少年と少女
むかしのとあるところ
水と空気の綺麗な田舎に
同い年の少年と少女が住んでいました。
少年はちょっと貧しいお家の子でした。
少女は実家がお医者さんでちょっと裕福な家の子でした。しかし、そんなこと関係ありません。
夕方になると近所の同じくらいの年の子供たちが
柿の木の下に集まってきて
陣取りやだるまさんが転んだ、ごっこ遊び
賑やかに笑いながら日が暮れるまで遊びます。
お互いにどこの家の子供でなんという名前かということが分かっているだけで年齢も性別も関係なく輪に入れるのです。
少年と少女もその輪の中で遊ぶひとりで
互いに同い年だということは、知っていましたが
直接話すことはない、そんな遠からず近からずの関係でした。
ある日少女は、家族と喧嘩をしてしまいます。
末っ子の少女は、負けん気が強くちょっとしたことで腹を立てては、よく家を飛び出していました。
その日は、雲行きが悪く柿の木の下に行っても誰も着ていないかも知れないと思いながら行く宛もないので少女はとぼとぼと向かうと、いつも同じ輪にいる同い年の少年がひとり佇んでいました。
正直、少女は少年のことが苦手でした。勝ち気な少女とは違い少年は、明るく笑いながらも自分の意見はあまり言わない大人しい子供だったからです。
軽く言葉を交わしたあと二人で柿の木の下にたたずみながら、他に子供が来るのを待ちます。
二人の間に会話が流れることはなく、そのうち雲行きが怪しかったのがさらに悪くなり、黒い雲が流れてきてとうとう雨がぽつぽつと降りだしてきました。
少女はため息をつきました。
西の空は明るいのでしばらくすれば雨は、止むだろうと仕方がなく、どんよりとした気分で木の幹の雨が弱いところに身を近づけて凌いでいると少女のお腹がぐーと鳴りました。
家族と喧嘩をしてお昼ご飯を食べてなかったのです。少女は、恥ずかしさから顔を赤く染めて俯向きました。
(お腹がなるのは仕方がない。せめてあの柿をとって食べたいけれど私はチビだからどどかないもの。)
と必死に考えをなだめていると
ずっと喋らなかった少年が
「ワシが柿をとってやろう」
と立ち上がり、幹に足をかけ身軽に登り
ほいっと少女の上に柿をひとつ落とします。
少女が手で受けとったのを確認すると、自分も身近な柿をひとつもぎまた降りてきました。
小雨のなか二人で柿を食べます。
少年が時折
「ここの柿は甘くて美味しいなぁ」
などと言いますが少女はなにも言い返すことが出来ませんでした。
柿を食べ終わる頃には雨が止み
少女は、少年と気まずい時間を過ごすよりは素直に謝りに行こうと家に帰ることにしました。
帰ろうとしたときに、少年がまた口をひらきます。
「うちの親がもうすぐリコンするかもしん。そしたらここに来れんくなるなぁ。」
と言った少年を、少女はリコンという言葉が分からずにポカンと見返します。少年は少し困ったように笑って踵を返し帰って行きました。少女は、少年の背中を不思議そうに見つめ続けました。
それから、
少年は柿の木の下の輪に姿を見せなくなりました。
数日後、少年の母が、子供を連れて家を出ていったという噂が広まります。少年の母を悪くいう大人たちの話を聞きながら、少女は少年の後ろ姿を思い浮かべました。
柿の成る季節になると
柿の木を見上げながら少女は少年のことを思い浮かべました。
あれからまた噂が流れて、少年は親に連れられ満州に移民にいったらしいということを知りました。
同じ木の下で柿を食べたことが嘘みたいに少年が遠い存在になったように思いながら、少女は葉の隙間から見える空を見上げます。
少女は、村の学校を一等の成績で卒業しました。
親も喜んでさらに上の女学校に入れることになり、少女は初めて村を出ました。
戦争が終ったばかりで荒れたところはあれど、水と空気が綺麗なことぐらいしかない、なにもないような田舎で育った少女にとって街はとても驚くことばかりで少女は新しい生活を満喫していました。
そんなある日、村の近況を知らせる手紙で満州に行き生きて帰っては来られないだろうと言われていた少年が帰ったという話を知りました。戦争が終った頃、自分の村から開拓に行った組は、ほぼ全滅したらしいという話を聞いたので少女は、少年が帰ってきたことを知りとても驚きました。また懐かしく思い会いたくなったので、休みを利用して村に里帰りをすることにしました。
しかし、少女が村に帰ったところ
少年は、仕事を探して別の地方に行ったあとだと知り少しがっかりしたのでした。それでも、少年が生きて帰ってこれたこと少女は安心したのでした。
少女は女学校に戻り立派に卒業しました。
田舎の村に帰ることは、せずに町で働くことにしました。家族は心配したのですが、末っ子負けん気属性を発揮し、次々と持ってくる縁談をはね除け気がつけば26歳、当時では立派な行き遅れと言われる年齢になってしまったのでした。
仕事も好きだったこともあり
もはやこのまま行き遅れてもいいと開き直っていた頃、駄目押しとばかりにお見合いの話がきました。
田舎の農家なんかに絶対嫁ぐものかと思っていた少女でしたが、釣書を見て驚きます。少し緊張した面持ちで写っているスーツをきた青年は、どこかあの柿の木の下で会った少年の面影があったのです。
しかも、キリッとした眉に少し堀の深い顔、すらりとした大きな目と真面目そうに結ばれた口、田舎の農家ということを差し引いてもかなりのいい男。少女の好みどんぴしゃでは、ありませんか。
取り合えず仕方がなくと受けたお見合いは、養子に早く嫁が欲しい先方と行き遅れ気味の娘を早く嫁がせたい親とで双方意見が一致しとんとん拍子に進み気がつけば二人は結婚することになっていました。
勝ち気な性格のお嫁さんと大人しいまじめな旦那さんと端から見れば典型的な嬶天下でしたが
一応、少女は家事万能なお嫁さん。本当は少しぐらい遊びたい少年は、お嫁さんが恐ろしくまじめに働くうちにいつの間にか家が立派になるという好循環でなんだかんだ上手く行ったのでした。
そして、少年と少女はいつの間にか
おじいさんとおばあさんになりました。
少女はおばあさんになっても相変わらず
口うるさく
年を取って食が細くなったおじいさんを叱りながら
無理矢理器に料理をよそいます。
元々、お医者さんのお家なので栄養バランスに詳しいおばあさん。あれは食べたか、これは飲んだか、台所と食卓を世話しなく行き来します。
おじいさんは、食卓の椅子に座り膝に乗った猫を撫でながら
「あぁ」「うん」とため息混じりに答えるのです。
あるとき、TVのおしどり夫婦の番組を観た
空気の読めない子供が
「じーちゃんは、ばあちゃんのことすき?ばあちゃんはじーちゃんのことすき?」
と尋ねました。
おじいさんとおばあさんは
困ったような慌てたように、二人揃って
「自分達の時代は、そういう恋愛結婚じゃなく親が決めた結婚だから。」
と答え気まず気に頷き合っていました。
空気の読めない子供が少し成長したある日
おじいさんと二人で、話していると
「女はな、料理さえ出来れば結婚できるんだ。だからな、ここのばあちゃんみたいな煮物の味をしっかり覚えるんだぞ。」
とおじいさんからありがたい助言を頂きます。
すみません。掃除、洗濯はまだしも料理だけは駄目なのです。高校時代、家庭科の調理実習で火使えば炭化させ、伝説となり、味のないサラダを作って皿洗い係りに任命された孫を舐めてはいけません。未だに学生時代知人の異性との間でも良き話の種となっております。なぜ、料理上手なおばあさんからこのような孫が生まれるのか。世知辛い。
またある日は、
おばあさんと二人で話していれば
「いいか、旦那さんにする人は酒飲みの遊び人じゃいかんぞ。ここのじいさんみたいに若い頃からまじめ働いて貯金できるしっかりした人を見極めんといかんぞ。」
とまるで自分の手柄を自慢されるように聞かされます。何故でしょう、今から行き遅れを心配されているかのようです。しかし、なんだかんだとこいつらお互いにリスペクトしてんじゃねーか。
そんな二人がある日言い争いをしていました。
金婚式なんてとっくに過ぎて、役所から貰った賞状を引き出しの汚れ防止用の厚紙の代りにした夫婦です。どんな喧嘩をするのかそっと見ていると
原因は恐らく、いつものようにおばあさんの小言におじいさんがちょっと意見したのでしょう、おばあさんがいつも以上に口うるさいです。珍しくおじいさんも言い返しています。するとおばあさん
「私はお前の見掛けが良かったから嫁に入ったんだ!!」
とすっかり友蔵さんヘッドになったおじいさんの頭を指さします。痛い、これはおじいさんにかなりのダメージです。そこからさらに追い打ちをかけるように80を過ぎたおばあさんが
「あんたと私が喧嘩したらな!私はこの家出てくよ!冗談は言わないんからな!!」
っとここでおじいさん完全に沈黙!!
左手を友蔵さんヘッドに持って行きます。あれはかなり焦っているときの仕草です。
「そんなこと…くちだけ…」
と小声でなにが言い返そうとしますが
すっかり口を閉ざしたおじいさん。まさかのおばあさんの発言にしょげています。おばあさんに出て行かれることと煮物が食べれなくなること、いったいどっちに対しての焦りが大きいのか…。
少年と少女
おじいさんとおばあさん
時が流れて変わったものと変わらないもの。
つたない文章
読んで下さりありがとうございます。
一応、3部のシリーズ?になります。
もっと面白く書けるように精進できればと思います。