イカ刺し山ダンディー
犬車……猫の馬車。犬に乗る。
「クックドゥルードゥルードゥーーー!」
コッコ氏最期の朝、彼は変わらず鳴いた。
自分を今日殺す鈴ちゃんが起きれるように。
「鈴ちゃん。ワシが死んでも毎朝ちゃんと起きるんじゃぞ」
……
「ごめんよコッコ……ごめんよ……」
鈴ちゃんはコッコ氏の首を両手で握りながら震えていた。
「気とはな? なにもパワーアップの為だけにあるわけではない。こうして気を抜くことにより、ワシの首は鈴ちゃんでも折れるほど脆くなるのだ」
鈴ちゃんの家の庭に集まった我々はコッコ氏の最後の講義を聴いていた。
「おいニャームズ」
「はい」
「お前はできのいい弟子だった。ワシの隠し部屋の掛け軸の裏にさらに隠し部屋がある。そこにあるものの処分をお前に任す。あぁ……あとシープ太郎に頼んでおいたネクタイ……あれもやろう」
「はい」
「皆の衆! ワシの遺言じゃ! ワシが死んだらワシの肉を食って欲しい! ワシはお前たちの血となり肉となりたい! ふん……もう本当に言うことがない。去り際は潔くなければな。鈴ちゃん。ワシが殺しにくいか? 遠慮するな。早く頼む。わ……ワシは死ぬのが恐ろしくなってきたよ」
「……」
相変わらず鈴ちゃんは震えている。
「仕方ないの!」
「痛い!」
コッコ氏は鈴ちゃんの手をつついた。
「ほれ! 早く! 早く殺せ!」
「コッコ氏……」
見ていられない……コッコ氏は鈴ちゃんに殺されるため、鈴ちゃんを怒らしているのだ。
「ニャトソン。目をそらすな!」
「わかっている!」
涙で視界が歪むが私は最期まで見届けたい。
「このクソ……」
「鈴ちゃんありがとよ! 大好きじゃった! ワシの肉! 頼む! 鈴ちゃんを長生きさせてやってくれ!」
コッコ氏が力を込めて鈴ちゃんをつついた……その瞬間、鈴ちゃんはコッコ氏の首を絞めた。
「馬鹿鶏ぃ!」
「コッ!」
乾いた音がした。
コッコ氏の首の骨が折れた音だ。
「あぁ……今まで……ありがと……」
鈴ちゃんは膝をついて泣き出した。
……
「……」
「食べるんだ」
今、私たちの目の前には皿が置かれている。
皿の上に乗っているのは……鈴ちゃんが捌いたコッコ氏だ。
「ニャームズ。私は……」
「食うんだ! 遺言を忘れたのか!? いつも僕たちは肉を食べているじゃないか。君は偽善者なのか!?」
「……わかった」
頬を涙で濡らしながら肉を食うニャームズに私は逆らう気になれなかった。
「……」
一かじりした。
肉汁が溢れた。
うまい。
信じられぬほど美味い肉だ。
そうなったら私はただの猫。
本能に任せて皿の上の肉を片付けた。
「ニャームズ……」
ニャームズは遠くを見ていた。
「ねぇニャトソン。今からとてもベタな事を言うが笑わないでおくれ。彼は、コッコ氏はこれからも僕たちの中で生き続けるのだな」
「そうだ」
「……笑わないのかい?」
「笑ってたまるか。そうでなくては困るんだ」
「そうだな……」
「ニャッ……ニャトソンさん! 大変だ!」
「ん?」
慌ててかけてくるのは確か青空講義で仲良くなった猫だ。
「どうしたんだろう?」
「奥さんが! あの……産まれる! 赤ちゃん!」
「……!?」
私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
そうだ! 私は何をしにイカ刺し村に来たんだ!? ナタリーの出産じゃないか!
私は父親失格だ!
「犬車を呼んであります!早く! 急いで!」