プロポーズ
「そうですか……まだ……」
「ええ……」
彼女と夜のマンボウ町を歩く。
あれから私は毎晩彼女のもとを訪れ、彼女と共にこうしてなにをするわけでなく夜の町をさまよった。
「なぜでしょう? なぜ主人は本を取り戻したのに元気がないのでしょう?」
西岡氏は本を取り戻したというのに、未だ落ち込んだままらしい。
いったいなぜだ?
「……」
「……」
無言のまま柳氏が営む『柳沢桶店』の前を通り過ぎた。
「柳沢さんも元気がありませんね……」
「そうですね。人間のことはよくわかりませんがあの方も大変なのでしょう」
そうなのであろう。
黙々と風呂桶を作る柳氏の顔はどこか苦しげであった。
この時代。風呂桶やおひつなどを作るだけで儲かるわけではないのだろう。
しかし……通り過ぎたさいに『今月は変な外人の注文だけか……』と柳氏が呟いたのが聞こえたが、あれはどういう意味なのだろう? あとで辞書を引くか……
「ニャームズさん……」
「えっ!?」
ナタリーが私に身を寄せてきた。
「いけません。あなたは……」
猫妻だ……猫妻なのだ……
「ニャームズさん。私を奪い去ってくれませんか?」
「……えっ!?」
私が驚いて見せると彼女は寂しげに微笑んだ。
「冗談ですよ。ちょっとふざけただけです……」
なんて健気なんだ。彼女を守りたい! 彼女を私のものにしたい! 我慢の限界だった。
「ナタリーさん!」
「あっ……」
私は二本足で立ち、彼女を持ち上げるように抱きしめた。
「あなたをあのオスから奪い去ります。いいですね?」
彼女は拒まない……そして頷かない……。
それでも私は続けた。
「私はあなたを妻にしたい。私の妻になってくれ」
「えっ……!?」
なるようになれ! せき止めていた恋心が洪水のように溢れだした。
「私はその……猫妻で……妊娠まででしていますのよ?」
「それがなんだというのです? もう一つお願いがあります」
「何でしょう?」
私はナタリーの腹を優しく撫でた。
「産まれてくるこの子の父親になりたい……私では駄目ですか?」
「ニャームズさん……そんな……そんな……私なんかをそこまで……」
「私なんかをだなんて言うのはやめてください。アナタは素敵な女性だ」
「ニャームズさん……」
「……返事を聞かせてくれますか?」
ナタリーはここでやっと私を突き放した。
「考えさせてください……ニャームズさん。今夜はありがとうございました。そ……それでは!」
「ナタリー!」
私は走り去るナタリーを追いかけることが出来なかった。
「ニャームズさん……か」
そうだ。彼女が見ているのは私ではなくニャームズ……。
「それでも……」
私はドーサツの本部に足を向けた。
ブラカリの溜まり場を聞き出すために……
デヴィッドに『決闘』を申し込むために……
「……ワシは取り返しのつかんことを……」
柳沢桶店の前を再び通り過ぎると柳柳沢は何やら呟いていた。