シンドー
「お話を続けられるでしょうか?」
「ええ。お薬がとても効いています」
さて仕切り直しだ。
「ええと。それで……医者はこう言いました。『その患者はうちの担当外だ』と」
まぁ獣医なのだからそうなるだろうが、大ケガをした子供を前にそれはあんまりではないだろうか?
「すると騒ぎを聞き付けたピンクの白衣の中年の女医がツカツカと歩いてきて医者の肩を掴んで後ろに下げ、『どうしたい?』と金髪の少年に尋ねました。すると金髪の女。これはおそらく二人の母親でしょう。母親は少年に『セルゲイ。お前が自分の口で伝えな。ロドリゴはあんたの弟だろう!?』と言いました」
ふんふんふん。
三人は『ガイコクジン』なのかな?
もしくは『ハーフ』?
金髪の母親と母親と同じ髪色の息子の『セルゲイ』。
一人だけ黒髪の弟『ロドリゴ』。『ピンクの白衣の女医』……。
私は話についていけるように登場人物を頭のなかで整理した。
「セルゲイが低く籠った声でモゴモゴしていると痛みに堪えかねたロドリゴがカッと目を開いて猿の雄叫びの様な高い声で『おいおい。速く俺を助けてよ! 本当に死ぬじゃないか』と言いました。信じられますか!? 傷だらけ、血だらけの子供がまるで嬉々とした声で! 無表情でですよ!」
カロリーヌは薬のおかげか、今度は興奮してもパネッコにはならなかったが、私が驚きすぎて後ろにスッテンコロリンしてしまった。
夜の獣医、怪我を楽しむかのような血だらけの子供。
「スッテンコロリンしてる場合じゃないぜ! ニャトソン!」
ニャームズは明らかに興奮していた。
謎が不気味であればあるほど。
不可解であればあるほど彼はこうなるのだ。
「『シンドーだねぇ……ICUにこの子を運びな!』女医がそう言うとあっという間にロドリゴはストレッチャーに乗せられ消えていきました」
「シンドー……『神童』かな? 天才ってことだ! それでそれで?」
ニャームズは揉み手をしながら前のめりになって訊ねた。
「『まぁよくやったよ』と母親に頭を撫でられ、ロドリゴの血がベッタリ付いた服を着たセルゲイがニタリと笑うのを見て私は吐き気がしました。病院の外に出てそのあとは意識が薄れて気絶して……」
「……」
おっといけない。
ニャームズが「えっ? まさかそこで終わり? なんだよ!」という顔をしている。
この微妙な表情の変化に気がつくねこはあまりいないが、こういったときフォローするのが私の役目だ。
「大変でしたね。それで無事ご自宅に……」
「帰れた……のですが記憶にないんですの。病院を出て気絶して……気がついたら白魚町にいました。母が言うには「必死だったから覚えてないのだろう」と……」
カロリーヌがジャスミンの方を見るとジャスミンは大きく頷いた。
「あっ……はぁ」
何一つわからないのに謎がまた一つ増えてしまった。
「そう言えばですが……ニャトソンさんは私と何処かでお会いしたことはありますか? お声に聞き覚えがあるのですが……」
「んにゃ? ねこちがいでしょう」
私は白魚町には行った事がない。
白魚町から出たことのないカロリーヌとは出会いようがないではないか。
「そう……ですよね」
「カロリーヌ。十分よ。ニャームズ先生。私たちはもう帰ります。出来れば先程のお薬を何日分か処方していただきたいのですが……」
「入院ですな!」
「えっ?」
ニャームズは叫んだ。
「お母様。お嬢様に必要なのは薬はもちろん治療です! 病気の根は引っこ抜いておかないと! なぁに2.3日ってとこです! 今、寝床を用意しましょう!」
「えっ? えっ?」
ニャームズのもって生まれた説得力は素晴らしいものがある。
ジャスミンは「美しい生活が」だの「由緒正しい血筋が」だのいかに自分達が優れていてこんな庶民の家にわが娘を置いていけないと遠回しにチクチクとニャームズに『口擊』してきたが、結局彼の『僕を信じて!』の一言にやられてしまい、渋々とドッグシーに乗って一匹白魚町に帰っていった。
つづく。