コッコ
『君はなぜイカ刺し山のあの事件を書かないのだ ?あれは僕たちにとって印象深い事件の一つだ』
……とアイラ島にいるニャームズから手紙が来た。
メールではなく手紙……クラシカルな。
なるほどニャームズの言うイカ刺し山のあの事件は印象的だったが、私はどうしても彼……『コッコちゃん』の事を思い出してしまう……ああなるほどそれが目的か。
ニャームズは『コッコちゃんの事を忘れるな』と私にいいたいのだろう。
「コッコちゃん……」
多分ニャームズも突然コッコちゃんのことを思い出したのだろう。
「喉元過ぎれば熱さを忘れるのは人間も猫も変わらないな」
コッコちゃん……『不死鳥』と呼ばれた鳥……ニャームズをヤング・キャット扱いした鳥……命よりも命を選んだ鳥。
彼との別れは私たちにとってあまりにも突然であまりにも衝撃的だった。
コッコちゃんは私たちに宿題を遺して去っていった。
その宿題は難し過ぎて私にはわからず、ニャームズでさえ『一生かかっても答えなんてでないさ』と肉きゅうを上げたほどである。
私なんかにわかるはずがない。
「……命を大切にすることは命を粗末にすること……何をどう食べるべきかか……うむ……」
『答えが出ずとも考えることで突破口が開けることもある』……コッコちゃんはそうもいったが、考えすぎも良くないだろう。
現実逃避からかあまーいコーヒーが飲みたいな。
私はナタリーにコーヒーを飲みたい趣旨を伝えた。
そしてコーヒーは五分後に来た。
「ああうまい……ナタリー。『コッコ』はどうした?」
今日は朝からコッコの姿を見ていない。
「ニャンダイチさんの所にいっていますわ」
「またか……」
息子のコッコはニャンダイチによく懐いている。
ニャンダイチからニャームズ譲りの推理術やニャー術を習い、ニャー探偵気取りで『明智コッコ郎』を名乗っているともどこかで聞いた。
父親としては寂しい限りだが、ニャームズとニャンダイチに教えを受けたなら、私から教えられることなんてニャイ。
コッコはデヴィッドに似て長身でケンカも強く、ナタリーに似て整った顔で心優しい自慢の……。
おっといけない……息子自慢してる場合じゃないな。
「あら? 今回は万年筆?」
「うん」
コッコちゃんの話はパソコンでなく手書にしないと彼に突っつかれそうな気がする。
コッコちゃんはクラシカルな物を愛したから。
「書き出しは……えと……」
どうにも手書きは緊張するな。
『クック・ドゥルー・ドゥルー・ドゥルー』
「ん?」
どこかでコッコちゃんの鳴き声が聞こえた……気がした。