ニャンキチ
「失礼……」
「おや? ニャンキチさん」
あくる日の午後、ニャンキチさんが私の仕事場を訪れた。
「ちょっとね。話を聞いて欲しくてね。いいかい?」
「ニャームズは今、海外にいましてね。ここには私しかいませんよ」
もうニャームズのフリはこりた。
私は念を押した。
「いやはや……この手の話はニャームズさんよりニャトソンさんの方がいいだろう。あの方はきっと鼻で笑う」
「……ははあ。まあどうぞ」
ニャームズより私の方がいいとはうれしい事である。
私はニャンキチさんを座らせ、お茶を淹れた。
「よいしょ……それでお話とは?」
「うんうん……ところであんた占いを信じるかね?」
「占い……?」
また突然な。私は信じていないと伝えた。
「そうかい……それはそうだよな。それで問題は『ネコネコアザラシ教』なんだが……」
「……ネコネコアザラシ?」
「知らんか? 知らんでも無理はない……最近できた新興宗教よ。適当な占いで信者を集め、カリカリを巻き上げとるのよ」
「占いですか……」
人間だけでなく、猫も占いに頼る、世知辛い世になったのかと憂いだ。
「ネコネコアザラシ教の教祖の名前は『ホワイト』……父親も呪術師だったそうな。……それはどうでもいいな。ワシはネコネコアザラシ教のセミナーに昨日乗り込んだんだ」
「えっ!? セミナーに参加しに!? ニャンキチさんが!?」
「あほ! あー……言い忘れてたがワシの孫の『ニャン美』がホワイトに洗脳されちまってな。『ホワイト様は世界を救うために現れた救世主!』だの『ホワイト様を信仰せぬ悪猫は一度死んで魂を浄化すべし!』だの危ないことをぬかし、家からカリカリを盗むようになってな……とうとう何日も山から下りてこなくなったもんだから山に登ってセミナーに参加していたニャン美の肉きゅうを引っ張ってきたのよ」
「ニャン美ちゃんが……ふむ」
にゃるほど……それは正解だろう。
ニャン美ちゃんは世の中に絶望し、見えぬものに頼るにはまだ早すぎる。
「ただ気になるのは……ホワイトがよ。『何もない空間に球体』を作り出したんだよ……」
「えっ! 何もない空間に!?」
ホワイトは本当に何かの能力者……?
「いやいやいや……くだらないトリックだろう。見間違いかもしれんし……そしてその球体をにぎりつぶして奴はこう言った……」
「……」
私はゴクリと喉を鳴らした。
「『今、にぎりつぶしたのはあなたの悪しき魂……一週間……週末にはあなたは『トビウオ町』で死ぬでしょう……恐れることはありません……清らかな心を持って生まれ変わるのです……』ってな」
「予言……ですか?」
殺害予告とも取れるだろう。
「いやいや……デタラメだろう。トビウオ町の近くまではよくいくが、足を踏み入れたことはない。あースッキリした。デタラメだとわかっていてもなんだか気味が悪くてな。誰かに聞いて欲しかった。もう大丈夫。どうだ? こんな話、ニャームズさんにはできないだろ?」
「確かに」
ニャームズは鼻で笑うかもしれない。
「うん。ありがとう。おっと……お茶が冷めちまったなぁ……せっかく淹れてくれたのに。いただきます」
ニャンキチさんはピチャピチャとお茶を舐めだした。
冷めても熱いのか、顔をしかめている。
無理もない。
我々は皆猫舌なのだ。
「今度はあんたが話してくれ。人間の話がよいな」
「いいですよ」
ニャンキチさんは人間が大好きな猫『だった』。
この日の彼は何度も私のくだらない話に笑ってくれた。
……
「こんな時間か……そろそろ帰るよ。ありがとうニャトソンさん」
「いえいえ」
「またきていいかい?」
「もちろん」
「またくるよ」
「ええ」
「それじゃあ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
私たちは笑顔で別れた。
これがニャンキチさんとの最期のお別れだった。
週末……彼は落とし穴に落ちて死んだ。
落とし穴には刃物が敷き詰められていた。
続く。
あと少しで100話ですね。
一年書き続けるとは思いませんでした。