推理とは
「パピルス草……古代エジプトではこれから作られたパピルスが紙として使われ……うん? 聞いているのか? 推理とは観察することと知ることなんだニャトソン」
「……ふぅん」
私は公園でオモチャのパイプをいじりながらゴニャゴニャ言うニャームズに適当に相づちを合わしていた。
「ははぁ。疑っているね? ニャトソン」
「疑っているわけではない。だが今から観察し、知識を得ることは難しいぜニャームズ。私はもうヤングキャットではない」
「なにも日本中を巡り知識を得ろと言っているわけではない。この町……鰹が丘を歩き、自分の住みかについて知るだけでも君は格段の進歩を遂げることができるよ」
「まさか!」
「わかってもらえないかなぁ……例えば君はいつもエントランスから正面の階段を上って部屋に帰ってくるが帰るルートをたまに変えてみたらどうかな?」
「そんなことをしてどうなる?」
「知らない場所を観察することが出来る。そして日常を少し変えることが実は大いなる冒険だということを君は知ることになるだろうね」
そう言うとニャームズはパイプをくわえた。
玉ねぎ大好き【ヘビー玉ねぎニスト】だったニャームズにとって【禁オニオン】はかなり辛いものなのか彼はいつもひっきりなしに何かをくわえていた。
「そんなことよりニャームズ。禁オニオンはうまくいっているようだね?」
「あぁ……君の厳しい監視があるからね。しかしなんだ玉ねぎがないとどうにも調子が出ないね……うん」
ニャームズは私を見つめた。
私による【玉ねぎ禁止令】の解除を要求しているのだろう。
「残念だが玉ねぎは駄目だぜニャームズ。玉ねぎが猫にとって有毒なのは明らかだ。禁オニオンをしてからの君は毛並みもよくなったし……もう少し続けたまえ」
「ニャフ……そうだニャトソン。それが観察と知るということだよ」
ニャームズをやり込めるのは愉快だが少し憐れになった。
「忙しかったフジンも最近やっと落ち着いたようだ。ストレス解消にフジンのテクニックに溺れてみてはどうだ?」
フジンはここ何日か本や鍋などを持ち出したりもって帰ってきたりと忙しいようだが最近になって落ち着いたように見えた。
「フジンに甘えるわけにはいかない。ニャトソン。最近フジンの生活が苦しくなっていると思わないかい?」
そうは言われても私は以前のフジンの生活を語れるほど長くフジンといるわけではない。
「まぁ観察不足の君が気づかなくても無理がないがかなり切迫してると思われるね」
「む……我々の生活はなに一つ変わっていないではないか? 食事の量だって変わらない」
「わかっていないなニャトソン。フジンは僕たちに食べさせるためなら自分の食費さえ喜んで削るだろうさ」
「……むぅ」
人間とは不思議な生き物である。
自然の摂理を無視し、金などという煮ても焼いても食べられない物に執着し、狩りの仕方を忘れ自分の獲物を自分で賄うことすら出来ない。
ニャームズはそんな人間を【実に憐れだが実にいとおしく興味深い存在】といっていたがその頃の私には憐れみしか感じることがなかった。