視線の推理
この話は【生命と廃棄物の間】事件でボブが保健所に連れていかれたと知ったニャームズが日本を離れるまでの短い期間に起きた事件の話である。
この事件がきっかけで私は少しだけ人間を見直し、ニャームズは鰹が丘から去っていった。
【至宝のパピルス】をフジンに遺して……
○
「……」
「……」
この頃のニャームズは人間でいううつ病に近い感じだったと思う。
何度もため息をつき、食欲もなく外出は極力控え、毎日お気に入りの安楽椅子の上で物思いにふけっていた。
「……そろそろ潮時かもな」
「ん? なにがだい?」
「いや……なんでもない」
今思えば日本を離れる決断をしたのだと思う。
「……」
「ニャームズ? はぁ……」
まただんまりの始まりである。私はつけっぱなしのテレビに視線をうつした。
「……」
「……」
「はぁ……まったくなぁ……」
「その通りだニャトソン。注射なんて二度とごめんだよな」
「あぁ。あんな思いをするのは二度と……ん!?」
そこまで言って私は猫背が寒くなった。なぜ私が病院で注射を打たれた時のことを考えていたのがわかったのだ!?
「ニャームズ!? 君は僕の思考を読み取れるのか!?」
「驚きすぎだぜニャトソン。実にイージーな推理だ。種明かししてほしいかい?」
「き……訊かしてくれ!」
「視線さ」
「視線?」
「うむ。まず君はテレビを視ていた……これは医療ドラマかな? 白衣を来た男が歩いている。君はこの男をみて獣医を連想した」
「その通りだ」
「次に苦々しい顔で外出用のキャリーバックをみて、怒りの視線をフジンに向けた。これで君が獣医に連れていかれた日を思い出したことがわかった」
「なるほど。言われてみれば簡単なことだな……だが」
「注射のことかい? 最後に君は悲しい顔で自分の右足を見つめペロペロと舐めた……そこは君が最後に注射を打たれた場所だ」
「はぁぁ〜……なるほどなぁ……」
驚いた。ニャームズは私の視線を追いかけただけで見事私の頭のなかを覗いてみせたのである。