はスタメンに入ったんだぞ」
「そうだったな……」
「知ってたのに、応援に来なかったよな」
明希の今の姿のせいか、まるで浮気現場を取り押さえられた男の気分だ。
「そんな怖い顔するなよ。辞めたばかりの部活の応援なんて行けるか」
「他にも理由が、あったんだろ?」
意地でも俺の避けていた理由を聞きたいのか、上手く質問を変えてくる油断をすると答えてしまいそうになるところを。深呼吸をしてはぐらかした。
「もう忘れた、昔のことなんて」
笑っている場合じゃないのに、笑ってしまった。
「なんだよそれ、こっちは真剣に聞いてんのにさ……」
「覚えていないものはしょうがないだろ、お前だって一つや二つあるだろ?」
「俺にはない」
「おいおい、じゃあ……」
仕返ししてやろうと、昔を思い出すと今まで忘れていた様々な出来事が蘇ってくる。
そこで、一つの引っ掛かっていたことを思い出して口に出した。
「中一の時、一日だけ変な時あったの覚えてるか?」
「中一? なんだよ……」
「忘れてるんじゃねぇか、中一の冬の時期、お前の肩についたゴミをとろうとしたら、お前俺の手を振り払っただろ、そしたら急に今日は一緒に帰らないとか言い出して……次の日、いつも通りになってたから気にしてなかったけど、あの日変だったぞ」
ただの思い出話のつもりで話して、明希の顔を見ると酷く困惑した表情になっていた。
先程の俺に似た触れてはほしくないと顔で訴えてき。
「明希?」
俺の呼びかけにビクッと体を反応させて、すぐにいつもの笑顔を向けてきた。
「え? あー、あんま覚えてねーや」
「そうか……ほら、あっただろ。覚えてないこと」
「そうだな」
あっさり認めるなんてらしくないな……
明希は話題を変えようと、必死に暑い暑いと連呼して笑っていた。
無理しているように見えるのは、俺の気のせいなんだろうか。
「そろそろ帰るか」
スマホのディスプレイは15時を映していた。
周りのバーベキューをしている家族連れも後片付けを進めていた。
立ち上がって、まだほのかに濡れているパンツを気にする。
「中二といえばさ、お前に避けられたのも忘れられねぇけど、殴ったのも忘れられないな。さすがの晴も覚えてるだろ?」
明希は立ち上がり、挑戦的な面を俺に見せてくれた。
言い訳はできないだろ? っと言われているみたいだった。
さすがのこの事に関しては、覚えていないとは言えなかった。
「そうだな、あの日の一発は中々だったぞ」
「フッ……そりゃどうも。バスの時間、そろそろだろ?」
そして俺達はバス停へと向かった。
今日は、やけに昔のことを思い出してしまう。
俺は、明希に一回だけ殴られたことがある。それは、夏服から冬服へと衣替えをした時期の頃だった
これ以上明希への想いを増幅させないように避けていた。一番辛い時期をなんとか乗り越えて、明希への想いは日に日にしぼんでいる気がしたした。このまま好きという気持ちが消えてしまうんだろうと思っていた。
けれど、ある日明希と他クラスの男子が喧嘩をしていると騒ぎが起きた。
どちらかといえば気性は荒い方の明希だけど、心を開いていない奴に怒ることなんて滅多になかった。なので誰かと喧嘩をしているなんて想像つかなくて、あくまでも幼馴染として心配で野次馬に混じった。
明希は胸ぐらを男子に掴まれていて、それを止めようと女子が間に入っていた。
野次馬たちからの情報で、女が彼氏がいるのに明希に告白して明希がフって男がそれに対して嫉妬して、明希に当て付けしていると。今思うと、とても馬鹿馬鹿しい内容だった。
それでも、未熟な少年が怒り狂うには十分な要因で、野次馬は男子に対して挑発的な言葉を掛けて男子をいい気にさせていた。
これは、まずいんじゃないのか? っと感じた時には、明希に殴りかかろうとしていた。
明希を避けていたはずなのに、俺には関係ないことなのに、好きな人が殴られるのを黙って見ることなんて出来なくて、気づいたら、意味もなく間で悲劇のヒロインを演じている女をどけて、間に入っていた。
そして、見事に男の拳は俺の顔面に当たってしまった。
痛みで気を失いそうになっていたけど、そんなカッコ悪いこと見られたくなくて、ギリギリで意識を保っていた。これで事態はおさまるだろうっと思ったのに、何故か明希は男を殴ろうとしていた。
ここからは俺自身もあまり記憶はない。明希が言うには何故か俺が相手の壁になって明希は俺を殴ってしまい、俺はそのまま気を失ってしまっていたそうだ。そして先生達がやっと来てくれて騒ぎは終わったらしい。
気づいた時には、保健室で心配そうに俺の手を握ってくれている明希がいた。
明希は気がついた俺に、どうしてあんなことを、っと怒ってきたけど、俺はヘラヘラ笑うだけで答えなかった。いや、答えられなかったんだ。当時は俺がどうしてあんなことをしてしまったのか、分からなかった。今思うと、明希に人を傷つけてほしくなくて無意識に守っていたんだろう。
ただ、怒ってくる明希を見て分かってしまったことがあった。避けたところで俺の無意識の奥の奥は変えられない。明希を好きにならないことなんて出来ないんだと……
その日から、明希を避けるのを止めてしまった。
帰りのバスに揺られながら、殴られた頬に手を当てると痛みはないけれど熱を帯びている気がした。
横に座っている明希は、さすがに疲れたのかぼーっと窓越しに外を眺めていた。
「なぁ……」
「ん?」
「またあんなことが起こったら、お前は間に入ってくれるのか?」
きっと明希も、あの日の出来事を思い出しているんだろう。
「……今の女のままなら、大して痛くもないだろうしな」
「ハハッ、じゃあ殴りまくってお前をドMにでもしてやろうかな」
「やめろ……」
冗談冗談と、笑う明希だった。
「もうすぐ祭りだな」
「あー、今週の日曜日だっけ?」
そういえば、水族館の時に行くとか言ってたっけ……
確か場所はあの虎橋神社だったよな。久しぶりに、夏休み0日目を思い出してしまう。
「一緒に……」
明希は頬を少し赤らめながら、こちらに顔を向けてきた。
その仕草にドキッとしてしまう。
「な、なんだよ」
「……一緒に、行こう、ね?」
明希は、すぐにやっぱ恥ずかしいわ! っと窓の方に目線を戻していた。
言われた俺もなんだか恥ずかしくて、絶対に顔を合わせたくなくて反対方向を向いてしまった。
思わずあと数センチで届いてしまう右手を握りしめてしまいそうになる。




