琥珀色の薬。
「私はジャスミン。こちらはカロラインといいます。ご相談したいのは娘。カロラインの『病気』の事なのですが……ほら! 自分の口で説明なさい!」
「は……はい。お母様」
カロラインは口をモゴモゴさせて最初の一言をなかなか発っせなかったが、ニャームズと目が合い、彼がネッコリと笑うと落ち着いたのか滑らかに語りだした。
恐るべしニャームズのネッコリ! これには私もネッコリ!
「まずは経緯を説明させてください。これはお母様に内緒で……白子町に行った時の話です。お母様は『シラガネーゼは白魚町から一生出る必要はない』と言っていましたが、私はどうしても別の世界がみたくって……」
カロラインを睨み付け何か言いそうになったジャスミンをニャームズは目で制した。
話を聞く体制になった彼は会話の横入りをあまり好まない。
「好奇心は決して悪ではありませんよ。さぁ続けて」
「はい……白子町に出かけたはよいのですが。出会う方、出会う方みな、その……個性的な方ばかりで私はすっかり疲れてしまい、気分が悪くなってしまいました」
「ふむ」
白魚町から出たことのないお嬢様の目には白子町の連中はそう映るのか。
確かに柄の悪いニャンキーが多いが悪いやつらではないのだがなぁ。
「それで……獣医に行きました」
「じゅ……獣医に!?」
私は思わず大声をあげてしまった。
気分が悪くなったからといって自ら獣医に赴く動物がこの世にいるとは!
「……おかしいでしょうか? 私は以前から調子が優れない時は獣医に行けと母に言われていましたので……首輪に住所も書いてあるので」
勝手に獣医に行って治療費は飼い主に払わせる。
本物のシラガネーゼだなぁ。
私がこんなに驚いているというのにニャームズは冷静だ。
「賢明だと思います。しかし獣医ですか……んん? 白子町に獣医なんかあったかな? 獣医なんて出来たら僕のところに情報が入るはずなんですがね……」
自分の知らないことがあるのが気に入らないのであろう。
ニャームズはひげをふわりと撫でた。
「新しくできた獣医の様でした。可愛い猫や犬が壁に描かれた素敵な雰囲気の獣医でしたわ」
どれだけ楽しそうに偽っても獣医は獣医だ。
あの薬品臭さは堪らない。 思い出すだけで猫背が凍る。
「それに薬品の臭いもしなかったし……」
「んにゃ?」
「ほほぅ! 薬品の香りすらしない獣医ですか!」
ニャームズがいきなり興奮して肉きゅうを叩いたので親子はビクッと何ミリか頭を下げた。
どうやら薬品の臭いのしない獣医はこのオスの脳を刺激する『謎』だったらしい
「失礼! ……取り乱しました。それで?」
「ええ。私が不思議だなぁと思っていると3人の人間が私を横切っていきました。金髪の女と少年。そして少年に抱かれた白い布を顔にかけられた黒髪の子供……」
『黒髪の子供』と口に出した途端カロラインの顔色が悪くなり、また言葉が詰まった。
「黒髪の子供ですか?」
「ええ。そして女はこう言いました『急患です! お願いします!』と……」
「ええー?」
獣医に? 人間が? 私は人間の医療についてはわからないが、人間が獣医に患者を運んでくるのは違うのではないか?
「そして……女は子供の顔にかけられた布を取りました……そこには」
「そこには?」
「ああ! 恐ろしい! 子供は血塗れだったのです! 顔中に切り傷があり、腕の傷はよほど深く切られたのか骨まで見えていました!」
「カロライン!?」
「むぅ? いけないっ!」
カロラインは頭を肉きゅうで抱え首をブンブンと振りだした。
「ニャームズさん! これが娘の病気なのです! 娘はそれ以来。血だらけの人間の事を思い出すとパネッコに……」
「落ち着いて! さぁこれを飲み込んで」
ニャームズの行動は速かった。
たった一歩で安楽椅子からカロラインの所までたどり着き、どこから取り出したのか琥珀色の欠片をカロラインの口に放り込んだ。
「……んぐ」
「飲み込めないなら口のなかで溶かしてください。とてもよく効く心の薬ですよ」
ゆっくりカロラインの猫背を撫でるニャームズ。
「……ごくっ。……あら? 本当ですわ!」
カロラインの顔色はすっかり良くなっていた。
ニャームズの奴。
いつの間にあんな薬を用意していたのだろうか? 私は安楽椅子からゆっくり降りながらそう思った。
「お話は続けられますか?」
「はいっ!」
「さすがメンタリストNyankoですわね……」
「大したことではないですよ。薬がよく効く物だというだけです。おいニャトソン。何をやっているんだい? 早く椅子の上に戻りたまえ」
「……」
私はまた椅子に登り始めた。
……今度こそ痩せよう。
つづく。