ニッポン①
ごきげんよう、フリーライターのジョン・アルベルトだ。
今日は世界で初めてベーシックインカムが導入された国、ニッポン(※1)へ取材に行く。
ニッポンという国はサコク(※2)という制度を取っておりその内政状況が非常に把握しづらいという特徴がある。そのため私のようなフリーライターにとっていい飯の種なのだ。
巷ではBIの財源を確保するために人身売買が行われているだとか国民に重税を課しているだとかいった黒いうわさが絶えないだけにどんな特ダネが飛び出すか期待がかかる。もちろん純粋にBIが導入された現状を調査するという目的も忘れてはいないがね。
さてそんな説明をしているうちに飛行機はニッポンの地へと降り立とうとしている。
しかし機内には警察――おそらくはニッポンのものであろう――とゴボウに腐った魚の目をぶち込んだような人間しかいないのが気がかりである。
機が着陸した際には是非とも取材をしたいものだが現地のスタッフとの待ち合わせもある。
遠目から様子をうかがうだけにとどめることにしよう。
「オラッ、さっさと歩け! 国外滞在税が増えちまうだろうが!」
耳慣れぬ単語が聞こえてくるがおそらくニッポン固有の税制度、その中でも国民を自国に縛り付ける制度なのであろう。
国際同調圧力により移民政策が推し進められ世界的に人材の流出が問題になっている昨今、このような移民を抑制する制度を導入しなければ自国民は一度空を飛び立ったら最後二度と帰ってこない。
かといってどこかの国の人口が増えているわけではないので消えていった人々はどこへ行ったのかという議論がネット上では盛んにおこなわれている。ちなみに議論に参加したものが次ネット上で姿を現す確率は6%程度とされている。触らぬ神にそんなに祟りはない。
閑話休題。私はゴボウの束が蹴りだされる後に続いてニッポンの地、ナリタ(※3)に降り立った。
入国審査には大変時間がかかった。荷物一つにつきやたらと念入りに調査を行いカバンの中身はすべてひっくり返されデジタルカメラは「爆発物の可能性がある」として返却されなかった。一眼レフのほうは無事だったので必要経費として割り切ろう。
「ヘイ、こんなに根掘り葉掘りして何が気になるってんだい?」
「今のうちに減らず口叩いてなメリケン(※4)ヤンキー、てめえもあのゲートを超えたらそこらのゴボウと同じ運命をたどる」
やたら攻撃的な検閲官に肩をすくめてヤレヤレのポーズをとる。
「チッ」
舌打ちをされてしまった。これだからシマグニ(※5)のドジン(※6)は心が狭くていけない。
ゲートをくぐると黒スーツにストライプのネクタイを身に着けた男がようようと手をあげ近づいてくる。
ニッポンではダークなスーツと縦模様のネクタイが正装とされている。私が見た資料の中でこれ以外の服装をしているものは死体を除いていない。
「どーもどーも、こんにちは、わたくしニッポン政府のシライと申します」
「ドーモ、ドーモ」
ニッポンの挨拶の呪文を唱えながら角度15度に頭を下げる。
この儀式に失敗した場合Uターンして飛行機に飛び乗れというのが私の同僚のアドバイスだ。
失敗するとどうなるのかについては彼は固く口を閉ざしてしまったので聞くことができなかった。
唯一聞き出せたのが「Domo-kun… crazy…」。祟り神触るべからず。
「本日は我が国のBIについて取材に来られたとか。いやー結構結構」
「BIを導入したニッポンは世界を先導する最も優れた国家のトップに立ったといっても過言ではありません。そんな国の取材ができることを光栄に思いますよ」
「ハハハ、これはこれは」
何がこれなのかさっぱりわからないが一緒に笑っておいた。
他人と同調することが国際的風潮になりつつある近年の中でもニッポンという国はとにかく同調することを好む。多少でも反論しようと手を上げると上げた腕の肘から先はなくなっているとか。
流石に眉唾だろうが外国で取材をする際にはその国の風習に合わせるのが常だ。ローマではローマ人のように、ニッポンではニッポン人のように。
くだらない風説を頭から取り除きミスターシライについて空港の出口に向かう。途中に見えたチケット窓口に並んでいるぼろ布を着た男女の列は皆肘から先が無かった。
「ああ、ミスタージョン・アルベルト、ここまではよろしいのですが、空港を出てからはくれぐれも無駄な動きの無いようお願いしますよ。今回の私とアルベルトさんの行動は5000エンまでは経費で落ちますがだからと言って好き放題されてもこちらとしては困ってしまいますからね」
「ハハハ、肝に銘じておきますよ! ところでここへ来るまでの飛行機内やこの空港ではなんだかゴボウみたいにヒョロヒョロの奴ばかりですがあれは一体?」
「ああ、彼らはBIを使いすぎてどうしようもなくなった計画性のないクズですよ。大方金がなくて国外脱出をもくろんでいるんでしょう。脳に埋め込まれたチップとマイナンバー(※7)でどこにいようと連れ戻されますがね」
なんてこった。どうやらこの国では無駄や失敗というものはとことん忌避されるらしい。
一度でも家計がそこを尽きるとあんなゴボウみたいになるのかと思うと背筋が寒くなる。
再起不能国家ニッポン。このこともしっかり書き留めておかねば。
「あっ! ちょっと困りますよ、さっき無駄のないようにとお願いしましたよね!?」
「ホワッツ? 少しメモしようとしただけですが?」
「それが困るんですよ。書記税だってバカにならないんですから」
ショキゼイ? まさか書記税か?
「この国では文字を書くのにお金がかかるのですか?」
「何を当然のことを。行動には納税の義務が伴う。これは我が国にとってあたりまえのことです。一文字につき平均30エンは掛かりますから無駄遣いは控えてください」
本日二度目の、そして早すぎるなんてこったである。
文字を書くだけで税がかかるだって? しかも30エンといえば3300ドルじゃないか。30センの間違いじゃないのか?
「行動には納税、ということは文字を書く以外でも税金がかかると? いったいどのような行動で?」
「すべてですよ。こうして話すのだって発音税がかかりますし歩くのだって歩行税がかかります。ですからくれぐれも、余計なことはされないように。取材内容も頭の中に詰め込んでください」
絶句する私をよそにミスターシライはさっさと歩きだし空港の外へと出ていってしまった。
私は慌てて追いかけ外に出た。
眼前に広がるナリタの地は、地獄だった。
一歩踏み出した先は綺麗に清掃されていた空港内とはうって変わってスラム街の様相を呈している。
町を清掃するという概念がそもそも存在しないのかゴミがそこら中に散らかり、通りに立ち並ぶヤタイ(※8)は汚れと周囲を飛び回る羽虫が不衛生感をこれでもかと漂わせている。
何より目に付くのは先ほどのゴボウをさらに細くした人々が昼間からそこらじゅうで座り込みうつむいている様子である。
「あの座り込んでいる人たちはなんですか?」
「ああ、あれは原給割れを起こした人々ですね」
「原給割れ?」
「はい、労働に対する給料が労働に際して発生する税を上回ってしまう人々です。ニッポンでは高い能力を持った即戦力だけが求められています。ああやっているのは大した能力もなく義務教育中にスキルを磨くことを怠った無能たちですよ。徴税以上の金を稼げる職に就けない彼らはBIで生活するしかありませんが毎月支払われるBIだけでその月を過ごすことは難しい。ですからなるべく呼吸をせず、食事も最低限になるようエネルギー消費を抑えるためああやって座り込んでいるんです」
地に生えたゴボウたちを観察してみる。どれをとっても微動だにしないか傍においてある袋からカンパン(※9)のようなものを取り出し口に含むだけだ。
試しに話しかけてみるが反応はない。手を相手の顔の前にかざしてみるがそれでも無反応であった。
「彼らは寝ているのですか?」
「とんでもない。少しでも寝ようものなら脳に埋め込まれたマイクロチップが脳波を検知して就寝税が発生してしまいます。彼らは課税を免れるためにあえて無反応を貫き通しているだけですよ」
あれは過酷な課税に対する彼らなりの生存術だったのか。
少しずつ露わになるBIの実態に心臓の鼓動が早まるのを感じる。
通りを抜け大きな道路に出る。そこには黒塗りの車が用意されており私はミスターシライに促されるままその車に乗り込んだ。
私はとんでもない国に降り立ってしまったのかもしれない。そんな予感をひしひしと感じながら私は興味本位でミスターシライに質問を投げる。
「参考までに、私がこの地に降り立ってからここまで、大体いくらぐらい税がかかりますか?」
運転席のミスターシライはしばらく考え込むと車のエンジンをかけこう言い放った。
「もろもろ含めても6000エンぽっちですよ。お気になさらず」
(※1)ニッポン:NeipONが訛ったもの。発音の似ている日本とは別の国である。
(※2)サコク:国連査察外国制度の略である。発音の似ている鎖国とは別の制度である。
(※3)ナリタ:NarrEtaが訛ったもの。発音の似ている成田とは別の都市である。
(※4)メリケン:メリークリスマス!敬虔な信者よ!の略である。クリスマスでお馴染みの掛け声であるがニッポンでは信心深いキリスト教徒は日常的にこう呼ばれることがある。
(※5)シマグニ:武士団マグニの略である。ニッポンの非営利団体であり実態は不明であるが団員は潔い人柄で知られよく切腹する。発音が似ている島国とは別の単語である。
(※6)ドジン:ドーズ信者の略称が訛ったものである。ドーズとはニッポンの神であり力尽きたゴボウ達はドーズの糧となり地に還る。発音の似ている土人とは別の単語である。
(※7)マイナンバー:マイナンバーである。
(※8)ヤタイ:山型大車輪付店舗の略である。元はニッポンを代表する可動式店舗であったが近年は人件費と労働税を含むその他もろもろの課税を削減するため無人で放置されていることが常である。発音の似ている屋台とは別の施設である。
(※9)カンパン:KainPainが訛ったもの。発音の似ている乾パンとは別の食べ物である。