4話
「ゼブ・キングストンと出会ったのは九八年の冬だった。お互いに『アルマゲドン』がいかにクソだったか語り合ってすぐに意気投合したよ。僕たちが大人になる頃にはブルース・ウィリスを死なせないでも小惑星を破壊できるようにしてやるってね」
基地を奪還した三人は、ジャバビルディングの屋上で星を眺めながらディナーの時間だ。幸いにもゾンビたちはバドワイザーに興味がなかったようだったから、基地に蓄えられていた赤い缶のビールがチャールズとベックマンを労った。バドワイザー基地からはまだ黒煙が上がっていた。あれだけの数のゾンビに襲われたあの場所を再び使うためには、殺し損ねたゾンビへのトドメと消毒のために火を放たなければならなかった。
「チャールズ、ミランダ。もし君たちさえよければ、投資の話の続きをさせてくれないか?」
「あぁ」
「二人とも見てみろよ。この星空。世界の外には宇宙がある。人間は石油や天然ガスやなんかに目が眩んで地球の地面に埋まってるばかり見ていて、その副産物のスモッグで空を曇らせてしまった。空の向こうには、また別の星の地面があるってことを忘れてしまうくらいね。きっとそこには未知がある。栄光がある。そして何よりロマンがある。文明を失って空が澄んだ今だからこそ、我々はもう一度宇宙に行くべきだ」
「あぁ」
「世界恐慌も宇宙開発も戦争も史上サイテーの大統領もクソッタレの保険制度も、良くも悪くも世界を牽引してきたのは星条旗だ。ユニオンジャックでもトリコロールでもスラブ三原色でもない。世界のリーダーは常に星条旗であるべきだ。それがゾンビに同胞や文明を奪われた今でもそうだ。これは傲慢じゃなくて、プライドなんだよ。この国のフロンティアスピリットは世界のどこよりも強く気高い。だからこそ! 宇宙に行くのは我々であるべきだ。チャールズ、ミランダ。改めてお願いする。僕が宇宙開発の分野において、世界を牽引する星条旗を牽引するバドワイザー基地を牽引するための資金を、どうか僕に!」
「もちろんだ!」
チャールズは叩きつけるようにして、現在のU.S.Zで唯一にして最高のロケットエンジニアの手を握った。
「切り詰めりゃ三日後までは飢えないってくらいまでならいくらでも出してやる」
ありがとう、と呟きながらベックマンは焦土と化した基地の周囲に視線を落とし、基地が襲われて以降初めて涙を流した。
「まぁ、飲めよベックマン」
メガネを外して泣きじゃくるベックマンにチャールズは今日何本目かわからないバドワイザーの缶を勧めた。ミランダはお酒を飲めるようになる日をいつもよりちょっぴり楽しみに思い、二十歳まで飲まないと誓ってしまった自分を呪った。
「ベックマァーン! そこにいるのかー!?」
ジャバビルディングの外で誰かが怒鳴り声を張り上げた。五十年は熟成されていそうな、脂肪のたっぷり詰まったような声だった。
「ゲイン氏?」
三人が鉄柵から身を乗り出して声の出どころを探すと、想像した通りでっぷりと太って口ヒゲを蓄えたいいスーツを着た老人が両手をメガホンのように構えて一人で立っていた。その横には彼が乗って来たであろうこのご時世に合わない、ピカピカに光る高級外国車が。どうやらベックマンの知人のようなのでミランダは銃をひっこめた。
「ベックマン! 無事だったか。基地がゾンビに襲われたと聞いて飛んできた。キングストンやソーサーも無事なのか?」
「……僕しか生き残れませんでした! 申し訳ありません! せっかくいただいた資金も設備も」
「なぁに、気にするな! お前一人でも生き残れたことは奇跡だ! 人間死んでなきゃなんでも出来るさ! 何が足りない? 資金か、人手か、それともバドワイザーか!?」
「資金も人手も足りません! でも、基地を救ってくれた通りすがりの英雄たちに振る舞ってしまったので、バドワイザーが足りませーん!」
チャールズは笑いながらゲイン氏にバドワイザーの缶を掲げて見せた。ゲイン氏は満足そうに笑いながら親指を立ててチャールズにサインを送った。
「バドワイザーは最高だからな! よぉーしわかった! 明日、ウチの若い衆と金と、百人の英雄に振る舞っても余るくらいのありったけのバドワイザーを運ばせよう!」
ミランダはベックマンに悟られないように兄の服の袖を引っ張り、「あの人は誰なの?」と耳打ちをした。
「バドワイザー社の社長だよ。知らないのか?」
バドワイザーで耳まで真っ赤に染まったチャールズの大声は隣にいたベックマン、外にいたゲイン氏にも届き、ミランダが耳打ちをした意味がなくなってしまった。
「ベックマン・シニアの時代から、僕達の一番古く、そして最大のスポンサー様だよ」
「はっはー、さてはお嬢さん、私を知らないな? 見たところまだ子供だな、私を知らないのも無理はない! だがお嬢さん! 二十歳になったら嫌でも私の顔を覚えるぞ。何故なら我が社のバドワイザーは君の大好物になり、私はバドワイザー社の社長で大金持ちだからさ! ベックマンを救ってくれてありがとう。心から感謝をするよ。お嬢さんも新しい事業を始める時は私に一声かけてくれ! この国は資本主義だからな!」
もう国なんてないのにね、とは言えなかった。彼の中では、まだ星条旗がはためいているのだ。
「オッサン! 俺もこいつらに投資することにしたんだ」
チャールズが声を張り上げた。
「That's tight! 君の名前は?」
「チャールズだ。チャールズ・ノーマン。こっちは妹のミランダ」
「チャールズにミランダ! 君たちも私と同じだろう? 星条旗の誇りと、そしてロマンを、こいつらに賭けてみたくなったんだろう!? 君たちもスポンサーとしてロケットに名前を書いてもらうといい!」
「是非そうするよ! オッサン、ガタイがいいからな、負債を取り立てる時は一緒に殴りこもうぜ!」
「そんな日が来る訳ないが、その時はそうしよう! おっとそろそろワイフが心配する頃だ。ではベックマン、また会おう!」
ゲイン氏はベックマンに敬礼を送って運転席に座り、クラクションを一度鳴らして荒野に去って行った。
「やれやれ、時代が変わっても金持ちは金持ちだな。あぁ、悪く言ってるんじゃない。気を悪くしないでくれ」
「こんな世界になっても、案外変わってないものなのかもね。時代も人も」
感慨深げにベックマンが呟き、ディスカバリーを模したライターでタバコに火を着け、胸いっぱいに煙を吸い込んでまた空を仰いだ。
「ん?」
「バドワイザーは最高ってことさ」