ニャーロック・ニャームズ2019。
『やあどうも! シラガネーゼの皆さん!』
『俺たちは帰ってきたぜぇぇえ!』
その『兄弟』が舞台に上がり、マイクで挨拶しただけで会場は興奮の坩堝と化した。
『あー。彼は怪我の後遺症で脚に不自由があります』
低い声の兄に肩を借りながら入場してきた高い声の弟が恥ずかしそうに。
そして申し訳なさそうに頭をちょいと下げた。
『つーわけでね。このまま兄弟仲良く肩を組んだままやらせてもらいます』
天才のショウのはじまりだ。
○
『白魚と白子のダンス』
○
あれはあの天才が舞台に上がるどれ程前の事であったか……? 確か2018年頃の事だと記憶している。
物語は私が夕方。 落ちていたスーパーボールで二時間遊んで自宅アパートに帰るところからはじまる。
「んー?」
フジンがトイプードル二匹を抱っこしてそれらと見つめあっていた。
その足元にはシャム猫とアサビ柄の猫……どういうシチュエーションだろうか?
「なんだい? 君ら? うちの子になりたいのかい?」
「バッフルルルルゥ」
「ドッフルウウウゥ」
トイプードルたちは勢いよく首を振ってフジンの提案を拒絶した。
「そうかぁ。またおいでね」
「バッフッ!」
フジンに地面に置かれるとトイプードルたちはシャム猫から少し離れた後ろにお座りをした。
ああ何だ。
彼らは『ドッグシー』か。
犬のタクシー。ドッグシーに乗ってわざわざやって来たと言うことは依頼猫であろう。
生憎ニャームズと私は今日は別行動だったが、話を聞くことぐらいは出来る。
私は二匹に向かってこう鳴いた。
「どうぞそこの猫用玄関から中にお入りください」
○
「……ううーん。ねこちゃんに……ネコちゃんに叱られるぅ……」
キャーっと生きてんじゃねーよ!
部屋着のパンチーとTシャツに着替えた……脱いだ? フジンは家に帰るなり、そう説教したくなるようなだらしない格好でベッドにダイブし数秒で眠りについた。
そのフジンをシャム猫が見下すように見つめている。
「……飼い主がこれでは……どうやらニャームズさんの噂は嘘だったようですね……シラガネーゼのこのわたくしがわざわざドッグシーで来てあげたのに……娘の……いや夫婦の……三匹の大事なお話ですの。賢くなさそうなニャームズさんには相談できそうもありません」
「お母様! 決めつけはいけません! 飼い主がだらしなくてもニャームズさんもそうとは限らない……じゃないですか……」
なるほど。シャム猫の母とサビ柄の猫の親子か。
似てないな。義理の親子かな?
そして私の事をニャームズだと勘違いしている……と。
勘違いされるのは割といつもの事だが、ここまで悪く言われたのは初めてだ。
飼い主を悪く言われるのもいい気分ではないし、娘もフォローしてくれたが、私の少しぽちゃとたるんだボディを見て言葉が詰まった。
私は大いに傷ついたのである。
「帰ります」
「お母様! ……あの。しっ失礼しました!」
「……ははぁ。またどーぞ」
引き止める理由もないので私は猫用玄関に向けて歩いていく二匹をキャーっと見ていた。
ネコちゃんに叱られるほどに。
「おや!? もうお帰りですか?」
「あにゃ?」
ニャームズが猫用玄関の扉を肉きゅうでパーンと叩いて開け、シッポをピンと立て、軽やかにシタシタと歩きながら現れた。
相変わらず何気ない日常の動作がやたらネッコイイ。
私は慣れているので平気だったが、二匹はすっかりニャームズというオスに見とれ言葉を失っている。
「おかえりニャームズ」
「ただいまニャトソン」
私たちの挨拶を聞いてキャッとしたシャム猫がこう言った。
「あなたがニャームズさん!? ではあなたは?」
「ニャトソンです」
「まぁ! 騙したのね!?」
騙したも何も一匹で騒いでいただけではないか……。
「ふむふむ。外にドッグシーが停まっていたよ。トイプードル。高級だ! 実に高級なドッグシーだ」
そういえば高級だな。ドッグシーは雑種の中型犬が一番なのにわざわざトイプードルとは。
「まぁ……私たちは『シラガネーゼ』ですから……」
『シラガネーゼ』……『白魚町』と『白子町』に住む者たちをそう呼ぶわけだが……「どっちのです? 白子町ですか?」
これは私が聞いたのだが、シャム猫は私をキッと睨んだ。
こわい。
ギリギリ私はおしっこを漏らさなかった。
偉いとしか言いようがない。
「シラガネーゼといったら白魚町に決まっています! 白子の下品な連中と一緒になさらないで欲しいわ! 二度と知ったような口を聞いて欲しくないものですね!」
あわわと何も言えなくなってしまった私を救ってくれたのはやはりニャームズであった。
「まあまあ。初対面なんです。わからないことだらけなのは仕方ないでしょう? 僕だってあなたの旦那様がアメリカンショートヘアーでその旦那様は病気で療養中だということしかわかりません」
「……えっ?」
シャム猫の表情が凍り付いた様に見えた。
「おや? 違いましたかな? 僕の推理が正しければ旦那様はご病気……それもウィルス性のもの。まぁ風邪なんかが妥当だろうと思ったのですが」
「まるで魔法です!」
「本当に……流石メンタリストNyanko……」
メンタリストNyanko。ニャームズの肩書きの一つである。
いわゆる動物の精神科医である。
本当に肩書きの多いオスだ。
私の肩書きなんか『ねこ』。
『性別オス』ぐらいしかないのに。
「あちらにウォーターサーバーがあります。そこで綺麗な水でも飲んで落ち着いたら帰るなんて言わず、話だけでも聞かせてください。僕たちは安楽椅子の方にいますので」
「……はい」
「ええ」
いつものニャームズお気に入りの安楽椅子に向かう途中にニャームズは私の肩を抱いて種明かしをしてくれた。
「ヒステリックなお母様の前では大声では話せないがね? 大した距離ではない白魚町からこの鰹が丘まで高級ドッグシーを使う。シラガネーゼとしてプライド高いシャム猫のお母様。気弱そうなサビ猫の娘さんだって見ただろ? ベイビーキャットではない。付き添いなんていらない歳だ。アダルトキャットだよ? ここからわかることはね?」
「うんうん」
「娘さんは見たところ『シャムミックス』。彼女の毛色からしてアメリカンショートヘアーの父親を持つことになるわけだ」
「なぁるほど」
「お母様はドッグシーを使いアダルトキャットである娘さんの付き添いをするほど心配性なのにオスである父親を連れてこないのはおかしいと思わないか?」
全くその通りである。白魚町から鰹が丘に来るには白子町を突き抜けなくてはいけない。
私が質問した時のあの反応……白子町の連中にいい感情を抱いていないのはわかる。
ならば当然オスをつれてくるはず……なのにメス二匹で来た。
「だから父親は病気と言うわけさ。怪我や軽い病気なら彼女の性格からして無理矢理にでも連れてくるだろうが、そうしなかった。『移りたくなかった』わけだ。だから僕はウイルス性の病気。風邪だと言い当てた」
「はぁん。なんだ相変わらず……」
「聞いてみれば大したことない……かい? そういうものさ推理とは。ハッ!」
ニャームズは軽やかにジャンプして安楽椅子に乗った。
私もそうしたかったが、身体が重くて無理なのでよじ登った。
「君はダイエットが必要だ。ニャトソン」
「それも推理かね? ニャームズ?」
「僕に全て言わせるのか?」「……悪かった」
私は太った。太りすぎたのだろう。
見た目でわかるほどに。
『デブになったな』と口に出さなかったのは彼なりの優しさであろう。
私が彼の隣にゼーハー言いながら腰を降ろすと水をのみ終えた二匹がちょうどやってきた。
つづく。