スペシャルルームへ
「じゃあお預かりしますね」
「ひゃい」
(制服も道具も用意されたものを使わされ、持ち物は全て没収か……徹底してるな。とられて困る物は俺はないがな)
清掃員として諏訪間ミートの社宅エリアに潜入した探偵『乾一』は徹底したボディチェックを受けた。
「えと……言いづらいのですが清掃中は僕が監視させていただきます。マニュアルなもんで」
「そりゃまた……信用されてまひぇんね」
乾は男に少し意地悪したくなった。
男は首を横に激しく振った。
「いえいえそういうわけでは! マニュアルなだけで……」
あまりいじめるのはかわいそうだと乾は笑顔をつくった。
「いえ冗談です。あなたも警備員替わりにかり出されて大変れふね」
「ははっ……」
なるほど社会ってのは色々あるもんだな。俺は滑舌悪い奴だと思われてるんだろなと思いながら乾は清掃を始めた。
(できれば人は入れたくない。だが、誰も入れなければ怪しまれる……だから一応は清掃員をつけるって感じだな……)
……
「いかん! ワシとしたことが!」
コッコちゃんが鳥小屋からでると鈴ちゃんの気配がない。
自宅に飛び込むと案の定、鈴ちゃんはいなかった。
「くそぅ!」
……
「ニャームズ。乾という男は信用できるのか?」
私とニャームズは諏訪間ミートの牧場の前で座り込んで乾の帰りを待っていた。
「できる。彼は友の為に命をかけられる男だ。僕が保証する」
「そうか……」
ニャームズがそこまで言うのだ。
私も彼を信じるとしよう。
「しかし暇だな……しりとりでもする?」
「しニャイ」
冷たいオスだ。
……
「あの……ちょっとトイレに……」
監視役の男が内股でモジモジしていた。
「俺に聞かずろもどうぞ」
(真面目な男だな……)
「すぐに戻りますので!」
「ごゆっふり」
(さて勝負だな……身分証は偽装だとしても……危険な仕事だよなぁ……なんで俺はあんな猫の言うことをきいてんだ?……やめろやめろ。仕事の邪魔だ。あとで文句を言おう……猫にか?)
乾は口の中からパケに入れた小型カメラを取り出し、帽子にセットした。
(口の中まで調べられなくてよかった)
「やっと普通に喋れる。さていくか」
……
「なんにもないな……おや?」
乾は観察眼の鋭い男である。
「こりゃあ……マンホールじゃないな」
他の物とは僅かに違い、古く見せているが新しい
物だと乾は思った。
「それに乾いた血がこびりついてる……どら」
マンホールの蓋は重いが180センチ超の身長に100キロ弱の体重を持つ乾にとって問題ではない。
「くせぇ……ヤバい臭いだな」
蓋を開けた途端に漂う死臭……乾は意を決して地下に降りた。
……
「速くしろ! ノルマがある!」
「ひぃや!」
鉈包丁を持った筋肉質な男が貧相な身なりの男の背中を蹴り上げた。
倒れたところを鉈包丁の男が何度も蹴り上げる。
乾は壁に張り付きながら恐らくは強化ガラスであろう向こうの様子を顔をチラリと出して覗き見ていた。
(……ここは地獄だな。あいつらは……日本人じゃないな?)
血まみれの床、血まみれのレーン、血まみれの男たち……血の匂いとはこんなに鼻につくのかと乾は顔をしかめた。
『キョーゥ! キョッ! キョッ!』
『ビギャアラァ!』
男たちは鶏の頭を包丁で切り落とし、豚は電気棒で殴り殺し、作業を続ける。
(スペシャルルーム……秘密はこれかよ……)
「速く立てぇ! 役立たず!」
「……」
鉈包丁の男は無言の男を蹴り続ける……
男はもう動かない。
「あれ……何だ死んじまったのか……こいつはもう『廃棄肉』だな。また山に埋めよう」
(嘘だろ! 殺しやがった!)
男たちは黙々と作業を続ける……ここではこれが日常のようだ。
「だれ!?」
「やばっ!」
男たちの一人が乾に気づいた。
「助けて! ここから出してぇ! あなた……」
「誰だ!?」
鉈包丁の男が助けを求めた男の頭を柄で殴り気絶させた。
「やばいやばいやばいやばい!」
乾は来た道を全力で戻った。