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はるとあき  作者: 櫻井 総一
過去
12/22

12

 あれから一週間、明希の体調はすっかり治って今は元気に夏休みを満喫している。今日も朝からビー玉付きのラムネを探す旅に付き合わされていた。けれと、ラムネはあってもお目当てのビー玉付きラムネがなくて途方にくれながらも自転車を走らせて、気づいたら時間は16時頃になっていた。


「海、行きたかった……」


 今日一日で何度も聞く言葉に、いい加減反応するのもウザったくなる。

 明希の生理が終わったのがお盆明けで、この時期からの海はクラゲに刺される可能性が高くなるので、普通は行かない。


「別に、行くだけならいくらでも行けるだろ」

「行ったら泳ぎたくなるだろ」

「刺されても良かったら、勝手に泳げば良いだろ

「お前はすぐそう言う風に言う……」」


 明希は、悔しそうな顔をしながら睨んできた。

 実は明希は昔、クラゲに刺されて酷い目にあったらしく、それ以来クラゲが怖いらしい。なので、どれだけゴネようがいく結果にはならないこの無意味な会話はそろそろ嫌気がさしてくる。


「……分かった、今から水族館行くぞ」

「は?」


 明希は急に進行方向を変えて、少しスピードを上げだした。ここから水族館なんて駅に向かってそこから30分ぐらいはかかるのに、本気なのか?


「ラムネは良いのか?」


 必死でスピードを上げる明希に追いつく。


「これだけ探してもない物、探していても無駄だろ、それに月末の祭りにもしかしたら、あるかもしれないだろ」


 明希に言われて、道に貼られていたポスターを思い出した。


「だったら始めから水族館にしろよ……」


 今日一日で、何回も塗った日焼け止めの消費量を思い出す。


「水族館って、夕方から安くなるってさっき思い出した」

「今日の朝から思い出せよ。俺の日焼け止めを返せ」

「日焼けぐらいでガタガタ言うなよ。女の俺よりも気にしてるのおかしいだろ」

「運動部でもないやつが肌が黒い方がおかしいだろ」

「気にしすぎだろ、誰もみてねーって」


 肌の白いお前には分からない悩みだよ。喋るのも疲れて黙ってペダルを回した。




 時間は17時を過ぎていて、水族館は出て行く人で混雑していた。俺達は空いている入り口ゲートを通ると、お互いの顔色は水槽のおかげで青く変わってしまった。

 室内の涼しさと視覚からの涼しさで、室内は快適を通り越して少し寒く感じてしまう。


「俺、最後に来たのって中学三年の遠足だ」

「俺も、だ」


 あの日から何も変わっていないその場所は、時が止まっているように錯覚してしまう。あの時と何も変わっていない装飾と生き物たち。けれど。一緒にいるのはあの時とは違う明希だった。


「後20分でイルカショーが始まるみたいだ」


 どこから貰ってきたのか、パンフレットを眺めながら歩く明希だった。


「観たいのか?」


俺が聞くと。明希は首を大きく左右に振った。


「昔、観たしな、閉館まで二時間もないし回ろうぜ」


 閉館までいるつもりなのかっと苦笑しながら頷いた。


「行きたいところとかあるのか?」


 俺がそう聞くとパンフレットをめくってある場所を指差した。


「んー、強いて言えばイワシの大群かな……南館の2階にあるってさ」

「……お前、昔もソレ見てたよな、好きなのか?」

「そうだったか? 覚えてねーや」


 そんなわけあるか、じゃなきゃまた行きたいだなんて言うわけないだろ。



 そういえば、あの時の遠足の班は一緒じゃなかったんだっけ。

 中学三年生の記念行事として水族館に行くことが決定して、班を決めるときに先生からの提案で、いつも行動を共にしている人とは一緒のグループにならないこと。っと言われてしまい自然と俺と明希は別々の班になっていた。好きだと自覚して日が浅い俺にとっては少し寂しかったのを覚えている。


 明希の班は、俺たちよりもずっと先を歩いていてこのまま行くと遠足中は合わないだろうっと思っていた。

 けど、日本の海コーナーに来たときに水槽にへばりついている明希を見つけて驚いてしまった。

 明希以外の班の人間はいなくて、明希が置いていかれているように見えて慌てて声をかけた。


「おい、明希、どうした?」


 声をかけてもこっちは見てくれなくて、明希は水槽に飲み込まれてしまったかのように固まってしまっていた。それが少し怖くて恐る恐る肩にそっと触れてみた。


「あ、明希?」


 すると我に返ったように意識を取り戻して、こちらに目線を向けてくれた。


「……なぁ、晴」

「な、なんだよ」

「イワシは寝ている時も泳ぎ続けるんだって……」

「そう、か……」

「泳ぎ続けるのは、大変だな」


 明希の言っていることの意味がわからなかったけど、そうだなっと答えると明希は少し困ったような顔をして笑顔を見せてくれて、元の班のところに戻って行った。

 すっかり忘れていたけど、あの日の明希は何が言いたかったんだろうか。



「次が、日本の海コーナーか」


 明希に言われて目線を前にやると、あの頃と何も変わらない大きな水槽の中にたくさんの魚が泳いでいた。

 あの時は、へばりついている明希を見てたから気づかなかったけど、無数に泳ぐ魚の姿はとても幻想的で綺麗だった。今ならへばりついていた明希の気持ちが少し分かるかもしれない。


「相変わらず、ここは綺麗だな……」


 やっぱり覚えているんじゃないか、っとあえて口には出さなかった。

 俺の右側で水槽をじっと見つめる明希の横顔を盗み見ながら、あの時明希が言っていたことを思い出す。

 寝ていてもずっと泳ぎ続けるのはイワシ、つまりゴールもなくひたすら進むだけ…


 男同士だった時の俺の気持ちだな、募っていくだけの明希への想いはどうすることも出来ずに溜まっていくだけ終わりもないし、無くすことも出来ない。

 明希の言っていた、大変だなって言葉に数年かかってようやく理解できた。きっと、俺は長い長い遊泳を続けることになっていたんだろう。

 けど、けど今は違う。

 このまま明希が元に戻らなければ、きっと、終わりが見えてくる……

 それがどんな結果だろうと、終わりがある。


 あの時と同じように、肩に触れようとした右手は途中で止まりゆっくり下ろして、明希の左手を握っていた。振り払われるだろうと思っていたけど、明希はあの頃と同じように少し困った顔をしながら笑ってくれて、握り返してくれた。

 よくあるフレーズだけど、その笑顔はとても綺麗だった。けれど、どうしてか少し悲しい気持ちになってしまった。センチメンタルな状態ってこういうことを言うのかもしれない。



 ”本日は夕口港ゆうぐちこう水族館をご利用いただき誠にありがとうございます。まもなく閉館のお時間となりますのでお気をつけてお帰り下さいませ。またのご来館心よりお待ちしております”


 館内放送で我に返った。結局この水槽の前で俺たちは時間を潰してしまっていた。

 慌てて繋いでいた俺は手を離すと、明希も我に返ったのかスマホで時間を確認した。


「うわっ、もうこんな時間かよ……」


 冷静になって、手を繋いでしまったことに対して恥ずかしい気持ちが一気に込み上げてきて俺はいてもたってもいられなくて、慌てて手を離した。


「お、俺、トイレに行ってくるから、先に出口に行っててくれ!」

「はぁ? おい、晴!」


 明希の呼びかけには答えず、走って近場のトイレに逃げ込んだ。

 そして腰が抜けたようにそのばにしゃがみこんで、頭を抱え込んでいた。


「やっちまった……」


 絶対、後で何で手を繋いできたかって聞かれるだろうな…

 今更自分のした行動に頬おが熱くなり、繋いだ手は震え始めた。

 何て答えれば不自然じゃないんだ? 繋ぎたかったから? 触りたかったから? いや、これはただの変人だ。

 けど明希も握り返してくれたんだし、恋人ごっこがしたかったって言えばいけるんじゃないか?


「よし!」


 これできっとたぶん、大丈夫だ。

 立ち上がり、熱くなっている頬を冷まそうと手洗い場で顔を洗った。

 鏡で自分の顔を見つめて、深いため息を吐いてしまった。


 鏡の中の自分は随分と幸せそうな表情をしている。

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