2話
ドクターの住んでいる安全なサンフランシスコから自動車で二時間ほどのセントラルフィールドは、かつては賑やかで多くの人が住む町だったという。なんといってもランドマークはセントラルフィールドブロードウェイ。このビルは食品や衣類といった普通のお店よりもアニメーションやコミックス、B級映画やジャンク屋、フィギュア、モデルガン、ゲームセンター、ミリタリーショップなんかの専門店が多く集合したサブカルチャー好きなギークやゴスにはたまらないショッピングセンターだった。しかし建物が密着していて道幅が狭かったり入り組んでいたりしていて避難が困難だったこと、優秀なゾンビキラーの出現が遅かったことが災いし、ゾンビの数が人口を上回るのが比較的早い町でもあった。
『アメイジング・ニンジャ』で北米大陸中のギークと子供を熱狂させた日本出身のコミックライターのガク・シマムラは晩年をこの町で過ごし、遺体は彼が愛したセントラルフィールドの墓地に埋葬された。『アメイジング・ニンジャ』のアニメーションの再放送はミランダも観たことがあったし、彼女がまだ見ぬ極東の国に関するイメージを膨らませるきっかけを作ったのも『アメイジング・ニンジャ』だった。しかしまだティーンエイジャーにもなっていないミランダがその『アメイジング・ニンジャ』を描いているコミックライターのことまで考えたり調べたりすることはなかった。彼女は知らなかったが、十年前のガク・シマムラは北米大陸で最も有名な日本人の一人だった。
「ガク・シマムラ」
チャールズは偉大なコミックライターの墓を暴くのに邪魔だったセントラルフィールド出身のエアロビクスインストラクター、キャメロン・バーバンスキー(享年27歳、ゾンビ年齢10歳)の頭をシャベルで思い切り殴って頭を吹っ飛ばした後遺体を蹴り飛ばし、日本流の謝罪である合掌と一礼をしてからガク・シマムラの墓にシャベルを突き立てた。
「土が固いな」
「そりゃラッキーだにゃ。ガク・シマムラは蘇ってない可能性がちょっぴり上がったにゃ」
ドクターはケラケラと笑った。セントラルフィールド墓地にある多くの墓標の前には大きな穴がセットで開いている。埋葬された故人が棺の中で蘇ってもう一度シャバの空気を吸ったか、もしくかゾンビが新鮮な遺体を求めて土を掘り起こしたからだ。土が固く、穴もないガク・シマムラの墓はそのどちらでもないようだ。
「久々の再会でまさか墓荒らしをやらされるとはな」
土をかきだしながらチャールズがぼやいた。
「ボクは『アメイジング・ニンジャ』が大好きだったんだにゃ。ファンとしてあの最高にクールでエクストリームな作品をいつも一番近く一番早く見て、それを描いた黄金の右手を欲しいと思うのはファンとして当たり前のことだにゃ。同じ日本人として誇らしい。んにゃ、ミランダ、あそこにゾンビが」
「OKドクター」
ハンティングが趣味だったバージル・コールドウェル(享年58歳、ゾンビ年齢9歳)はハンティング中に友人が誤射した不意の弾を頭に食らって一度目の生涯を終え、二度目の生涯はミランダの明確な殺意の弾丸を頭に受けてコンテニュー不可となった。
「なら、日本に戻って日本のコミックライターでもポルノ女優の墓でも暴けよ」
「ボクが日本に行ったことないの知ってるだろう? 残念ながら日本は故人を燃やして灰にしちゃう文化、つまり火葬の国なんだにゃ。宗教の違いで復活を信じていない国だからね。そういう文化だから日本で死んだ者はゾンビになれないんだにゃ。故に、遠い国で生涯を全うして火葬ではなく埋葬されたガク・シマムラのような日本人は貴重なんだにゃ」
「じゃあ日本には復活祭はないの?」
「オボン、っていう行事があるにゃ。オセンコウを焚いて、野菜に棒を刺して送り迎えの乗り物にしてもらって、夏になると少しの間ご先祖様の霊に帰ってきてもらうんだにゃ。この時ばかりは、ワーカホリックの日本人も休暇を取ってご先祖様おもてなしするんだにゃ。日本は特定の宗教を持たない国だから、修行を積むといい生き物に生まれ変わることが出来ると信じている人もいるんだにゃ」
「霊って、つまりゴースト?」
「そうなるにゃ」
「クール! 兄さん、日本にはゾンビの代わりにゴーストがいるのよ!」
「んにゃ、ミランダは相変わらず日本の話が好きだにゃあ」
「母さんが見つかったら一緒に行きたい国ナンバーワンになったかも」
「んにゃ、いいところだにゃ。火葬だからゾンビもいない」
「サムライとニンジャは?」
「残念ながらサムライもニンジャももういないにゃ。でも、いると言ったらいるにゃ。サムライとニンジャは日本でも人気のあるキャラクターだから、フィクションの中で美化されたり装飾されたりして、サムライとニンジャというキャラクターは生き続けているにゃ。金になるってわかった以上日本人はサムライとニンジャを量産しまくったにゃ。しかし、言ったとおり真のサムライとニンジャはもういないにゃ。ガッカリしたかにゃ?」
「少しね」
「日本はまるで粘土みたいな国だにゃ。多文化に対して寛容でどんな変化も受け入れてどんな形にでもなる国にゃ。海外から見たら日本はサムライとニンジャのオリエンタルでトラディショナルでファンタジックな国のイメージが強いかもしれにゃいけど、日本は欧米に憧れる節があるから世界でも最新鋭の町もあれば、古い時代を残そうとしているミランダのイメージ通りの町もある。言うなれば国全体が万博みたいな国なんだにゃ。どうだいミランダ。行ってみたいと思うにゃ?」
「最高ね。ねぇドクター。イチバンマーケットのCMソングを作ったのが日本のコメディアンだっていうのは本当?」
「それは”おぉたむず”ってお笑いユニットだにゃ。じゃあミランダ、これは知ってるかにゃ? あ、ミランダ、あそこ」
「OK」
ロマン・レイノルズ(享年19歳、ゾンビ年齢9歳)はトム・シーンの墓を荒らしていたがあまりにも不躾なのでミランダはお叱りの一発を食らわせてやった。
「イチバンマーケットの創設者のヒゲ社長も日本人だにゃ」
「お前ら、随分と楽しそうじゃねぇか」
ガク・シマムラの棺まで辿り着いたチャールズはタオルで汗を拭い、ガク・シマムラの墓石でマッチを擦ってタバコに火を点け、こっちに向かってくるモクスリー大学きっての俊足だったライナス・ジョプトンソン(享年20歳、ゾンビ年齢7歳)の頭を使ってシャベル野球でのバッティング練習をした。残念。これではキャッチャーゴロにしかならないだろう。一服してから彼はまだ一人で穴を掘る。
「全く、自分でやれって話だぜ」
「ボク一人でゾンビを牽制しながら墓荒らしなんて出来ないし、尊敬するガク・シマムラの墓を暴くなんて出来ないにゃ」
「俺だったらいいのかよ」
「二〇〇〇ドルと思ったら安いもんにゃ。それに、ボクは本当にお前たちのゾンビ殺しの腕を買ってるのにゃ。お前たちみたいな優秀なゾンビ殺しがいたらきっとセントラルフィールドはこんな町にならなかったにゃ」
チャールズの掘った穴の底からカツンという固い物同士がぶつかる音がした。
「……ドクター、いい知らせと悪い知らせがある」
「どっちから先でもいいにゃ」
「まず、いい知らせはなんとかガク・シマムラの棺に辿り着いた」
「んにゃ」
「悪い知らせは中が空ってことだ」
「今年一番のバッドニュースだにゃ。それは二〇〇〇ドルが逃げて行ったお前たちにとってもそうだろう」
ドクターは空の棺の中を伺うために穴を入ったが、ミランダは周囲のゾンビを警戒しなければならないのでその場で待機しなければならなかった。
「んにゃ、内部で随分暴れた跡があるにゃ。きっとガク・シマムラは棺の中でゾンビとして蘇り、外に這い出たんだにゃ。ヤツらは共食いしないから、他のゾンビに食われたんじゃないことは確かだにゃ」
「でも土が固かったぞ」
「ガク・シマムラが死んだのは十一年前にゃ。きっとゾンビ現象が始まった十年前にすぐにシャバに出て、その後長い年月をかけて穴が埋まって土が固まったんだと信じたいにゃ。幸いにもゾンビは共食いをしないし、この町にゾンビ殺しは少なかった。どっかを彷徨ってる可能性に賭けたいのは、二〇〇〇ドルがかかってるお前たちも同じだろうにゃ」
「ドクター、心当たりはある?」
「セントラルフィールドブロードウェイ。あそこはゾンビの溜まり場にゃ。それにガク・シマムラの生前のお気に入りの場所でもある」
「探してみる価値はある、か。ドクター、ガク・シマムラの特徴……。つってもゾンビじゃ肌の色でも区別はつかないか」
「それがあるんだにゃ。ガク・シマムラは郷に入っては郷に従えでコッチ流の葬られ方をしたが、日本の死に装束という白い和服を着てるのにゃ。さらにニンジャのタトゥー。血で汚れていても特徴的な服だから、わかりやすいとは思うが……。頑張って探してくれにゃ」
「まさかドクター、お前セントラルフィールドブロードウェイでのガク・シマムラ探しはしない気か?」
「よしてほしいにゃ。僕はワイフの美鈴ちゃんもいる身にゃ」
「よぉーし、それじゃ美鈴ちゃんにも土産持って帰ってやんなきゃな。それにケガしたときはお前の応急手当は役に立つ」
「ゾンビにケガさせられたら打つ手なしだにゃ。それにお前らは腕利きのゾンビ殺しじゃにゃいか」
「この町にイチバンマーケットはあるか?」
「あるけど、もう廃墟だにゃ」
「あるならOK。ゾンビ殺しの用意だ」





