表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

COMRADE

カガリの厄日~後日談~

作者: 小田虹里

 リムル村で、馬にコケにされるし、村の女性「アキト」とその母親「シトフ」には、女装をされるわ……散々な結果となり、これぞ「厄日」ではないかと、思ってしまうほどであった。




 誰にでも、「厄日」というものが一日はあるらしい。




 リムル村から帰るなり、私はすぐさまフロート城へと向かった。女装のままで帰る訳にはいかないが、私の普段着は、リルム村のアキトによって、雑巾にされてしまった。そのため、どこかで調達する必要があった。レラノイル港は広い街だ。呉服屋は当然あるのだが、私の顔が知られすぎている。よく立ち寄る街のため、ここは顔を隠したまま、早々に立ち去りたいところだ。

 レラノイルに着くなり、姿を消したルシエル様は、おそらくはもう城へと「転移」の「魔術」で到着されている頃だ。いっそのこと、私もルシエル様にお願いして、城まで連れて行ってもらえばよかったと、半ば後悔した。




 遡ること、三時間前。




「おい、無賃乗船者。一号、二号。どこ行った!」

「一号がどちらで、二号がどちらかな?」

船員の怒号が行き交う中、ルシエル様はエプロン姿で飄々と姿を現した。私はというと、まだ、二日酔いの所為なのか、風邪の所為なのか、それとも船酔いでもしたのか、気分が優れずデッキに出て、頭を抱えていた。

「どっちがどっちでも、構わん!」

「それは困るな。とりあえず、そこを決めていただきたい。そうでないと、受け答えに困るからね」

ルシエル様は、変なところにこだわりを持つ性格だった。本人に悪気が無いのが難点だ。たまに、見ているこちらがハラハラすることがある。

「……なら、お前が二号だ!」

「はいはい。それで、何用かな。一応、言われたことはしたつもりなんだけど……まだ、足りないところがあったのかな?」

「一号が見当たらん!」

一号とされた私は、船員が居るところから少し離れたところで、くたばっていた。一点を見ていると、船は酔いやすい。そのため、虚ろな眼差しで遠くを見ていた。ただ、風によって運ばれる声という情報で、ルシエル様や船員の場所などは、把握できていた。

「逃げたりなんかしないから、安心して欲しいな。とりあえず、一号ならデッキに出て嗚咽しているよ」

「……船酔いか?」

「さぁ? 二日酔いが祟っているのかもしれないねぇ。まったく……勤務中に酒など飲む方が悪い」

ルシエル様は、まだ怒っていらっしゃるようだった。言葉に棘を感じる。

「それで、一号に何用かな。あの子は今のところ、とても動けそうにないから、用事なら、私が代わりに引き受けるよ」

それを聞いて、私はヨタヨタとしながらルシエル様の方に向かった。私の乗船料が足りないというのに、付きあわせてしまっているのだ。その上、私の分まで働かせる訳にはいかなかった。

「ルシエル様、大丈夫です……私なら、ちゃんと働けます」

「……名前で呼ぶんじゃないよ。一号」

「あの……すみません」

「ルシエル?」

船員が、その名にピンと来るものがあったようで、ルシエル様の方をじっと見てきた。ルシエル様は、「世界最強の魔術士」という肩書きを、あまり好んではいらっしゃらない。だが、額に大きな刀傷を持ち、魔術が扱えるということは、結構目立つモノの様で、いつも難儀されていた。

「その額の傷……」

「転んだんだよ」

にっこりと笑みを浮かべながら、ルシエル様はやり過ごそうとしていた。ただ、転んでそんな額に傷が出来るのだろうか……私でも、疑問を浮かべた。

「なるほど」

しかし案外、納得されるものだった。

「間抜けな奴だな」

「ルシ……二号に、無礼だ! 二号は間抜けなどではない!」

「その姿で言われても、説得力ないよ……一号」

私は顔が赤くなるのを自覚した。茶色の髪を緑のリボンでひとつ結びにし、肩を軽く越すくらい伸ばしているやわらかい髪質で、瞳は青。首から青い石のチョーカーをつけ、女モノの和風テイストの服を着ている私は、今年で二十七になる、いい年の男である。声は低くも無く高くも無い。ただし、声変わりはしている。野太くない声であり、且つ背丈もそこまであるわけではない為、女にたまに見られることもあるが、そんなことは稀である。

 目の前に居るルシエル様は、私よりも頭ひとつ分背が高く、声はテノールボイスで綺麗な腰まで伸びる栗色ストレートロングの髪を、背中あたりでひとつに束ねている。服装は、王国「フロート」の誇る魔術士部隊「レイアス」の者が好む白のローブ姿ではなく、今は紺色の旅装束に茶色のズボンを穿かれている。そして、黒のシンプルなロングブーツを履いて、腰から白いエプロンをつけている。

 普段は、ルシエル様も白のローブを身にまとっていらっしゃるのだが、私がリルム村を出て直ぐに、馬から落馬し川に落ち、濡れたところを助けてもらい、そのいつものローブを被せてもらっていた。その為、濡れるし汚れるしで、散々な末路を辿ったローブは、このレラノイル港行きの船に寄付して、雑巾にしてもらったのだ。本当に申し訳がない。

「おとこ女は黙ってデッキ磨いてろ!」

それは、私は男として認識されているのか、女として見られているのか……どちらなのか、疑問に思った。投げられたデッキブラシを受け取ると、私は酔いが回ったまま、ふらふらと再びデッキの先端に向かって歩き出そうとした。

「待ちなさい。今のお前に、それは無理だ。吐いて、余計に汚すのが目に見えている」

「だったら二号、お前がやれ」

「喜んで」

ルシエル様は、にっこり笑みを浮かべると、視線を私に送った。厭味というより、やはり棘を感じる。ルシエル様は、物腰やわらかに見えて、一度お怒りになると、なかなか許してはくれないお人だった。

 前に私が酔いつぶれたときも、そうだった。お説教が長々と続いていた。ただし、蒸し返すことは滅多にない。許してくだされば、後をひかないことも分かっている。今は、忍耐のときだ。酒臭い私がいけないのだ。

「ほら、お前は寝ていなさい。私がやるから」

「ですが……」

「城に帰ってから、私は充分に休めるが、お前は次にどんな任務を言い渡されるか、分からないんだぞ? だいたい……」

ルシエル様は、デッキブラシを私から奪い取ると、こそっと耳打ちしてきた。

「リルム村の件……片付いていないのだろう? 植民地化出来ていないことが国王やジンレートの耳に入ってみろ。また、面倒なことになる」

「……私は、間違ったことをしましたか?」

真っ直ぐに、ルシエル様の目を見て問いかけた。すると、一呼吸置いてルシエル様は、真顔だった表情をゆるめ、微笑んでくださった。

「……いや、私でも同じことをした」

「なら……」

「だが、それは私だから出来ることだ。お前には、フィスコニアや他の街のカラクリを作ることは、難しいだろう? まったく……」

私は俯き、言葉を探した。けれども、見つからない。ルシエル様の仰るとおりだ。いつも、いつも、私の尻拭いをさせてしまっている。

「仕方が無い。同じ手を使うか……」

「どのように……? ルシエル様は、リルム村と面識も無いのでは? ルシエル様と私との接点も、国王にばらしたくはありません」

「分かっているよ」

私に関わったものは皆、不幸になってしまう。国王に、私の家族は……村は、滅ぼされてしまった。それだけではない。もっと多くのひとの命が、奪われてきた。ルシエル様との師弟の関係だって、誰にも話してはいない。レジスタンス「アース」のラナンとの師弟の関係もまた、秘密の関係だ。

「デッキを掃除しながら、考えるさ」

「……申し訳ありません」

「申し訳ないと思うのなら、その酒臭さを何とかすることだな」

「……はい」

ぐうの音も出ない私は、ぎゅっと拳を握った。自分自身が情けなくて、悲しくなって来たのだ。なんて私は、愚かな人間なのだろう。

「一号、二号! なぁにコソコソしていやがる! さっさと持ち場に行け!」

「スキャータさん。一号は休ませてやってください。後は、私がやりますから」

「それじゃあ、デッキ磨いたら厨房入れ。ジャガイモの皮むきが待ってる」

「ありがとう。ほら、一号はそこで横になってなさい」

「……はい」

今にも、泣きそうになった。ルシエル様からの信用を回復する手立てが、今の私には思い浮かばなかった。ただ誠実に。自分を見つめなおすことしか出来そうにない。

 私は肩を落とすと、トボトボと船室に向かい、横になった。今頃ルシエル様は、この太陽の光をサンサンと浴びながら、焼けながらデッキを掃除していることだろう。申し訳なくて、とても落ち着きを取り戻すことは出来なかった。




(面識は無いし、私がリルム村に行ったこともバレてはいけない……か)

まったく、面倒ごとを起こすことが好きな弟子だと、思わずにはいられなかった。だが、人生楽ばかりしていては、楽しみというものを感じなくなってしまう。困難なことがあるからこそ、楽しみを見出すことが出来るというものだ。それに、厄介な出来事があればあるほど、胸が躍るのだ。どう切り抜けるか、どうするのが最善の手なのか……追究することは、頭の体操にもなり、実に面白い。

もっとも、カガリはそうは考えてはいないようだ。厄介なことを起こすことが好きな割には、その度に落ち込み、とことん凹んでしまう。もっと人生、長い目で見れば、どれも無駄なことなどないし、良い経験だと考え方が変わればいいのにと、思えてならない。あの子は本当に、損な性格をしている。もしくは、私が捻くれているのか……。どちらにせよ、私はこの人生を楽しまなければ勿体無いと思っている為、カガリのようには生きられまい。

 さて、本題だ。私はブラシで出来を綺麗にしてから、直ぐに調理場へと足を運んだ。レラノイルまであと、二時間半といったところであろう。あまり、のんびりとはしていられない。三十分でジャガイモの皮むきを終え、時間を作ってから、私はやはり、リルム村へ「転移」の魔術で飛ぼうと考えたのだ。何も知らない村から、フィスコニアや他の街などと同様のカラクリ、私のヘソクリで徴税をやりくりするのは、後でボロが出てしまいそうな為、説明する必要性があると考えたのだ。全ては、「カガリにバレなければよい」と、私は考え直した。

 あの酔い方ならば、レラノイルに着くまでカガリは動けまい。私が転移でこの船を離れたとしても、気づくことはないだろう。

「善は急げ……だな」

私は、厨房の中へと駆け込んだ。忙しそうにコックたちが、ニンジンやタマネギ、ジャガイモの皮むきをしていた。ピーラーと呼ばれる物で、薄く剥いている。

「おう、二号。もうデッキ掃除は終わったのか?」

「えぇ、終わりましたよ。スキャータさん。後は、ジャガイモの皮むきでしたよね。私はこれでやってもいいですか?」

そう言って、厨房の中にあった果物ナイフを手に取ると、スキャータさんに許可を得ようとした。ピーラーを使ったことが無い訳ではないのだが、私は武器にもなるこちらのナイフの方が、使い勝手に慣れていた。

「薄く剥けるなら、何だっていい。そこにある、百個のジャガイモを何とかしろ」

「百ねぇ……はいはい」

思ったよりは少なかった個数だったので、私は内心時間にゆとりが出来ると感じた。

「これが終わったら、少し休んでもいいかな?」

「あぁ、終わればな」

私は不敵に微笑んだ。

「ありがとう」

私は樽の上に腰掛けると、ジャガイモをひとつ手に取った。いびつな形のジャガイモばかりだし、芽が出始めている。安値で仕入れていることが目に見えて分かった。安値の船のため、食料にお金を費やすことは出来ないのだろう。

 私は手馴れた手つきで、するすると皮を剥いていくと、最後に芽を全て取り除いていった。ひとつのジャガイモに掛かる時間は、およそ二十秒というところだ。その速さを見て、若いコック達が興味を抱いて集まってきた。コツを教えてあげてもよかったんだけど、今は自分の時間を作ることのほうが先だった為、笑みを浮かべてそれを交わすと、あっという間に百ものジャガイモの皮を剥き終えた。

 何故、私がこういうことに長けているのかというと、少年時代によく果物の皮などを森で剥いていたからだ。人生、何が幸いするか分からない。

「私のノルマは終わったから、ちょっと休んでくるよ」

そう言って厨房を後にすると、コックたちはポカンと口を開けて、私を見送った。

(さて……リルム村へ急がないと)

私はひと気が居ないところを探し、トイレの個室がいいと判断すると、鍵を掛けて「転移」の魔術を発動させるべく、リルム村の位置を「風」の力を使って把握すると、すぐさま村の入り口に向かって、魔術を発動させた。

「転移」

次の瞬間、私の身体は陸地の上へと変わっていた。小さな村だ。だが、とても潤っていて、豊かであることが見て窺える。店などは無いように思われる為、自給自足をしているのだろう。

 村の入り口に足を踏み入れ、この村の長を探した。たいてい、こういう村の村長の家というものは、若干ではあるが、他の家よりは大きなものである。そして、村の中心部にあるのだ。難なく目星をつけることは出来た。だが、それよりも気になったのは畑の方であった。ひとが集まっている。私はそちらに向かって歩き出した。

(レジスタンスか……)

そこに居るものたちには、見覚えがあった。フロートに反旗を翻したレジスタンス「アース」のリーダー、色素の薄いブロンドの髪に緑の瞳である、ラナン。銀髪銀眼の剣士、リオス。魔術士である、元大敵国の皇子、サノイ。

(なるほど)

銀髪銀眼。それは、古代にこの地域にあった「日本」と呼ばれる国の民族の末裔の特徴である。リオスは、この村の出だったのかと、私は納得した。彼の隣には、女性にしては背丈が高めである、同じく銀髪銀眼のボブスタイルのひとが居た。この村の者は皆、銀髪銀眼なのだ。

「ルシ」

私の存在に真っ先に気づいたのは、嗅覚や視覚が異様に優れているラナンであった。私はにこりと微笑んだ。

「え……っ?」

ラナンの声につられてこちらを見たリオスは、血相を変えた。それはそうだろう。世界最強だと謳われている男が、突然自分の村に現れたのだ。よからぬことが起きるとでも、思ったのではないだろうか。いや、そう考えるほうが普通だ。

「疾!」

短く舌打ちしたように見えて、それは魔術の呪文であることは、容易に見破ることが出来た。魔術を放てるのは、ここに居る中では私と、黒髪黒目である敵のサノイ皇子だけだ。私にばれないよう、短い言葉で呪文を発したようだが、私を誤魔化すにはまだまだであった。カマイタチの魔術で、皮膚を切り裂くように鋭い風の魔術が発動された。私はそれを見て、笑みを浮かべた。

「なるほど」

それが呪文となった。魔術は、発動するための魔術の性質を呪文とした口にする必要はないのだ。どのような魔術を発動するのか、頭の中で構築し、それを具現化させるために、空気を振動させさえすればよい。そのことに気がついていない魔術士も居るのだが、フロート城の「レイアス」兵たちの多くは、そのことを知っているし、彼、サノイ皇子もまた、知っているようであった。私がカマイタチを避けるべく発動した魔術に瞬時に反応すると、突風が吹き荒れたことをすぐさま察知し、銀髪ボブの、どう見ても一般市民である少女を護るために、次なる魔術を放ってきた。

「何用だ」

その言葉によって、土壁が現れる。そして私の魔術から、女性と畑を護っていた。

「あなたは……誰?」

女性は、旅装束に白いエプロンをした、いつもなら髪を腰あたりでひとつに束ねているが、今日はポニーテールにして、ピンで留めている私を見て、如何にも怪しいと判断したのか。それとも、仲間であるはずのリオスたちが警戒していることを見て、恐れを抱いているのか。サノイに匿われながらも、顔をそっと覗かせ、観察してきた。銀色のつぶらな瞳は、真っ直ぐに私を見てくる。興味深という訳ではないだろう。この村を、この女性も護ろうとしているのだ。

「ルシ。何しに来たんだ? カガなら帰っただろ?」

全く警戒していないのは、意外なことにもこのレジスタンスの「アース」のリーダーである「ラナン」であった。いや、意外でもない……か。彼は、独特な嗅覚と戦いのセンスを持っていた。私が殺気を出していないからか、このような可笑しな格好をしているからか、まるで警戒心を抱かない。

「カガリの用件を、代わりに済ませに来たんだよ」

「それって……」

女性の方だ。サノイから身体半分抜け出すと、凛とした表情で私の方へと歩み寄ってきた。

「姉さん! 危険です。下がっていてください」

(姉弟か……いいものだね)

私は内心で笑みを浮かべた。戦渦の中でも、こうして再会出来る家族が居る。それは、救いだと思うから。

「リオス。あなたは黙っていて。ルシエル……と、言ったわね?」

「えぇ。あなたは? リオスのお姉さんの様だけど……お名前、聞いてもいいかな?」

「アキトよ」

「アキト。うん、覚えたよ」

「それが目的じゃないだろ? ルシ。何しに来たのか、はっきりさせろってぇの」

ラナンは、敵意のない私からは注意を逸らして、耕されたばかりの畑に、種や苗を植えはじめていた。マイペースなリーダーだが、危険察知能力に、衰えは無いようだ。現に私は、今日は彼らと戦うつもりでここに居る訳ではない。

「アキト。カガリは、キミたち村人に、何て言っていたんだい?」

「……それを聞いて、どうそるつもりなの?」

「やれやれ。警戒心の強い人たちだ。少しは、リーダーを見習ったらどうだい?」

「ラナは、警戒心が無さ過ぎなんですよ。知っているでしょう? あなたなら……」

「うん。知ってる」

にっこり微笑むと、私は辺りをゆっくり見渡した。

「耕されたばかりの畑のようだね」

「えぇ。カガリと、賊によって耕されたのよ。この土地をどうかしようとでも言うのなら、タダじゃおかないわ」

私はかぶりを振った。そんな誤解を抱かれていては、私も不本意というものだ。

「そんなことはしないよ。カガリが造った畑だというのなら、尚のこと。賊まで手伝ったということが、よく分からないけれども……」

(まぁ、あの子のことだから、賊をも味方につけたのかな)

カガリは、人を嫌っていた。カガリは、人を恐れていた。しかし、カガリには人を惹きつける魅力があった。

「カガリは、この土地を護ろうとしたんだね?」

「……えぇ」

「その、畑仕事を手伝った賊のことは、どうしろと言っていたかを知っているかい?」

アキトは、リオスとサノイの顔を見て、指示を仰いだ。どこまで私に話してもいいのか、彼女ひとりでは判断が出来ないのだろう。本来ならば、リーダーであるラナンに指示を仰ぐものだろうだが、ラナンは鼻歌交じりに畑の種まきやらに勤しんでいる。当てにはならないのだろう。可愛らしいリーダーが居るものだと、私も思わずくすっと笑みを浮かべてしまった。

「賊を、この村で引き入れるよう頼まれたんだよ」

「母さん」

恰幅のよい、やはり銀髪銀眼のショートカットの女性が出てきた。眼が細く、口はやや大きめで、気前のよさそうな女性だ。歳の頃はきっと、私と同じくらいなのであろうが、元気のよさが前面に出ており、私よりも若く見える……といっても、私もそこまで歳では無いと思いたい。

「なるほど……」

賊をも受け入れ、全ての者を救おうという考えか……と、私は優しいあの子らしいと思わず笑みを漏らした。だが、甘い。賊を受け入れてもらおうなどと、そんな簡単にいくようなものではない。

「それで、その賊はどちらに?」

「さぁねぇ。山に帰っていったみたいだけど?」

「そうだろうね」

だが、賊を恨んでいる様子は見受けられない。本当にうまく、まるめ込んだのだろうか。

「賊の方々は、休憩に戻っただけですよ」

アキトだ。私は興味深いという顔つきで、女性の顔を見た。賊に対して、恐れを抱いている様子はない。元々肝が据わっているとも言えるが、恐らくはそうではなく、「賊」を恐れるに足りないと思わせる出来事があったのだろう。

(ひとを惹きつけるな……本当に)

「なぁ、ルシは何をしに来たワケ?」

顔を土で汚しながら、けろっとした表情で私のところまで無防備に歩いてきた少年は、背丈が非常に低く、私の胸辺りまでしか伸びていない。私の顔色を窺うためか、上目遣いで覗き込んでくるその仕草は、おなごのようであった。ブロンドの髪は、肩をやや越すほどまで伸びている、緑の瞳の少年だ。

「フロートの、本当の遣いだよ」

「……」

それに顔を曇らせたのは、ここの村の住民である女性と、その恰幅のよい母親であった。

「ふーん。で、従わせたいワケ? 金が欲しいの?」

淡々と質問をしてくる少年、ラナンだが、その真意は何処にあるのか、今のところは掴めていない。腹の探りあいだ。私とラナンのやり取りを、重臣であるリオスとサノイはただ黙って見守っていた。

「そうだね。そうなったら、ありがたいね……フロートとしては」

「じゃあ。ルシとしては?」

「?」

私は首を軽く傾げた。


 私としては……?


「フロートは、金を取りたい。服従させたい。でも、カガは賊を受け入れたい、護りたい。じゃあ、ルシはどうしたいの?」

曇りなき眼で、少年はそれを問う。私は、参ったな……と、笑みを浮かべた。この少年が、レジスタンスとして成功していることも、はじめは対立していたリオスもサノイも、惹き込まれた理由も、こうして接していると、見えてくるというものだ。そして、カガリも……。あの子もまた、ラナンに惹かれているひとりであった。

「私は、カガリの思惑を助けたいだけだよ」

「そう。なら、俺たちに会ったことは、フロートには内緒だかんな」

「分かってる。リオスとリルム村のことも、黙っておいたほうがいいね。フロートは、古代国、日本のことも、その末裔の存在のことも把握していない」

「ラナ、そんな口約束……」

口を挟んだのは、その日本人の末裔と言われるリオスである。彼は実に慎重な男だった。

「ルシは、裏切ったりしないよ」

「……ですが」

「ラナ」

今度は、漆黒の皇子サノイだ。私がアキトや他の者に危害を加えないと判断したからか、臨戦態勢を解いたサノイは、視線を私から外さず、そのままラナンに話しかけた。

「何故、そこまで過信する。ルシエルとは、最強の敵だ。このまま、私たちを生かして帰すとも思えん」

「だけど、サノだって臨戦態勢解いただろ? 大丈夫、大丈夫。俺の感がそう言ってる」

私は目を丸くして、そのあとクスクスと笑った。自分の命に関わることを、「感」なんていうものに頼ってしまうなんて。いや、その「感」がより際立っている彼のことだからきっと、今まで生き延びてきたのだろう。この可愛らしいリーダーを前に、私は何故か、愛しささえ、覚えはじめていた。愛くるしい顔つきだけではない。大胆なその行動にも、眼を見張るものがある。

「ラナン」

「うぃ?」

手際よく、種を蒔いていく少年に、私は後ろから声を掛けた。

「出来れば、キミとは戦わずに居たいよ」

「……無理だろうな」

少年はすくっと立ち上がると、私の顔を見た。

「だって、ルシはフロートの実質上のボスだから。俺たちは、フロートを倒す」

「そうだったね」

私は目をゆっくり閉じると、未来の光景を予想した。きっと、本当にこの子たちと本気で戦うこともあるのだろう。

「アキト。私は、カガリが護ろうとしたこの村を、壊したくは無い」

「え……っ?」

「だから、提案がある」

「提案?」

だが、それをレジスタンスのリーダーたちに知られてはいけないと思い、アキトに歩み寄ると、そっと耳打ちした。

「この村は、フロート領域になったということにして欲しい」

「?」

アキトはきょとんとした顔で、私を見た。それはそうだろう。詳しい説明など、一切していないのだ。

「徴税などは、きっとカガリが役目を負うことになる。だが、安心して欲しい。実際に取りたてはしない。カラクリをちゃんと作っておく。だから、フロートに落とされたことにして欲しい」

「……信じて、いいの?」

私は大きく頷いた。

「それから、私がこの村に来たことは、誰にも言わないで欲しいんだ」

「……どうして?」

「私の都合上だよ。それだけ、頼む」

「分かったわ」

「ありがとう……ラナン」

ラナンは、不敵に笑った。

「今日のところは、何もしないけど……城で会ったときには、勝負だかんな」

「あぁ。楽しみにしているよ」

なんて強い子なんだろう。まだ、育ち盛りというところだ。彼の今後が楽しみだと思った。

私は、用件も済んだことだし、再び転移の魔術でレラノイル行きの船へと戻ろうとした。この魔術は疲れてしまう。私は大きく息を吸うと、船の現在地を「風」を使って掴むと、すぐさま移動を開始した。

「転移」

次の瞬間、私は再び揺れの激しい船のデッキにと移っていた。




「ルシエル様」

「あぁ……どうした? カガリ」

転移してきたばかりで、息が若干あがっている私のところに、顔色が随分とよくなったカガリが現れた。船に掛かっている時計を見るところ、あと一時間でレラノイルに着く頃合だ。

「……どこへ、出かけていたのですか」

「さて、何のことかな?」

要らぬ心配はさせたくは無い。私は白を切ることにした。カガリを誤魔化すことなど、簡単なことだ。カガリとは、良くも悪くも真っ直ぐな人間だった。

「とぼけるつもりですか。デッキの掃除は……」

「すぐに終わったよ?」

「ジャガイモの皮むきは……」

「それも終わった。私はお前と違って、皮むきくらい造作も無いんだよ」

「……」

カガリはムっとした表情をして、下を向いた。カガリは言い返す言葉が見つからないようだ。

「魔術を使ったんですか」

「皮むきくらい、自分で出来るよ?」

「違います」

カガリは、私の右手をグッと力を込めて掴み上げた。その様子を、私はただ黙って見守った。

「汗をかいています」

「熱いからね」

「転移でしょう。どこに行っていたのですか」

私は深く溜息を吐いた。すると、カガリが眠っていたはずの個室へ向かって、歩き出した。それを見ると、カガリもまた、私の後を追って歩き始めた。

「私は少し、トイレに居ただけだよ」

「嘘を何故つくのですか。やましいことがあるのでしょう」

「カガリ」

私は扉の前で足を止めると、カガリに向き直った。そして、エプロンを外すとカガリに渡した。

「今から練習をするよ」

「……はい?」

私はにっこりと笑みを浮かべた。

「弟子の後始末は、トイレの始末よりも難しい」

カガリは、ぽかんと口を開けていた。




「レラノイル港~。レラノイル港~」

ボーン……という汽笛と共に、私たちの乗っていた船は、無事にレラノイルに到着した。到着するや否や、ルシエル様は先にフロート城へと「転移」の魔術でお帰りになった。私は、暴走馬と共に、なるべく早く、フロート城に戻れるよう駆け出した。ちなみに服は、女装したままでは、あまりにも恥だと思い、すぐにレラノイルの街の服屋に入って、安いものを購入した。

何故、お金のなかった私が服を買えたのかというと、無賃だと思っていた私の靴底に、ヘソクリが隠されていたからだ。自分のヘソクリだというのに、その存在に気づかなかったとは、どこまで間抜けだったのだろう。

(ルシエル様……)

ルシエル様は、私が船酔いなのか二日酔いなのかで、眠っている間に、どこかへ転移していたとは思うのだが……なかなか、口を割らない。私がルシエル様に、勝てる訳もなく、仕方が無く問いただすことは諦めた。

 馬を走らせると、程なくしてフロートの城下町へと入った。そこまで来ると、私は馬を下りて手綱を引き、城門を潜った。そこで、会いたくない男、その一に出会うこととなる。

「カガリ……遅かったじゃねぇか」

「……ジンレート」

ジンレート。彼は、ルシエル様と同じ「神子」と呼ばれる魔術士。その、魔術士によって構成されている、フロートの誇る「レイアス」の隊長だった。ルシエル様の方が、術も力も全てが上なのに、何故かこの血の気の盛んな男が隊長をずっと勤めている。私を常に、虐げている男、フロート王こと「ザレス」と同じくらい、嫌いな人間だ。

「偏狭の地まで行って来たんだ。これくらい、時間はかかる」

ルシエル様から、「無駄な争いは避けるように」と、口をすっぱく言われている。その為私は、相手にしないように歩き出した。しかし、それを相手が許さない。

「陛下への報告は? ちゃんと、服従させてきたんだろうな? なんて言ったか? リルム村だったか?」

「……」

私は言葉に詰まった。結局、賊の受け入れをお願いしただけで、フロートの為になることは、何も出来ていないからだ。ブラウンのライオンの鬣のような頭の男は、私の胸倉をおもむろに掴んできた。

「……何の真似だ」

「どうせ、まともに仕事してねぇんだろ? 独房にでも、入るか?」

「入れたければ入れればいい。お前たちのような、汚い言葉を聞かなくとも済むのなら、それを自ら望む」

「なんだと?」

険悪なムードが流れる中、私とジンレートの間に、割って入る者が現れた。男は、私よりも頭ひとつ分背が高い、ブラウンの髪を腰辺りまで伸ばしている、海のような壮大な輝きを放つ青い瞳の男。

「……ルシエル様」

「何だ、ルシエル。今は取り込み中だ」

「えぇ、知っていますよ」

ルシエル様は、服を着替えられていた。海風の潮の香りもしない。シャワーでも浴びたのだろうか。

「カガリは、無駄足だったんですよ」

「無駄足?」

「……」

ルシエル様は、何を言っているのだろう。とりあえず、何か策があって今こうしてここに来て、言葉を紡いでいるはずなので、私は口車を合わせる為に、まずは様子を見た。

「リルム村。ちょっと、散歩に出かけたときに立ち寄ったんだよ。カガリが来る前だったようだよ」

「何故分かる」

「フロートに支配されていなかったからね」

「ほぅ……それで?」

ジンレートは、事の成り行きを聞くために、腕組みをした。それを見て、ルシエル様は後を続けた。

「勿論。偏狭の地とはいえ、リルム村もフロート領域だからね。フロートに協力するよう、圧制してきたよ」

(ルシエル様が……)

勿論、ルシエル様がそのようなことを実際にすることは無い。きっと、そういうことにするよう、説得してきたのだろう。船で、途中姿を消したのは、リルム村へ「転移」していたのかと、ようやく理解できた。

「それなら、カガリは何をしにリルム村へ行ったのか、わからねぇなぁ」

「……やけに素直な村人だと思ったら、ルシエル様のおかげだったんですね」

「おかげかどうかは分からないが……誰が落とそうが、結果オーライだろう? ジンレート様。国王陛下には、私から話しましょうか?」

「落としたのは、お前なんだろう? カガリ。相変わらずの役立たずぶりだな」

「……」

村を落とすなんて仕事、出来ないほうがいい。役立たずでいいと、こころから思った。それにしても、私はルシエル様に気の毒なことをしてしまったのではないかと、胸を痛めた。

「ルシエル。お前はカガリとは真逆だな。フロートに貢献して……何を狙っている?」

「何も? 私はただ、寝床が欲しいだけだよ」

くすっと笑みを浮かべると、ルシエル様は国王の居る玉座へと向かって歩いていかれた。私と二人で居ると、喧嘩ばかりになるため、ジンレートも程なくしてこの場を離れた。

(ルシエル様……)

私はまた、ルシエル様に助けられてしまった。ひとり、城門に取り残された私は、しばらくそこから夕日を見ていた。




「くたびれた……と」

「ルシエル様」

夜遅く。誰も廊下を出歩かなくなった時間を見て、私はルシエル様の部屋を訪れていた。ルシエル様は、白いシャツ姿になっている。

「ありがとうございました……その、リルム村のこと」

「落としたことにしないと、お前も、村人も困ったことになるからね?」

そのカラクリが使えるのは、やはりルシエル様だけであることも、痛いほど分かった。私が、良かれと思ってしてみても、それを補うだけの地位とお金がないと、成り得ない策だということだということを、私は気づいていなかったのだ。改めて、ルシエル様の強さを知った。

「カガリ。お前も疲れただろう? ゆっくりと眠りなさい」

「……でも」

「船で寝すぎたかい?」

「そういう訳では……」

ルシエル様は、布団の中にすでにもぐりこんでいらっしゃった。本当にくたびれている様子だ。

「ルシエル様。何か、お持ちしましょうか? ハーブティーなど、飲まれます?」

「女子力が上がったんじゃないか?」

「……ルシエル様」

「冗談だよ」

くすっと笑うと、ルシエル様は軽く咳をされた。その咳を聞いて、何だか胸がざわつくのを覚えた。

「風邪、ですか?」

「あぁ、これ? 癖だよ」

「……そう、ですか」

何故だろう。今はこのことに、触れてはいけない気がする。その為私は、窓を閉めるとすぐにこの部屋を去ろうとした。

「ルシエル様」

「なんだい? カガリ」

「……消えないでくださいね」

「……」

ルシエル様から、直ぐには答えは返ってこなかった。ただ、少し間をあけてから、ルシエル様は微笑みながら頷いた。

「勿論だよ。何を急に言い出すかと思ったら……」

「……だって」

「カガリ。今度は私とまた、酒を飲もう。酔いつぶれる前に、止めてあげるから」

「え……っ、あ、はい」

ルシエル様は、優しく微笑んだ。それを見てから、私はこの部屋の扉を閉じた。




「気づかれたかな」

嫌な咳だ、と……。私は、少しそれが気がかりになりながらも、眠りに吐いた。




 人生、一度は厄日がというものがある。


 カガリの厄日は、きっともう終わったのだろう。


 これからあの子は、幸せになる。


 勿論、試練ならばまだあるだろう。




 だが、私の厄日は……。




 これからが、私の戦いだ。




 こんにちは、小田虹里です。


 久しぶりに「カガリ」と「ルシエル」のコンビの話が書けて、とても嬉しいです。何より、今日は七夕。余裕があれば、七夕にまつわるお話も、何かアップできたらいいな……と、思っております。


 「カガリの厄日」だけでは、フロート王からお咎めは無かったのか。どうなのか、はっきりしないで終わってしまいました。その為、後日談としてつけ加え作品をアップすることにいたしました。


 今回は、タイトルこそ「カガリ」ですが、「ルシエル」が主人公になりました。


 カガリも「平和主義」ですが、ルシエルはもっと「平和主義」なのではないかと、思っております。こういう人物こそ、「世界最強」の名に相応しいと、私は思っています。


 力とは、誰かを助けるためにあるもので、傷つけるためのものではありません。


 ルシエルは、優しさゆえにそこまでの力を得ることが出来たのかもしれませんね。


 ルシエルが、「世界最強」になったその瞬間のエピソードなども、いずれは書いていけたら嬉しいです。




 季節ものでは、「クリスマス」のお話は、実はもう出来ていたりします。


 今度は……ちょっと未来の、革命後の話などを、アップできたらと考えております。




 次作でも、お会いできると嬉しいです。




 ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 後日談含めて良い話だと思いました。 ルシエル様がハイスペックですね。それと、二人とも認証は『私』何ですか?カガリさんとルシエル様って。 これからも益々の御健闘をお祈りしております。 [気…
2017/07/29 10:10 退会済み
管理
[良い点] 戦いのない世界を描くというのは難しいと思いますが、今後も頑張ってと二人を応援したくなるようなお話でした。 カガリとルシエルは本当にお互いを思いやれるペアですね。 [気になる点] とても素敵…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ