飛びたいと言っていた
「ふむ」
いい季節のようだ。
昨夜はいきなりロシアにつれてこられ、それに気づけなかった。
寒いは寒いが空気が冷たく清らかだ。
私はコートを脱ぐことにした。
アドミラーラ・フォーキナ通りを歩く。
なんとも爽やか気持ちになる場所だ。
白い……ロシアというかヨーロッパ風の建築物が建ち並び、道には車もネコシーも走っていない。
歩行者天国であり、猫う者天国でもあるようだ。
所々に噴水がある。
楽しい。
ピョンと噴水の近くに飛び乗り、肉きゅうを水のなかにいれる。
「ひゃっこいひゃっこい!」
あー楽しい。
「あんたどこの猫だい?」
いつのまにかオスとメス、二匹の地元猫に後ろに座られていた。
見られていたか……恥ずかしい。
「日本です」
「ニャポンスキーからか。ようこそウラクダストックへ。楽しんでいくといい」
「オススメスポットなどありますか?」
強面の猫がなにか言おうとしたのを遮って鼻の下にほくろのある猫が答えた。
「海は見るべきね」
「海?」
「綺麗よ」
彼女が肉きゅう指す場所を見ると確かにうっすら海を視覚にとらえることができた。
「ニャポンスキーのオキナワには敵わないかもしれんがね」
「ありがとうございます。いってみます」
私は二匹に別れを告げ、海に向かって歩いた。
遠くに見えた海だったが、下り坂だったからか意外と近かった。
心配していた寒さも凍えるほどではなく、名物なのかアイスを食べている人間までいる。
私も売り猫からウニラ味のアイスを買って海を眺めながらゆっくりした。
甘さの中のほんのりとしたウニの香りがたまらない。
食べ終わったあとは海岸から
道路に出て犬車を拾い、それにのって大橋を渡り、巨大潜水艦見物や、モスクワに繋がるカラフルなウラジオストク駅をぐるりみて回り、夕方になると本格的に腹が減ってきたので、5つ猫ホテル《ニャンダイ》のラウンジバーに行き、夜に変わるウラクダストックの街の景色を楽しんだ。
私もセレブになったもんだなぁと勘違いしそうになったが、全部ニャームズの口利きなのである。
少しネッコ悪いが気にしない。
ここに泊まれないこともないが、ニャームズの話も聞きたいし、屋敷に帰るとしよう。
……その前に魚ッカを一杯。
……
「……どこだ?」
犬車に
《だーいじょぶらよー。酔いざましに歩いてかえるんにゃ~》といったところまで覚えてる……。
完全にヤバめな裏通りに来てしまった。
二日続けてなにやってんだ……
これが本当の二日酔い! いってる場合か!
「おい」
「ひゃあ!……なんだ」
昼間会ったオス猫じゃないか。
「何してる? ここは観光猫がくるような場所じゃないぞ」
「……そのようですね」
「迷子か?」
「少し道にまよ……」
「迷子だろうが……表通りまで連れてってやる」
「……はい」
お恥ずかしい。
……
「~!」
「ーー!」
「なんですか!? あそこは!?」
「ん? わからん」
「わからんて……」
暗くて古くて大きくて怖い……そんなアパートだった。
「聞こえたのは七階ぐらいかなぁ?」
「そうじゃないか?」
「気になりませんか?」
「どう考えても危ないだろ? 近寄らずが正解だ」
……間違ってはいないな。
間違ってはいないのだが……。
「飛びたい」
たくさんの奇声の中にそう言ってるのが聞こえた気がする。
つづく。