新しい友
私はタマ氏を心を込めてもてなした。
温かいスープにブランデー、毛皮のコート。
食事を終えるとタマ氏は私にお礼をいい、ここにくるまでのいきさつを話してくれた。
「記憶喪失……ですか?」
「そうです」
タマ氏はある日、鱚町の公園のベンチで目を覚ましたという。
なぜ自分がここにいるか、名前以外、自分が何者なのかもわからなかったそうだ。
そして人間や不良猫に追いかけられながら命からがらこの鰹が丘にやってきたという。
「この町はなんとなーく。見覚えがあるのですじゃ。子猫の時に来たことがあるのかもしれない」
私は彼に深く同情した。
不安だったろう。
辛かったろう。
ニャームズはいつもこの家に救いをもとめてやってきた動物を笑顔にして見送った。
ニャームズとまではいかぬとも私も少しは経済力も猫脈もある。
これもなにかの縁だ。
猫助けといこう。
「しばらくはここにいるのですか?」
「そうですなぁ。ここにいれば何か記憶が戻る気がします。しばらくはここにいますかのぅ……色々不安はありますが」
「よろしい」
「?」
どこの町にもなわばりや特殊なルールがある。
ニャームズ亡き今、ドーサツもピリピリしているし、よそ者の怪しい中年猫が歩いていたらすぐに彼らにニャッぴかれてしまうだろう。
「今日はここに泊まってもらうとして……明日、不象さんにいってタマさんの家を借りましょう。そこを拠点に自分探しをするといい。猫民票登録もしておきます。そのついでに生活猫を受けられるように申請して……」
「そこまでしてもらうわけには……私には返せるものがありませんぞ?」
「見返りなんぞ求めて……いや、こんなのはどうでしょう? 今日から私の友猫になってください。どうですか?」
これは私なりの気遣いだった。
無償で施しをうけるより、なにか条件があったほうが気が楽だろう。
「そりゃあ……私でよけりゃあ……」
「決まりだ。友猫のために力を貸す、当たり前のことです。あなたは何も気にすることはない。新しい友情に乾杯!」
私とタマはブランデーで乾杯した。
私は少しニャームズに似てきたかもしれない。
……
翌朝。
私はまたニャームズの部屋の前に立っていた。
するとタマも目覚めたようで私に挨拶をした。
「おはようございます」
「ああ……おはようございます」
「……どうされましたか?」
しらばくれようとしたが、友猫になったのにそれは変だろうと全て話した。
「……というわけです」
「なるほど……開かずの間ということですか……一宿一飯の恩返し……もしよければ私に任せてくれませんかな?」
「……え?」
そう言うとタマはダイヤルロックに肉きゅうをかけた。
音で判断するつもりか? 無駄だ。
ウサギの鍵屋でも無理だったのだ。
「……」
チキチキチキチキチキキキキチキチキ……チキ! カチャンッ!
「えー!?」
「開きましたな? 次はナンバーロックですか……これは何度か失敗すると解錠できなくなるタイプですなぁ……」
彼の持ち物だろうか? 小さな虫眼鏡でナンバーロックを観察する。
「信じられない……どうして?」
「……どうしてでしょう? 記憶さえ戻ればなぁ……大体の数字の目安はついていますが、トライしますかな?」
「おお……まさかニャームズの部屋にまた入れるかもしれないとは……」
「……ニャームズさん? わかったぞ!」
「待ってください。なぜわかるのか説明してくれませんか?」
「まぁみてください」
虫眼鏡を渡され、私もまたディスプレイを確認したが……なにもわからない。
「肉球の跡がうっすらついている数字とない数字がある。肉球跡がついているのがニャームズさんが使っていたナンバーということ。2、6、8です。つまり……」
「2862(ニャームズ)ですか!
?」
これはすごいぞ。
二代目ニャームズを名乗るのに相応しい推理力。
ニャンダイチにライバル現るだな!
「押してみますか?」
「ああ……やめておきます」
「そうですか」
なんとなく入るのが怖かった。
中にはいれば嫌でも思い出が甦るだろうし、下手すれば泣いてしまう。
それはさすがに恥ずかしい。
私の気持ちを悟ってくれたかどうかはわからないが、タマは虫眼鏡を懐にしまい、あっさりと引き下がった。
「朝食にしましょう」
つづく。




