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”今から帰る、先生から預かっている物があるから届ける。家にいるのか?”
作成したメールを何度も読み返しておかしなところがないか、不自然じゃないかを確認して送信した。
すぐに返事がきて驚いたが、内容を見てスマホを落としそうになっていた。
内容は、「今、学校の近くの公園にいる」っと、てっきり家にいるものだと思い込んでいた。
もしかして、俺のメールを待っていた?いや、まさかな……
慌てて学校を出てその公園に自転車を走らせた。
公園に着くと日陰になっているベンチの下で携帯片手に座っている女子がいた。
明希なのか?
疑いをかけてしまうのは、その女子は俺の通っている高校の女子の制服を着ていたから。
半信半疑でその子に声をかけた。
「明希?」
「やっと来たな、溶けるかと思ったぜ」
苦笑しながら俺に笑顔を向けてくる明希だった。
どのぐらい待っていたのかなんて聞くのも野暮なぐらい、明希の制服には汗が染み込んでいた。
普段のズボンよりは少し涼しそうなスカートですら暑かったのか、学校で見る女子のスカートの丈よりも短くしていた。
「おまっ、なん……っ……」
何から言えば良いのか言葉が詰まってしまう。
どうしてこの暑さの中こんな場所で待っていたんだ。
どのくらい待っていたんだ。
どうしてそんな格好なんだ。
俺が言葉を詰まらせてるのを見て、当の本人はクスクス笑うだけだった。
「落ち着けよ、ここ案外涼しいぞ」
空いている隣に座るように言われて、俺は言われるがまま座った。
確かに大きな木のおかげで炎天下の下よりは幾分かマシだった。
日陰のおかげか飛び出しそうになっていた言葉はひとまず飲み込めた。
「ずっと待ってたのか?」
「昼飯を食べ終えてからかな、学校半日で終わるだろうって思ってお前の返信ないからさ、迎えに行ってやろうかなって…けど、学校まで行くのは気が引けたしここで待ってった」
「もっと涼しいところで待ってれば良かっただろ」
「暑さを体感したくなってな、お陰で汗で気持ち悪ぃ……」
明希から香ってくる匂いは、少しの汗の匂いとなぜだか甘い香りがした。
この場所から日向の方を見ると、暑さのせいなのか景色が歪んでいるように見えた。
まるで感覚は夢を見ているようで、そうか、これが白昼夢いうものなのか。
「なんで女子の制服着てるんだ?」
短くしているスカートから見える白い太ももは、とても柔らかそうで目の毒だった。
「着てみたかったから、お前も見たかっただろ?」
冗談にしては少し悪趣味だ。
「誰がそんなこと言ったんだよ」
「なんだ、昨日の様子がおかしかったから、てっきりコレかと思ったのにな」
どこを勘違いしたらそうなるんだと、言いたくもなるけど昨日の態度があまり重く受け止められていないことが分かって安心した。
「昨日は、あれだ、腹が痛かったんだ」
「ふーん……」
苦し紛れの言い訳を明希は深く追求してこなかった。話題を変えようとカバンから先生から預かってプリントを差し出した。
「そうだ、コレ。先生が来なかったペナルティだって……」
「ペナルティ?」
「今日休んだペナルティだって」
明希は嫌そうにソレを受け取って、内容を確かめて俺に返してきた。
担任お手製の課題プリントは、明希の嫌いな英語だった。
「自分で持てよ」
「カバンとかねぇもん、とりあえず持っておいて」
そういえば、自転車も見かけない。
歩いてスマホ一つでここに来てたのか……
「あの先生は女子には優しいと思ってたのに……」
「休むバカに女子も男子もないってさ」
「そんなところだけ平等にしなくて良いんだよ」
ホント、お前の言う通りだよ。
スマホで時間を確認すると、まだ15時になったばかりで日差しは相変わらず容赦なく照りつける。
「あーあ、せっかく美智子さんにボディスクラブってやつで肌をつるつるにしてもらったのに……」
明希は腕を触りながら溜息を吐いていた。
「スクラブ?」
「お肌の角質をとって綺麗にするんだと、汗をかくまでは気持ち良かったんだぜ?」
「ソレ、甘い香りしてたか?」
「あー、確かバニラの香りだったかな? 匂うのか?」
「まぁな……」
先程から香ってくる匂いの正体はコレか。
明希は俺に腕を差し出してきた。触れってことだろうか、恐る恐る触れてみると自分の腕とは違う柔らかくてつるつるした感触で癖になりそうだった。
恋人同士が異常にくっつくのはこの感触の虜になっているからだろう。
理性が働いていなかったら抱きしめていたかもしれない。
「な? ベタベタしてるだろ?」
「いや、十分気持ちいいぞ」
「そうか?」
これ以上はまずいと手を離した。
見た目、匂い、感触は女の子でなんとか口調のおかげで理性を止めてくれている。
”自分勝手になってみれば良いんじゃないのか?”
先生の言葉は、俺を揺らがせる。
「帰るか……」
きっと近くにいるから変な思考になってしまう。明希の返答も聞かずに立ち上がった。
「そうだな……なぁニケツしてくれよ?」
自転車の鍵をのスタンドを上げる俺を見ながら明希は言ってきた。
「は?」
「良いだろ、俺自転車ないし」
ニケツって…俺はお前に触れないようにするためにこの提案をしたんだ。
なんでお前からそんなこと言い出すんだよ。
「……交通違反だろ」
「人が多いところまでだって、な?」
「俺、汗かいてるし……」
「気にしねーよ、それとも女の俺だと意識しちゃうか?」
コイツ、分かってて言っているんじゃないのか?まるで挑戦的なその表情に腹が立つ。
お前がそうなら俺だってな、俺だってな……
「バカにするなよ、男でも女でもお前だろ?」
俺は大馬鹿ものだ。
「やべー、ニケツなんて久しぶりだな!」
「そうか、良かったな……」
俺の自転車には、荷台が付いていなくて明希はサドルに座り俺は立ち漕ぎ状態だ。
自然と腰に腕を回してきて、背中にはかすかに感じる膨らみの感触
あの甘い香りはさらに強く感じて、運転に集中なんて出来なかった。
「男同士のニケツだと暑苦しいけど、なんか男女だとドキドキするな」
「お前は良いな……」
「晴だって恋人ごっこ出来て楽しいだろ? 今だけかもしれないし楽しめよ」
俺がお前を好きじゃなかったら楽しめたよ。
この暑さの中何やってるんだろうな、好きなやつを後ろに乗っけてそいつは無防備に俺に体を預けてて、自然とハンドルを握る強さが強くなってしまう。
”たまには自分勝手になってみれば良いんじゃないか?”
また先生のアドバイスを思い出す。
今を楽しめばいいのか? 明希を好きだという気持ちに正直に向き合っていけば。楽になれるのかもしれない。
「なぁ……」
「んー?」
「もし、このまま男に戻らなかったらどうするつもりんなだ?」
気づいたら8月になっていて、夏休みが終わるのも時間の問題だ。
そしたらずっと学校を休むわけにもいかない。
女として過ごすしかない。そしたら俺と明希の関係は今まで通りとはいかない。
きっと、明希も分かっているはずだ。
俺が質問すると、明希の掴む腕の力は少し強くなった気がした。
「そしたら、晴の彼女にでもしてもらおうかな」
明希の返事に一瞬頭が真っ白になった。
「え?」
「冗談だ、本気にしたか?」
振り向いて明希をみると、俺の好きな笑顔を見せてくれた。
もし本当に明希がそのつもりなら、俺にとっては好都合な話だ。
自分勝手ね……
「なぁ、今度近いうちに……」
「ん?」
「海でも行くか」
「おー! 良いね良いね! 明日行こうぜ」
「バーカ、お前のペナルティが終わったらだよ」
「うわ、嫌なこと思い出させるなよ……」
そうだよな、俺は明希が好きなんだ。しかも今はこうやって触れていてもおかしくないんだ。
これ以上ない幸せを何で諦める必要があるんだ?
俺は、その日から神社に行くのを止めた。閉じたはずの鍵は簡単に開いてしまった。




