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California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP 1 風の谷のナタリア
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3話

 ヴァレーオブザウインドの住民たちは一人残らずイチバンマーケットの屋上に避難し、ゾンビから町をたった二人で守る旅人の兄妹を援護すべく火炎ビンやブロック塊を持ち込んでいた。しかし、ゾンビの群れの先頭の一人が、兄妹の待ち構えるメインストリートに侵入した瞬間、彼らはメインストリートでの惨劇から目を背けた。


「ようこそヴァレーオブザウインドへ。アンタが一番のりだ」


 スコット・ウィンスレットは腕のいい医者だった。カリフォルニアの田舎町の町医者で誰からも好かれる人柄で下校中の子供たちはスコットとすれ違う時には必ず「こんにちは、ドクター・ウィンスレット!」とあいさつをした。運送屋のビクターがゾンビウィルスを持ち込んだとき、ビクターの傷の治療をしたスコットは縫合針で指の先を突き、そこからウィルスに感染してゾンビとしての新しい人生を腐った足でノロノロと歩むことになった。


「まず一人」


 スコット・ウィンスレット(享年48歳 ゾンビ年齢10歳)。ヴァレーオブザウインドのメインストリートでチャールズ・ディーン・ノーマンのクギバットに頭を吹っ飛ばされてゾンビ人生を終える。


「このシーズンのチャールズ・ノーマンを食ってみようって輩はいねぇか!? 昨日のディナーでまるまる太ってるぞ!」


 チャールズの怒声に引きつけられた元ケビン・ウッドコムは若く正義感の強い警官だった。故郷の町がゾンビに蹂躙され誇りだったバッジがただのスクラップになってからも率先して弱者を守り、故郷を守るために数年にわたってゾンビと戦い続けた英雄だったが故郷を捨てきれなかったことと協力者の少なさから足首をゾンビに噛まれ一度目の生涯を終える。享年32歳(ゾンビ年齢7歳)。チャールズ・ディーン・ノーマンの振ったバットが直撃した頭部は一流のクォーターバックのショートパスのように宙を舞ったがレシーバーがいなかったので地面を転々とした。

 カリー・カルーソはおいしいカフェの看板娘。ロレイン・ハミルトンは銀行員にしてはおしゃれが好きで銀行の待合室の人々の心の安らぎだった。チャン・リューはアジアンビューティーで彼女が街を歩くと男たちは口笛を吹いた。アマンダ・レイノルズは容姿にコンプレックスを持っていたが彼女の幼馴染たちは大人になってからも彼女を励まし続けてくれた。もちろん、ゾンビになってからも彼女たちは一緒に人間ランチを食べた。それぞれ享年24歳(ゾンビ年齢2年)。ミランダ・レイチェル・ノーマンがラジコンカーに載せたお手製の爆弾は彼女たちを永遠に離れ離れにした。

 ミランダは真っ黒な傘をさしてゾンビの血肉から自分の体をかばった。真っ黒な傘はミランダのお気に入りだった。その昔、母のアビゲイルが東にあるジャパンという国の京都(キョート)というクラシックで美しい町のお土産屋に売られていたのを十二ドルで買ったその傘は、握りにジャパニーズサムライソードの模様が施され、光を当てると黒と白のコントラストが美しい菱形がきらきらと輝いた。化学繊維で織られた黒いアンブレラホルダーには肩紐がついており、雨が降らない日でもミランダはジャパニーズサムライソードアンブレラを背負って学校に通っていた。男子たちは「とてもクールだ」と褒めてくれたが女子受けは非常に悪かった。そのミランダのお気に入りの傘にドス黒い血の雨が降り注ぎ、ゾンビの骨片があたるとパタパタと嫌な音を立てた。どうせ後でシャワーを浴びるのにとチャールズが苦笑してもミランダはゾンビの血で汚れるのが嫌だった。本当の潔癖症だから。

 ジョセフ・アルバラデホは家具デザイナー。新婚の夫婦はジョセフの店でお互いのセンスを確かめ合った。ライナスとエイプリルのスペイシー夫妻もアルバラデホの店に訪れた夫婦の一組だった。もちろん、一人息子のリトル・ジョンとライナス・シニアも。それぞれ享年61歳(ゾンビ年齢8歳)、30歳(ゾンビ年齢8歳)、27歳(ゾンビ年齢8歳)、7歳(ゾンビ年齢8歳)、59歳(ゾンビ年齢8歳)。カートリッジが空になるまでチャールズは銃に火を吹かせ続けた。


「チャールズさん、ゾンビが!」


 ナタリアが声を張り上げた。裏通りを通ってきたおかげでメインストリートでノーマン兄妹の迎撃の憂き目に遭わなかったゾンビが四人ほどイチバンマーケットの正面玄関のガラスに張り付いていた。ナタリアももう「殺さないで!」とは言わずにブロック塊を投げているがゾンビには当たらなかった。


「ミランダ! ピアノを落とせ!」


 兄の声を受けてミランダはイチバンマーケットのMの字を撃ち抜いた。Mの字からぶら下がっていたワイヤーは軋んだ音を立てて金具が弾け飛び、重力に従ったグランドピアノがゾンビたちの上に落下した。


「お前はもう、死んでいる」


 グランドピアノの難を逃れた一人の眉間に銃弾を撃ち込む。


「よくやったぜミランダ! 今日のお前はオンラインだったらハイスコアだ」


 コーヴ・トーゴ(享年19歳、ゾンビ年齢1歳)に止めを刺し、ノーマン兄妹は約五十人のゾンビを殲滅してヴァレーオブザウインドの町はゾンビ化から免れた。




 〇




「ミランダ、あなたとても強いのね」


「ゾンビが弱すぎるだけでしょ? わかってれば誰でも出来ます。ナタリアさんでも誰でも」


 ヴァレーオブザウインドの人間は総出でマスクやバンダナで呼吸器を覆い、ありったけの消毒薬で汚物を消毒してゾンビ迎撃の後始末をしていた。尖った骨片で体を傷つけないようにスケートに出かけるような厚着をしてゾンビの破片をかき集め、灯油をかけて火葬した。ミランダもジャパニーズサムライソードアンブレラにキスできるくらいアルコールで入念に消毒洗浄し、サイドカーに載せて乾かしながらパラソル代わりにしてナタリアが譲ってくれたジンジャーエールを飲んだ。


「あなたたちはいつもこんなことをしながら旅をしているの?」


「こんなことって?」


「こうやって……ゾンビを殺したり」


「ええ。気を悪くしないで。ナタリアさんはこの歳までゾンビを見たことがなかったんじゃないの?」


「ええ」


「ものすごく弱かったでしょ? ゾンビの頭をカチ割るよりココナッツの殻を割る方がよっぽど難しいわ。ゾンビたちは大人も子供もおねーさんも囚人も大統領もみんな平等で、好きな時に好きなことをしていても咎められないしいつでもみんな一緒。弱くて腐ってて気持ち悪いけど彼らが平和かどうかで言ったら、ゾンビの方が人間なんかよりずっと平和で寛容で平等な存在なんです。誰が始めようと言わなくても自然にね。ゾンビたちにディズニーランドはいらないわ。ゾンビのいるところはどこだって、ゾンビたちの理想郷ゾンビランドなんだから」


「そう……」


「でも、そんなのスリルがなくて全然楽しくないしありがたくない平和でしょう? いつでも行けるわけじゃないんだからいいんじゃない。っていうことで、わたしはあなたのことが嫌いだったけど、今はそうでもないみたい。ゾンビを殺して気分がスッとしてるからかもしれないけど。ツケを払いにまた来ます。その時は歓迎してくれる?」


「平和ボケしたディズニーランドでよければ」


「兄さんもきっと喜ぶわ」


 ミランダは思い出していた。大昔、母と手を繋いでカリフォルニアのディズニーランドに行った楽しい記憶を。少しずつ大人になるたびにディズニーランドは幼稚な子供の遊び場とバカにするようになっていったが、小さいころはミニーマウスが大好きだったことも。

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