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California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP 1 風の谷のナタリア
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1話

 ミランダ・レイチェル・ノーマンは激怒した。ミランダはヘタクソのやるカラオケや刺激の強い目薬よりも、ヒトゲッティミートソースを貪るゾンビが大嫌いだった。ゾンビに家族を殺された恨みはないが、ゾンビ共が青白い肌とドス黒い血と崩れた歯並びと個性のない呻き声で人を襲い皮膚を噛みちぎって内臓を食う、最近では珍しくない風景はいつもミランダを不快にさせ、そのたびにミランダは歳の離れた兄、チャールズ・ディーン・ノーマンと二人でゾンビの頭に銃弾を撃ち込んだ。銃弾は使い捨てなので、ゾンビを見れば見るほどほど荷物は軽くなった。ゾンビが這いずり回る荒野で母を探しながら何日もバイクで駆けまわる旅で食料と衣類と武器にゆとりがないことは旅人達を不安にさせた。生まれ故郷のオレンジを出発して三日目、二人は海岸沿いにヴァレーオブザウインドという小さな町を見つけ、なんでも揃うと謳った看板を掲げたショッピングモール、イチバンマーケットに入った。ゾンビが現れるようになる前からイチバンマーケットはイチバンマーケットだったようで、前時代から受け継がれた食料、衣類、家電などの商品が良心的な価格で売られていた。値札にゼロが一つ多い、銃器の類を除いて。


「お二人はなんのために銃弾を使うんだい?」


 大昔に流行ったロックバンドのヴォーカリストが好んだ丸メガネをかけている百貨店の店員は、僧侶のような口調で二人に語りかけた。


「自衛のためにゾンビを殺すため」


 ミランダの兄、チャールズはイラ立って答えた。ウソは言っていない。チャールズとミランダはハイウェイでゾンビを見かけて引き金を引いたり爆弾を投げたり、或いはタイヤでゾンビを轢いて駆け抜ける時「襲われる!」と宣言して正当防衛を成立させてから殺していた。それにチャールズは咄嗟に聞こえのいいウソをつけるほど賢い頭脳を持っていなかったし、どちらかと言えばその場を躱せるウソをつくより、真実を語ってその場をブチ破る方が楽だと思っていた。


「OK。ディズニーランドが平和なのはなんでだと思う? テロリストが核を弄ばないからか? それとも社会福祉が充実してるから? ゾンビが人間を襲わないからか? 違うな。誰一人として恨みを持っていないからだ。常に隣人を赦して愛しているからさ。そこに銃はいらない。愛すべき者しかいない世界じゃ銃口を向ける相手がいないからだ」


 いよいよ説教じみてきた店員にチャールズは舌打ちした。店員の平和ボケに胸のうちで燻る激しイラ立ちは、兄が代弁してくれるだろうと言葉を飲み込み、先週のヒットチャートのランキングを上から数えて気持ちを落ち着かせた。


「なんでも置いてるイチバンマーケットって表のあの看板に偽りなしだな。ここはヤクも売ってるのか? アンタ随分と幸せそうだもんな。だが俺たちがアンタに売れって言ってんのはヤクじゃなくて弾薬(ダンヤク)だ。ゾンビだろうと愛せるアンタなら使い道がないだろうさ。ゾンビにも得意に説教をしてやれよ。汝の敵を愛せってな。そうしたらきっとヤツらはこう言うぜ。うぉー、あぁおー。きっとアンタのパンと葡萄酒に喜んで群がるぜ。俺たち? 俺たちは信心深くもないからそんなのはご免だ。それにディズニーランドはアンタが思ってるほどいいところじゃないぜ? 例えば物価はスイスより高い。そこはこの町も同じだな。五十発で一二〇ドル? 子供たちには理想郷でも財布のヒモを握ってる親とっては地獄だぜ」


 チャールズが啖呵を切ると店員は呆れたようにため息を吐いた。


「このヴァレーオブザウインドから始まる北米大陸ディズニーランド化への投資さ。銃弾一発でも平和に貢献できると思えば安いもんだろ?」


「そういうデタラメな投資話に乗ったやつが多いからリーマンショックが起こったんだぜ」


「妹さんもそう思うのかい?」


 ディズニーランドは平和な国だし、誰もが誰もを愛し許せる国は理想郷だという店員の意見はあながち間違いでもないが、物価が高すぎる国はいずれ暴動が起きて平和ではなくなるだろうとミランダは思っていた。ついでにこれを言うと店員と兄、両方をイラ立たせるとも。


「いやミランダ。お前の言いたいことはわかってる。お前はこう言いたいんだろ? クソ食らえ。二度と来ねぇよこんな店、だろ?」


 チャールズは一〇〇ドル札を叩きつけ、食料と衣類だけを載せたカートを押す。


「何か揉め事ですか?」


 若い女性がチャールズを引き留めた。サラサラの流れるようなブロンド、サロンのポスターに出来そうな程健康的な日焼けをして青いワンピースを着た、女神のように美しい女性だった。






EP1 Princess of California






 彼女はミランダよりは年上だがチャールズよりは若そうだ。ありがたさ過多にも思える聖母のような微笑みを見た店員の表情が、間違った聖杯の水を飲んだ『インディ・ジョーンズ』の悪役みたいにとろけた。


「いやナタリア。何も問題ないよ」


「そう。旅のお方?」


 ナタリアと呼ばれた女性はミランダに笑みを向け言葉を待つ。


「オレンジから」


「まぁ! お兄さんと二人で?」


「ええ」


「何か困ったことはありません? このヴァレーオブザウインドの町に出来ることは?」


「今夜の寝床がまだ決まってないの」


「まぁ! なら是非今夜はわたしの家に泊って行って! 旅のお話を聞かせてほしいわ」


「お言葉に甘えさせてもらいます」


「ふふ、楽しみね」


 また笑みを浮かべ、ナタリアは麦畑に向かって歩いて行った。金色のさざ波の上に青い衣を着た聖女が踊っているようだった。


「……兄さん、あの人タイプでしょ?」


「なんだ藪から棒に」


「急に無口になったから」

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