ニャトソンの午後
ニャームズがいなくなって1ヶ月……私は大抵、午後から夕方にかけてニャームズから留守を預かったこの家で過ごす。
「ウニャ……ニャニャニャル……フンニャゴにゃ……」
私は慣れない脚つきでニャーボードにニャー語で文字を打ち込む……
「しかし『自分がいない間の事件を文章にまとめておけ』だなどとニャームズは無茶なことを言う」
おかげで私は毎日急に仕事にパソコンが必要となった中年サラリーマンのように毎日必死でパソコン(パーソニャルコンピューターの略)の練習をしている。
「フジンは相も変わらずデートの毎日。鰹が丘も大きな事件もなく平和だ。特別報告するようなこともない。休憩。休憩……」
私はおぼつかない足取りで冷蔵庫からペリエを取り出し、グラスに注いだ。
猫生なにごとも経験。
練習をしてみると意外にもあっさり私は二足歩行をマスターする事ができた。
「ニャトソンさん!」
「ひゃっ!」
危ない危ない……危うくペリエをこぼすところだった。
……この犬はショカツ。
毎日私の元に報告をしにくるのだが……どうにも苦手だ。
なぜいつも突然現れる?
「今日も報告に参りました!」
「お疲れ様です。ペリエをどうぞ」
「いや! これはどうも!」
だが、このオス……案外に悪い奴ではない。
出世欲が異常に高く、時に暴走するところもあるが、仕事熱心な犬には違いないだろう。
「私が誰よりも汗水たらして働いていること……ニャームズさんにぜひ伝えてくださいね! ワン! はっ! はぁ!」
床に置いたペリエを下品にビチャビチャ音を立てて飲むショカツ……できればこのオスとは一緒に仕事はしたくないものだ。
※しかし猫生そううまくいかない。
私は今回この男の力を借りることとなった。
☆
「んっ……んっ……」
1日の疲れを癒やすため、私はキャンドルの灯るテーブルで高級猫缶とウィスキーでディニャーを楽しんでいた。
フジンはどうせ今日もお泊まりだ、私もここに泊まっていくとしよう。
今日は『ニャモリクラブ』のスペシャルがあるのだ。
こんな静かな夜は夜更かしも悪くない。
「あの……こんばんは……」
「うん? ……にゃにゃ!?」
私はフォークとナイフを落とした……私を訪れてきたのは赤いリボンを首に巻いたオッドアイの白猫だった……私は彼女の美しさに一瞬我を忘れた。
「こんな夜更けに申し訳ありません。私は飼い猫で主人の眠ったあとにしか外出できぬもので……」
「いえいえ……どうされましたか?」
「あなたに相談事がありまして……聞いてくださりますか?」
「もちろんです」
この時の私は舞い上がり、ある違和感に気づかなかった。
「私の主人が大変困っているのです。ご迷惑だと思いつつもこの事件を解決できるのはあなたしかいないと私はいてもたってもいられず……」
「そんなに私のことを信頼して……ぜひ、ぜひお話ください」
まだ気づいてない。
「ああ。よかった……私緊張していたんですのよ? あなたが怖い方だったらどうしようって
…」
「ははは。私が怖い? そんなバカな。優しさだけが取り柄のつまらない男ですよ」
まだ気づいてない。
「本当に優しそうな方でよかった……ありがとうございます。『ニャームズ』さん」
「いえいえ……ん?」
さすがに気づいた。




