諏訪間ミート
「じゃあ○月○日のことは覚えてないのね? おばあちゃん。じゃあね? 僕ね? 買い物いってくるからね?」
「山道……」
「あのさぁ……車で別の道使っちゃダメ?」
「リヤカー!」
「わかったわかった……」
内藤は鈴ちゃんが指差したリヤカーを持ち上げ、山道に消えていった。
「どう思う?」
「どう思うもなにも……問題はなさそうだぞ?」
我々は一部始終を物陰から見ていたが、やはり内藤は善意の人に見えた。
「彼は悪人ではないだろう?」
「そうだね。人の心の内側なんて僕にはのぞけないが彼は善人にみえるね。とりあえずつけていこうか?」
「うん」
……
「悪いが通行止めだ。他をいきな」
内藤の後をつけていくとガラの悪そうな男と凶悪な顔をしたドーベルマンに通せんぼをくらった。
「なぜ?」
「飼い主が通すなと言うから。だから猫一匹通すことができない」
「いいじゃないか。ちょっとバードウォッチングがしたくてね」
「絶対に駄目だ」
ニャームズは肩をすくめ犬に聞こえぬよう私に呟いた。
「これだよ。犬の長所であり短所だ。融通がきかないんだよな。仕方がないニャトソン。先回りして山の出口に向かおう」
「それがいいな」
「うむ」
「?」
ニャームズの顔つきが険しくなっていた。
これは彼が何かに気づいたサインだ。
「ニャームズ。聞いても教えてはくれないのだろう?」
私がそう言うと彼はニニャリと笑った。
「ニャトソン君。君も随分鋭くなったものだね」
……
リヤカーを引き、山を下りた内藤。
集まる商店の老婆たち。
笑顔で商店をまわる内藤。
笑顔で迎える店主たち……実に平和な光景だ。
「うーん。やはり内藤は悪人とは思えないなぁ……」
「ニャトソン。とりあえずそれはいいさ。そんなことよりさっきのあれ……どう思う?」
「さっきのあれ?」
ニャームズは首を振った。
「やはりまだまだかな? 出口にも見張りと犬がいたろう?」
そういえばそうだった。
「あれはなんだ? ニャームズ?」
「鈴ちゃんの土地であるあの山道に誰もきて欲しくない奴がいるってことさ。内藤について調べてみようぜ」
ニャームズはノートPCを取り出した。
「あっ、いけないんだ。コッコ氏に言いつけてやろう」
私は冗談のつもりだったが、ニャームズは思いのほか動揺した。
「ニャトソン君。これは仕方がないのだよ? わかるね? 効率だ。ああ……こんなことを言ったら氏に怒られるな……とにかく調べてみる」
ニャームズは冗談だとやっと気づいたのかハッとして少し気まずそうにしながら黙々とキーボードを叩いた。
照れているのだ。
「内藤十河24才……ははぁ。なんとか親戚とも言えないこともないな……」
しかしニャームズのPCには一体どれだけのデータがあるのだろう?
一度尋ねてみたいものだ。
「二年前に諏訪間ミートに広報として就職……『諏訪間ミート』? ニャトソン知ってるかい? 諏訪間ミートは全国チェーンのバーガーショップだ。豚、鳥、牛、全ての肉を扱う。うん。諏訪間ミートの養豚、養鶏所と工場がイカ刺し山にあるようだ」
「へー……」
なんとも言えない気分だ。
自分が滞在している同じ山で鳥や豚が喰われる為に育てられ、喰われるために殺されているのだ。
「ニャトソン……行きたくないのなら来なくてもよいが……」
「なんだい?」
「諏訪間ミートに行ってみないか? なんだか大きな事件の予感がするんだよ」