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California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP 3 ブロードウェイはバラ色に
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1話

 セントラルフィールドの三丁目の角に一台の車が止まっていた。ネズミの情事の喘ぎ声さえ聞こえるような静かな静かな夜だった。


「もう、ちゃんとライトで照らしてよダニエル! 地図が読めないじゃない」


「なぁ、もういいだろモリー。今日中に着かなくたって君の母さんが七面鳥をオーブンに送るのが少し遅くなるだけさ。それより、また昔みたいに車の中で……」


「もう、何言ってるのよ! あなたがあそこを右って言ったんでしょ!? 今そんなことやってる場合じゃないのよダニエル!」


「なぁ、いいだろモリー。ンー」


「や、め、てッ!」


「うっ!? ……」


「……ダニエル?」


「……」


「ちょっと、嘘でしょ。ダニエル? 冗談はやめて。そんなに強く押してないでしょ? 起きてダニエル。ダニエル、ダニエル! ……きゃあああ!!!」


 日本についてミランダが知っていることは実は多くない。例えば、日本にはサムライ、ニンジャと呼ばれるソルジャーとアサシンがいることは知っているけれど彼らは太平洋戦争では戦わなかったようだし、その存在の真偽については否定的だった。きっとユニバーサルのウッドペッカーや西部劇のガンマンのように象徴的なものなのだろう。80年代はビルを買い上げてテロリストに襲われてブルース・ウィリスに救われたり、マイケル・J・フォックスが日本産のパーツを絶賛したりするくらいお金持ちで優秀だったらしいし、ミランダのお気に入りのイチバンマーケットのCMソングを作ったのもアフリカに道路を敷いたのもゲームボーイを作ったのも日本人らしい。ナンバーワンになるよりも独創性でオンリーワンになるのが得意な民族らしいけど、戦争には負けたし、そもそも日本が今もあるのかどうかすら定かではない。でも母さんは日本に行ったことがあると言っていたし、ジャパニーズサムライソードアンブレラのお土産もある。だけど日本に行きたい? と尋ねられたらミランダはきっとこう答えるだろう。


「ノーサンキュー」


 詰まるところ、ミランダが好きな日本や日本人と言うのは、日本人が作ったモノや、おとぎ話に聞く、助長されたネバーランドとしての日本だった。






EP3 Ⅾungeon of the dead






 だから、今チャールズが再会を祝っている相手が日本語訛りの英語を話す日本人でもさほど感動はしなかった。


「やぁ、ミランダ。久しぶり」


「会えて嬉しいわ、ドクター」


 ドクター今川はチャールズの幼馴染だ。ミランダも幼い頃から彼を知っており、ゾンビ現象直後にドクターはサンフランシスコに引っ越した。彼はどこかギーク(オタク)っぽい印象だったから学生時代もきっとそうだったのだろう。派手で陽気なチャールズとは違う派閥(クリーク)だったことを想像するのは容易なのに、自分にはない兄の社会性に舌を巻くばかりだった。


「また背が伸びたかにゃ? ミランダ。兄はゴリラでもミランダは人間になったか」


「相変わらずの御機嫌(Good time)野郎だな」


 チャールズは旧友のジョークに苦笑して店内を見渡した。ドクターはカリフォルニアの日本人街で古物商と診療所とバーを同じ建物で開いており、あちこちにオリエンタルなアンティークが並んでいて、彼の奇抜なコレクションにミランダは目を回しそうだった。


「久々の再会で昔話で盛り上がりたいところだが、悪いが今日はビジネスの話をしに来た」


「んにゃ、金を貸してくれって話なら無理無理。今のお前らが質に入れられるものはインパラとハーレーしかない。それでも二束三文だにゃ」


「だがアシを質に入れろってのも無理な話だ。ドクター、お前にとって二〇〇〇ドル払う価値のある仕事ってどんなのだ?」


「マイケル・ジャクソンのゾンビがスリラーを踊ってる映像を撮ってきてくれたら一万ドルだって払うよ」


「冗談言うなよ。マイケル・ジャクソンのゾンビならクレストゲートパークのラジオDJが四年前に撃ち殺したろ?」


「んにゃ、でもタイガー・ワンチューローやサンディ・ヘプバーンなんかの遺体はまだ殺されてないかもしれない。ゾンビになることは人間が歴代で遂げてきた幾万もの変化の中で最も偉大なことの一つだろう。蘇生と保存を同時にやってのけた。ビートルズが本当にイエス・キリストよりも有名で偉大になる方法が一つある。それはあと二〇〇〇年、ゾンビとしてでもいいから語り草になり続けることだにゃ。故にゾンビにも希少価値のあるものとないものがある。ゾンビ化によって死は平等ではなくなり、生前の因果は死後まで持ち越されることになったのにゃ。ミランダ、フィレンツェに行ったことは?」


 ドクターはにやにやと笑いながら、訛りのある日本語でミランダに質問を投げた。黒い怪獣の着ぐるみを無心で見上げていたミランダははっと我に返りこう答えた。


「いえ、ないわ」


「んにゃ。じゃあ、君がフィレンツェに観光に行ったとして、そこに白くて曲がった小さな棒が飾られているのを見る。君はきっと感動しないだろう。しかしそれがガリレオ・ガリレイの指だと知ったら?」


「ガリレオ・ガリレイ?」


 ミランダはあまり高等な教育を受けてこなかった。生徒も教師も半分くらいがゾンビになってしまったから、幼い頃に教わったのは専らゾンビへの対抗手段としての銃器の扱いや死にそうな人間の見分け方くらいだった。


「知らないならガンジーの爪でもいいにゃ」


「ガンジー?」


「……。有名人のゾンビには他のゾンビと違った価値があるってことだにゃ。教養ある人間なら、きっとそういうゾンビのためなら何千ドルも何万ドルも払うはずだにゃ~」


 ドクターは化け猫のように耳まで口の端を広げてにんまりと笑った。

この世界の日本語訛りの英語は、猫語です。

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