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California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP 2 空のバドワイザー
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2話

 チャールズとミランダの旅に今後必要なものはなんだろうか。彼らに尋ねれば、いや彼らを知っている全ての人が口を揃えてこう答えるはずだ。お金、と。ヴァレーオブザウインドの町にはまだ借金がたくさん残っているし、弾やガソリンも無料ではなかった。二十五セント硬貨がないとドライブインでダイエットコークを飲みながらスロットマシンで遊ぶことも出来ない。ゾンビによる北米大陸無法化からもう十年も経っていたので、元国民たちは物々交換から昔取った杵柄での貨幣を介したやりとりを再開させ始めていた。何故なら元資本主義国家であるから。……尤も、ヴァレーオブザウインドへの借金は、二人がディズニーランドに訪れる口実になるから重宝しているのだけれど。


「簡単な話だろ? 俺たちはお前たちのロケットに賭ける。お前たちは赤い羽根の代わりに鉄の塊を宇宙にブチ上げてくれ。その偉業を讃えた誰かがお前らに報奨金を出したり月の不動産を転がして出した利益の一部を俺に返してくれればいい」


「OK、チャールズ。これはボーイスカウトの募金じゃない。僕たちはソーセージやマシュマロを焼くためにあのロケットを作ったんじゃない。そう簡単な話じゃないんだよ。結果から言おう。僕たちは君の厚意にありったけの感謝の言葉を口にしながらノーサンキューと言う。何故なら……」


「なんでだよ!」


「あぁ、それを今から説明するんだ。まず一つ。僕たちのロケットはまだ見通しが悪い。失敗する確率の方がはるかに高くて、せっかくの厚意に応えられるまでの根拠と自信がない。そして二つ目。いいかい、気を悪くしないでくれ。見たところ君たちはあまり裕福じゃない。そして君たちは旅人だ。こんな不安定な投資で路銀を失い、可愛いミランダに厳しい旅を強要したくないんだ。僕は君たちとお金を介したトラブルを起こしたくない。せっかくの気のいい友人とせっかくの女の子なのに」


 ミランダは兄の横顔を見つめた。自分を断る理由にされたようでちょっぴり嫌だったが、それはミランダもバドワイザー基地に出資したいと言う気持ちが少なからずあったからだった。彼らは地球で最後かもしれないトゥインキーを献上してくれた素晴らしいヤツらだったし、本当に月に行くまで諦めないような熱量を感じていたから、ミランダはその紳士的な行動とスピリットに既に敬意を抱き始めていた。申し出を断られた兄はベックマンの説得が腑に落ちてはいないようだったが、返すのに適した言葉が見つからず、タバコを灰皿に押し付けただけだった。


「厚意と友情だけいただくよ。僕たちの行動が明日どうなるかわからない旅人の心まで突き動かせるものだったなんて知ったらきっとベックマン・シニアも誇りに思うだろう」

「……きっとお前らみたいなヤツらは国中にいるんだろうな。まっさらになったこの国で、ゾンビの襲撃を躱しながらそれまでに培ってきたテクノロジーをもう一度蘇らせようっていうお見事なヤツらはさ。きっとまた星条旗はリーダーになれる」


 それは不器用なチャールズによる最大級の賛辞のつもりだった。


「あぁ。この国は滅びたんじゃない。試練を迎えただけだ。技術者も投資家も政治家も作家もいなくなってやしない。この国の性格は変わってやしないよ。いつでも自分たちがイチバァーン!! じゃなきゃいけない、勇敢でハングリーな性格はね。さぁ、乾杯しよう。この素晴らしい出会いを祝したい。さっきタトゥイーンカフェのセラーにあった二〇〇三年産のワインをチャールズと飲もうって話をしてたんだ。もうすぐ店のゴーグル親父が届けてくれるはずだ。ゼブ、倉庫にまだクラッカーが残ってただろう? 門でゴーグル親父を待って、ワインを受け取るついでにクラッカーも持ってきてくれ」


 ベックマンはすこし重く冷たくなった空気を振り払うように声を高くして、窓から暗くなった灰の道の先に目を凝らした。


「噂をすれば何とやら。あれはゴーグル親父のジープのヘッドライトだ」


「二〇〇三年か。その年は確か生まれて初めてR指定の映画を映画館で見た歳だ。『キル・ビル Vol.1』。ミランダは?」


「シャーリーが死んだ年だわ」


「あのニンジンしか食べなかった子か? 亡くなってたとは……」


「天国でシャーリーがお腹一杯ニンジンを食べていることを祈るわ」


 ミランダがグラスを掲げると兄とベックマンもそれに倣った。しかし不意に襲ってきた衝撃と爆音が彼らの献杯の邪魔をした。


「大丈夫かミランダ!」


「なんとかね」


 ゴーグル親父のジープはどうやら門の前で一時停止せずに、全てを薙ぎ払ってディナーの行われていた部屋に突っ込んできたらしい。クラッカーを取りに行ったついでに親父の車に向かっていたゼブは哀れ、下半身がミンチになりジープの鼻っ先に上半身だけを乗せて戻ってくる羽目になった。チャールズとミランダは幸いにもかすり傷ひとつなかったが、ベックマンは衝撃で頭を打ってしまったのか力なくノビてしまっている。


「脈はある。ベックマン、ベックマン!」


 チャールズがベックマンの頬の何度も叩くがバドワイザー基地のリーダーは目を覚まさない。


「兄さん伏せて!」


 ミランダは銃の安全装置を外し、ジープの先のぶら下がっているゼブの頭に狙いを定めた。既に死んでいなければならない重傷を負ったはずの彼の手がヘタクソなマリオネットのように震えながら伸び、口からドス黒い血を吐き始めていたからだ。


「おいおいマジかよ!! 撃て!」


「言われなくても」


 金属加工の知識が豊富だった優秀なゼブ・キングストンの脳ミソに鉛が撃ち込まれ、彼は数分の間に二度死んだ。


「ウソだろゴーグル親父。アンタのつまらないジョークは嫌いじゃなかったぜ」


 兄妹はジープのシートで歯を剥き出しているゾンビのゴーグルに見覚えがあった。ゴーグル親父が道しるべにしてきた灰の道を辿ってくる夥しい数のゾンビが彼をそんな姿にした事実はコーラを飲んだらゲップが出るってくらいに確実だった。


「この数は今はだ。逃げるぞミランダ! こいつを死なすな!」


 チャールズはベックマンを担ぎ上げ、手を振って銃を構える妹に合図を送った。


「そうした方がよさそうね」


 兄と兄が賭けるに値すると判断した男の通る道を拓くためにテーブルクロスをくれたゴーグル親父の頭を吹っ飛ばし、周囲を確認しながら兄の車に向かう。既に灰の道がある東側は軍隊蟻のようなゾンビの群れに蹂躙されていた。

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