潜入。
我々三匹は動物病院内にあっさり潜入することに成功した。
……開いていた窓から。
幸運ではあるが、なんとも気の抜けた病院である。
「休みだと言ってもあんまりだねぇ。セキュリティが甘すぎる」
「気を抜くなよ。ニャトソン。休みとはいえ病院だ。無人という事はないだろう」
「うむ」
確かにそうだ。 捕まればつまみ出されるであろうし、下手をすれば飼い主であるフジンに迷惑がかかる。
猫紳士は飼い主に恩を仇で返さぬ。
「……匂い」
ニャームズがそう呟いた。匂い? そうだ。
カロリーヌはこう言っていた。
薬品の匂いがしなかったと……。
確かにここは病院特有の香りはなかった。
○
「しぃっ」
ニャームズがこちらを向いて肉きゅうを口に当てた。
『サイレント&ステイ』のサインだ。
「この部屋には人がいる」
しゃがれた女の声と少年? 少女? の様な高い声……。
「ついてるぞ。扉にすき間がある」
引き戸の扉にねこの腕一本入る程のすき間があった。
我々は『横になり縦になった』
横になったケーブの頭の上に横になったニャームズが乗り、その上に私が乗ったのだ。
これですき間から中の様子を覗ける。
「セルゲイ。今度こんなのがあるんだよ」
桃色白衣の中年女が金髪の少年にある紙を見せた。
おお、あれがカロリーヌの話に出てきた女医とセルゲイか?
「……シラガネーゼまつり……ですか?」
シラガネーゼまつり。
シラウオ町とシラコ町の親交を深めるため、共同で行われる初のフェスティバルだ。
シラガネーゼ……シラウオ町の住人はなんでシラコの奴らとなどと呟き乗り気ではないと聞いている。
「催し物のオーディションがある。これに出なよ」
「ええ! むむ……むり」
「私をガッカリさせるなよシンドー。弟を受け入れてやった恩を仇で返すのかい?」
『シンドー』。 天才という意味の言葉。
セルゲイはなんのシンドーなのであろうか?
「そろそろ行こう。ニャトソン。セルゲイがいるという事は見舞いに来る人間がいるということだ。少し急ごう」
私の下で少し苦しそうにしているニャームズがそう言った。
すまない。 今度こそ痩せるぞ私は。
○
まだ夕方だというのにどの部屋も薄暗く、カーテンが閉めてあった。
それに静かだ。
寝ているのだろうか?
「クンクンクン……ん? この部屋ですな」
「ありがとう」
ケーブが鼻を向けた先にある部屋にニャームズは軽やかなキャットウォークで入っていった。
そしていざというときの脱出用に窓をほんの少し開けた。
「堂々としているな」
「なぁに。どうせ誰も起きないさ」
「ケーブにはなんの匂いを?」
「それはね……いたぞ! ロドリゴだ!」
「んん? んっ!?」
ここで私は気がついた。
なんと私は鈍いのだろう! 入院患者である動物たちはみな、『布団やベッド』に寝かされている! ゲージに入れられている動物は一匹もいない! その理由は私にもわかった。
「薬か……」
無理やり深く寝かされているなら確かにゲージは必要ないな。
なんなのだこの動物病院は……。
どこか変だ。
「よぉく視るんだ」
ロドリゴもまた深い深い眠りについているのか、まるで死んでいる様だった。
ハッキリ言っておっかない。
血は止まっているが、傷は所々に目についた。
顔色が悪く、どことなく人間離れしている。
この少年がカッと目を見開き、低い声で叫んだらそれはトラウマになるのも仕方がない。
頼むから起きないでくれ。
私まで琥珀色の薬が必要になってしまう。
「ニャトソン! なにやってるんだ!?」
「……うん?」
「間に合わない! 固まれ!」
「あっ!」
恐怖でボーッとし過ぎた私は廊下から響く足音に気がつかなかった。
ニャームズとケーブは既に窓際におり、外に飛び出た。 置いてかニャイで!
「ええと……そいにゃッ!」
○
「……こんな奴。入院してたかな?」
「せん……せ?」
「ああ。ロドリゴかい? よく寝ているね。近い内に退院できるだろうさ」
「よか……た」
「うんうん。そうだ。あんた八つ橋は好きかい? 京都の友達からたんと貰ったのさ」
「甘いのは……好きです」
「よし! お茶でも容れてやるか。おいで」
「……はい」
○
「セェェェフ!!」
咄嗟にロドリゴの近くにある布団に飛んで固まった私はなんとか入院患者のフリをして彼女たちの目を誤魔化せたようである。
つづく。