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最後に笑うのは

作者: 佐海つばさ
掲載日:2015/08/20

 上京したのは、丁度三年前の今日。“我が家の癌”だと家族に言われる程の問題児だった希は、何とか単位ギリギリで高校を卒業をして入学した三流大学を中退。バイトで貯めた上京資金とギターだけを持って、そのまま実家を飛び出した。夢は、一流のロックミュージシャンになることだった。

 上京したまでは良かったものの、バンドメンバーに恵まれず、結成と解散を繰り返してゆくうちに自己破産、呆気無く夢に敗れた。その上、割と時給の良い簡単な製造業の派遣にも勤めていたが、契約を切られてしまった。

 どうにか食い繋ごうと、ホストやギャンブルにも手を出してみたが、結局は不安定な生活に拍車をかける始末。今は昼間になるべく高収入な単発バイトと深夜の居酒屋で細々と生計を立ててる。


 今日は、宝くじの当選発表日だ。いい加減、この火の車の生活にも疲れてきた希は、持ち金の全てをぶち込んでやった。これで当たらなければ、明日振り込まれるバイト代で、実家に帰ることにした。

 おそらく、親からは猛烈に叩かれるだろうが、土下座でも何でもしてやる。とにかくこの情けなくてだらしのない生活から、さっさと足を洗って、真面目に就活をしようと思った。散々迷惑をかけたのだ、せめて親孝行くらいはしなくては。

 特に期待はしていなかったが、当選結果を確認しようとスマートフォンを手に取った。と、同時にチープな呼び鈴が水を差した。

 溜め息を床に吐きつけ、希はドアの前まで忍び足で近寄った。昼間のこの時間帯の訪問にロクなヤツはいない。まるでスナイパーが標的を確認するように、注意深くドアスコープに片目を押し付けた。今はまだ、此方の存在に気付かれてはならないのだ。

 レンズ越しに見知らぬ男と目が合った。 ピシッとしたビジネススーツ、清潔感のある髪型、高貴そうな黒い鞄、やや整った顔立ち、といった風貌だった。若手のセールスマン、といったところだろうか。

 セールスマン風の男は、見えていないはずの此方に視線を合わせたまま、爽やかに笑みを浮かべた。まるで、此方の魂胆も最初から見透かしているかのように。この男、相当やり手であるに違いない。

 しかしながら、どんなにやり手のセールスマンであれ、相手してやれる程の金銭は持ち合わせていない。取り敢えず扉は開けず様子を見ることにしたが、呼び鈴は一定の間隔で十二畳のワンルームにエコーし、一向に止む気配が見えない。

 確信した。彼はドアスコープの向こうに潜んでいる、此方の存在に気いている。帰るつもりはないようなので、仕方なしに応答してみることにした。

「……はい。」

「どうもはじめまして、佐智(さち) (のぞむ)さんのお宅でお間違いないでしょうか……?」

 彼の口調から、さらに爽やかなセールスマンというイメージが濃厚になった。住所や名前は、きっと自分の知らない何処かで、リストのようなものが出来上がっていて、そこから引っ張ってきたのだろう。やはり、今の自分には縁もゆかりもない話だ。さっさと追い返してやろう。

 そうして希は右手をドアにそっと伸ばした。

「はい、今開けますね。」

 ドアを恐る恐るチェーン越しに開けてやると、セールスマン風の男は希の顔を見るやいなや、ニッコリと営業スマイルを浮かべた。まるで「待ってました」と言わんばかりの表情だ。

「……私は、ある国家機密の“エージェント”に所属している、“坂田”と申します。」

 ……唖然とした。あまりに明後日の方角へパスを投げてくるものだから、希の脳は突然コンセントからプラグを抜かれた電子レンジのように、一時停止してしまった。

「突然のご訪問で驚かせてしまって申し訳ありません。本日、ご訪問させて戴きましたのは、今後、貴方の人生に大きく関わるハッピーなお話があるからです。」

 ハッピーなことがあるか……。これから実家へ逃げ帰ろうとしてると言うのに……。さっきから何なんだ。詐欺だ、絶対詐欺だ。今すぐ追い返してやる。

「あんたなぁ……」とそこに被せるように坂田は言う。

「そこで、会わせたい方がいるのですが……、お時間戴けますか? さして時間は取らせませんのでご安心下さい。」

 何が何だか解らないが、彼は恐らくイエスと言うまでは、頑として此処を離れないだろう。そういう顔をしている。面倒なので、仕方なしに首を縦に小さく振っておいた。

「有難うございます。先方様には、お先にもう待機して戴いているので、場所を移しましょうか。詳しい話は、そちらでお話します。」

 あまりにも奇妙な怪しい話だが、希は言われるままに従った。この時、希は不思議なことに、宝くじの当選結果のことなどすっかり頭から離脱していた。むしろ、答えの分かりきっている当選結果よりも、得体の知れないこの話の方がよっぽど気になってしまったのだ。


 坂田に連れられて辿り着いたのは、希の住んでいるアパートから歩いてすぐの、チェーン店のカフェだった。このカフェは店内に入るとすぐに焼きたてパンとが並んでいて、その先にメニューの看板とレジがあり、会計を先に済ませるようになっていた。坂田は「何か食べにますか?」と財布を出す仕草をしたが、何となく要らないとヤセ我慢しておいた。本当は昼飯を食い損ねてしまったのだが。

 店員に軽く会釈をしてレジを通り抜け階段を上がると、坂田が奥に見える窓側の席を目配せした。坂田が指した席には、一人の男が座っていた。坂田と同じく黒の高貴そうなスーツに、鞄、革靴を身につけている。セールスマンと云うよりは、ある程度の役職に就いている、金銭的にも精神的にも余裕のあるサラリーマンと云った感じだ。

「大変、お待たせ致しました。」

 と、坂田は男に声を掛け、軽く会釈した。

「お、待ってたよ。」と、男は何処となく余裕を感じる表情で微笑みながら、座るように此方にも座るように目配せをした。

「簡単に自己紹介しよう。僕は、富澤。ここの近所の田中商事に勤めていて、人事部長で妻と子がニ人いる。趣味は家族旅行……かな?」

 富澤はいかにも幸福そうな顔をしている。まさしく幸せの絶頂と云ったところか。その満面の笑みは微かに此方のことを、見下しているようにも見える。

「俺は……佐智 希……。三年前に上京して、もう生活が苦しくなってきたから、実家に帰ろうと思ってる。そしたらこの人が訪ねてきて……。」

 富澤は「ハハッ! よろしくね。サチノゾム君?」と今度は露骨に見下した表情を見せた。まだ会って五分程度だが、どうも気分が悪い男だ。腹立たしいので無視をしていると、富澤が坂田に目配せをした。昼食の時間を使ってきたのだろう、早く話を済ませたいようだった。安心しろ、こちらも同じだ。

「では、時間がないので早速本題に入ります。世の中には二通りの人間が存在しています。“幸福な人間”と“不幸な人間”。そしてその両者は、バランスを保ち合うことで成り立っている訳です。我々はそのバランスの保持を目的としています。」

「それのどこが国家機密なんだよ? 第一、バランスを保持するってどういう……。」

「国民の幸福と不幸の比率を上手く調整すれば消費者と増えれば、子を授かる人も増えますし、国にとってもプラスになることも多いのです。細かい事情は国家機密ですし、今話してる時間もありません。話を戻します。」

 坂田は高貴そうな鞄からノートパソコンを取り出し、此方に反転させた。

「貴方達二人は、この街で今現在、“最も幸福である人間”と、“最も不幸である人間”です。」

 坂田はカチカチとパワーポイントをスライドさせる。希と富澤の顔写真と、これまでの幸福と不幸のグラフなどが細かく記載されている。富澤のグラフは赤色の幸福のグラフが天井へと届いているのに対し、青色の不幸のグラフは近頃になればなるほど低下している。希のグラフは、その真逆と言ってもいい。一体、こんなデータどうやってとったんだ、胡散臭い。

「そうですね……、例えば、一方は最近株価も急上昇中の有名な商社に務める妻子持ち。一方は、夢に敗れ一文無しになって実家に逃げ帰ろうとしている負け犬……おっと、失礼。状況とデータを見る限り、その幸福量の差は歴然です。」

 坂田は両者の表情を見てニッコリと笑った。

「そこでお願いなのですが、幸福と不幸のバランスの調整の為に、“幸福である者”から“不幸の者”に金銭か、無理でしたらプレゼントの一つでもを差上げて戴きたいのです。これは人間が“幸福”を最大に感じ取れる瞬間が、“不幸”であった瞬間とのギャップであると調査により分かったからです。」

 坂田がチラッと富澤の顔を見ると、富澤はニヤニヤと鞄から財布を取り出そうとした。すると、坂田は「いえ、そうではないのです。」と、富澤の腕を止めた。

「いいですか、“最も幸福であること”と、“最も不幸であること”はイコール、最も“ギャップの振り幅”が大きいことを指しているんです。」

 坂田は「そう、例えば―……」と、更に付け加える。


















「宝くじの一等の当選確率は約一千万分の一です。これは“明日、交通事故で死ぬ”確率を下回る狭き門です。これをもし、一文無しの実家に帰ろうとしている負け犬が手に入るとしたら……、それ以上の幸福量のギャップはないですよね。」



 まさか……!?!? 希は慌てて財布から宝くじの券を取り出し、サイトに書いてある当選結果の数字を照らし合わせた。……まさか……。


「貴方が買い占めた五十枚の宝くじ券の一枚は、抽選に当たりました。それもキャリーオーバーで七億円!! そう、貴方はたった今、この街で“最も幸福な人間”になりました。」

 まさか、本当に七億が当たってしまうとは……。ってことは……。

「佐智さん、そこでお願いなのですが、百万円分けて分けてあげて戴けませんか? この街で“最も不幸な人間”である、富澤さんに。」

「……はぁ!?!?!?」

 富澤のスマートフォンが振動した。富澤はスマートフォンを耳に当て席を離れた。しばらくすると、「なんだって!?」と只事ではない大声をだし、慌てて外へ飛び出していった。

「富澤さんのところへ掛かってきた電話、あれは恐らく警察からでしょう。昨晩、彼は飲みに行くと言って家には帰らず、浮気相手と一緒にいました。奥さんは、以前から浮気に気付いていました。とうとう限界がきた奥さんは、富澤さんが家を離れているうちにまだ小さなお子さんと、新築の一軒家と一緒に焼身自殺しました。あっという間に、“最も不幸な人間”になったわけです。」

 

























「だから言ったじゃないですか、佐智さん。ハッピーなお話だと……。富澤さんに百万円、恵んであげて貰えますか?」













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