水売りの少女
童話パロ企画に参加です
暑い暑い日の事でした。
「お水、お水はいりませんか? 冷たいお水はいりませんか?」
広い通りの喧騒に、細い少女の声がわずかに聞こえました。
けれども、周りの大人たちは見向きもせずに、それぞれ忙しげに通り過ぎます。
「冷たいお水、銅貨一枚です」
力なく声を上げて、それから少女はコホコホと小さく咳をしました。
この砂漠の縁にある町は、毎日毎日乾燥して暑く、通りには埃っぽい空気が漂っています。
水は遠くの広場にある井戸から汲んできます。素焼きの甕に入れるとひんやり冷たく、少女はそれを売っているのです。
井戸の水は、ただで汲むことが出来ますが、砂漠を渡る隊商も使うので、毎日たくさんの人が並びます。大人たちの集団に弾かれてしまうこともあるため、少女は毎朝早くに並びます。
「お水……冷たいお水はいりませんか?」
少女は一生懸命に声を上げますが、朝からまだ1杯も売れていませんでした。
少女のいるこの辺りは、共用の井戸からは遠いものの、小奇麗な店が出ているので、多少のゆとりのある者たちは、銅貨1枚より高くても甘いお茶や果汁入りの水を買うのです。
水が売れないと食べ物を買う事もできず、少女はとてもお腹がすいていました。
昼近くになり日が頭上に来ますと、人通りもまばらになります。最も暑い時間帯は、誰でも外出を控えるのです。
少女も建物にそって僅かにある日陰に入り座り込みました。
のろのろと売り物の水を飲み、大きなため息をつきました。
水は全然売れずに、お腹がすいてすっかり疲れて、どうしていいのか途方にくれてしまいます。
ずっと以前は優しい両親と大きな家に住んでいました。
少女が病気で寝込んでいるときに、2人ともどうしても行かなくてはいけない用事があるからと、特に母親は最後まで少女を心配しながら出かけていきました。
しばらくして両親が死んだと言われて、知らない人に家を追い出されたのです。
それからは生まれた時から共にいたばあやが少女と一緒にいてくれたのですが、そのばあやも数か月前に亡くなり、独りぼっちになりました。
「水ちょうだい!」
男の子の声がして、はっと見上げると銅貨がつきだされました。
慌てて少女が差し出した水を、しかし男の子は飲まずに一緒にいた友人達に見せました。
「よく見てろよ!」
言って男の子は細い管を2本、うまく組み合わせて思いっ切り息を吹きました。
「わぁ!」
水は細かい霧となり、ギラギラ照りつける日差しに小さな虹を作り出したのです。
飽きるまで彼らは虹を楽しみ、そして管を捨てて走り去って行きました。
やがて日は少し傾き人通りも増え、少女はまた水を売り始めました。
「お水、お水はいりませんか? 冷たいお水はいりませんか?」
けれどどうしたことか、この日は本当に水を買う人がいませんでした。
夕暮れが近づき、泣きたい気持ちで片付けていて、ふと少女は男の子の捨てた管を拾いました。
夜になると寒いほど気温が下がるのです。もう冷たい水は売れません。
だから、売れない水なら虹を見たいと思いました。
男の子がやっていたように水に管を刺し、ふっと吹きました。
なかなかうまく出来なかったのですが、目の前にきれいな虹が広がった、と思った時。
忘れかけていた両親の顔が見えた気がしました。
優しく笑う2人の顔が見たいと、少女は何回も何回も虹を作り続けました。
虹を見て通りかかった人たちが足を止めたのにも気付かずに。
そうして、はっきり2人の顔が見えたと思った時には、少女は泣いている母親に抱きしめられていたのです。
「やっと見つけたわ……!」
「これは虹の夢?」
「夢なんかじゃないさ。会いたかったよ、俺達のお姫様」
母親ともども抱きしめて、涙交じりに笑う父親の顔が本当にうれしくて。少女も泣いたのでした。