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運命は変えられない。
今年の春、俺は18歳になってしまった。
幼い頃の自分を思い返してみるけれど、変わったのは体だけで何一つ成長できていない。
特に何もしていないのに時間は過ぎて行き、気づいたら季節は嫌いな夏になっていた。
「……明日からの夏休み変なことをして周りに迷惑をかけるなよ」
担任の森先生は、帰りのSTの締めくくりに俺たちに注意をする。それを聞いたある男子生徒がはいはーいっと声を上げて、あてられてもいないのに発言していた。
「変なことってナンですかー?」
思春期らしい先生への茶化しに、クラス中がクスクス笑い出す。
先生は呆れてわざとらしく溜息を吐き質問に答えた。
「ナニを考えてるか知らないが、高校生らしい生活をしろってことだ。警察に厄介になっても俺は迎えに行かないからな」
そう言うと、さらに笑いは増してさっきの生徒は先生にツッコミを入れていた。こうして高校生活最後の夏休み前の学校が終わった。
「晴、帰るぞ」
声をかけてきたのは、幼馴染でそして親友の明希だった。
明希は、中身が今にも飛び出してしまいそうなスクール鞄を重そうに肩にかけていた。俺はそれを見て自然と溜息が出でしまう。
「お前さ……そうやって最終日に全部持って帰る癖、直せよ」
そう言うと明希は重そうなスクールカバンを肩にかけ直した。
「これでも今回はかなり少なめだぞ、どっかの誰かさんに数日前から口煩く言われたからな」
「あっそ、じゃあそのどっかの誰かさんにお礼でも言うんだな」
「そうだな、サンキュ!」
ホント、調子の良いやつ__
もちろん、口煩く言ったのは他でもない俺自身だ。
毎年毎年コイツの山のような荷物を一緒に持ち帰るのが迷惑で、今年こそはと一ヶ月前からしつこく言ったおかげか手伝わなくて済んだ。
都合の良い笑顔をする明希を横目に最後に自分の机に何もないのを確認して、鞄を肩にかけた。
「なっ、今日はセタバ寄って行こうぜ! 新作のフラッペが出たんだって」
俺の行動を遮るように後ろ向きに歩く明希は重い荷物のせいか、身体がふらついていた。
「前を見て歩けよ、転ぶぞ」
注意すると、適当な返事をして素直に前を向いて半歩俺の前を歩き直した。俺は少しだけ背が低い明希の後頭部を見つめる。
「なぁー! セ タ バ 行こうぜ!」
返事をしない俺に先程よりも強い口調で言ってきた。
「その大荷物で寄り道するのか」
「こんなのどーってことねぇよ。なっ、行こうぜ」
こうなったコイツは他人の意見なんか聞きもしない。何を言ったって変なごじつけをつけては行くことになってしまう。俺の鞄は重くないはずなのに肩が重く感じた。
「……分かったよ」
「っしゃ! さすが俺の晴だ!」
いつからお前のになったんだよっと文句も言いたくなったけど、無邪気に喜ぶ明希の姿を見たらどうでもよくなってしまう。
俺の晴、ね__
教室を出て階段を降りると、先程教室から出て行ったはずの先生が階段を上がってきた。
「おー、畑中に佐々木コンビか、佐々木、畑中が休み中悪さしないように見張っておけよ」
畑中は明希の苗字で、佐々木は俺の苗字だ。
先生がそう言うと、明希は先生に噛み付いた。
「先生、それどういう意味ですか? 俺はそんな問題児じゃないですよ」
噛み付くといっても身体にってことではなくて、反抗的な態度をするってことだ。けれど高校生の餓鬼が何を言ったって大人には敵わないわけで、先生は明希を見下しているかのように鼻で笑わった。
「すまんすまん、ついな。佐々木はお前の保護者に見えてな。安心しろ、お前等は心配してねぇよ」
先生はハハッとから笑いをしながら、階段を登りきってどこかに行ってしまう。
すれ違う時に俺の肩に軽く手をのせてきた。
「ったく、保護者とか、晴はどうも思わないのかよ?」
明希は頬を少し膨らませながら、昇降口へとまた歩き始めた。
「世話してるつもりはないけど、明希に振り回されている自覚はあるぞ」
別に明希は誰に対しても我儘というわけではない逆にクラスメートからは頼られているぐらいだ。
仲の良い俺にだけこの姿を見せてくれている。よく言えば世渡り上手、悪く言えば猫かぶりだ。
「俺は、俺はただお前と楽しいこととか共有してぇだけだ!」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
下駄箱から靴を取り出して、上履きを持ち帰ろうとカバンに上履きをしまいこんだ。
本当はビニール袋に包んでいれたかったけど、上履きを持ったまま固まっている明希を見て諦めた。
「こういうのが保護者なんじゃないのか?」
「違うと思いたい」
不服そうな顔をしながら、俺からビニール袋を受け取った。
昇降口を出ると何とも言えない日差しと空気が俺を襲う。
半袖から出ている腕を見て、日焼け止め塗るのを忘れてしまったことを思い出してしまった。
「うわっ、暑っ……」
いつのまにか追い越していたのか、後から昇降口を出てきた明希は分かりきったことを口に出す。
明希の腕は日焼けを気にしている俺の腕よりも白かった。
明希は、女らしいというわけではないけれど、きっと今流行りの可愛い系に入ると思う。
日差しのせいか少し焼けた地毛は、ほのかに茶色で顔もどちらかというと整った顔をしている。
どうして、コイツは俺の隣にいるんだろうか。
「不思議だな」
「あ? 夏だからに決まっているだろ」
「……そうだな」
話は噛み合っていないけれど、俺はそう答えた。
自転車置き場について、明希はパンパンな荷物のせいで入りきらない上履きを俺のかごに入れてきた。
「時間が経つのって早いよな。」
自転車を漕ぎながら、明希は呟いた。
「老人みたいなこと言ってどうした?」
「老人って……いや、ついこの間お前の誕生日祝ったばっかで、その時はめっちゃ過ごしやすかったのにさ。その時自転車乗ってた時の風も気持ちよかったのになって……」
4月26日の俺の誕生日に明希はホールケーキを家に持ってきてくれた。甘いものをあまり食べない俺はただひたすら嬉しそうに頬張る明希を見ているだけだった。
「あれは、お前がケーキ食べたかっただけだろ」
「ちげーよ! お前のお祝いだよ! あれ高かったんだからな」
「そりゃどーも」
あの日を思い出して、笑みを浮かべてしまう。
「……早く秋にならねぇかな」
赤信号で止まると明希は、青空を見上げながら呟いた。横断歩道の先には待ちに待ったセタバがあった。
「明日から夏休みなんだから、そっちを楽しみにしろよ」
「夏はなー、暑いから嫌だ。それに比べて秋は過ごしやすいし、なんといっても俺の誕生日がある! 」
「結局はケーキ食べたいだけか」
「そういうことじゃないけど、次の誕生日は18歳になるだろ?なんか18歳って特別な感じがする」
「そうか?」
「わかんないかなー、これだから晴はいつまで経っても子供なんだよ」
お前にだけは言われたくないけどなっと、言葉で言わずに鼻で笑ってやった。
信号は青になり、明希は急いでセタバに向かってペダルを回した。
「なぁ、晴はさ……」
「ん?」
セタバに着き自転車を停めた。明希は重そうにカゴから荷物を持ち上げた。
「晴は好きな季節はどれなんだよ、やっぱ、春か?」
「俺は……」
唐突な質問に胸がざわつく。
暑さのせいと身体を少し動かしたせいか、身体が少し汗をかいていた。
「俺も、秋が好きかな」
明希の上履きと鞄をカゴから取り出した。
「何だ、俺と一緒だな」
「そんなんじゃねぇよ」
「何だよ、一緒だろ」
お前と俺の好きは違うんだよ。
俺の半歩先を歩く明希の横顔を、盗み見た。
俺、佐々木 晴は、畑中 明希に片想いしている。
春に生まれた俺と秋に生まれた明希。そしてその間の夏は、俺たちを邪魔をしているようで嫌いだ。
首元を流れる汗が気持ち悪くて嫌になる。