タマ・ホームズ
この物語はニャームズの葬儀でニャームズの人間の友達。
《ダン》と出会うところから始まる。
ダンは人間とは思えぬ美しい猫語を話した。
「あなたがダンさん……ニャームズから話は……」
「きっと彼の意志は引き継がれる。第二のニャームズがいつか現れます」
「えっ?」
ダンはそう言うとニャームズが埋められた地面の上に花を置いて立ち去った。
死んだら他の動物や虫に食われる。
それが我々のやり方だ。
ダンは私と妻に一礼をし、丘を下りていった。
ニャームズの意思を引き継ぐ二代目ニャームズか。
町に必要ではあるな。
……
「……」
それからしばらくの月日、私は用もないのにニャームズの家を訪れ、いつも私が座っていた席に座り、ボーッとしていた。
ふと思い立ったら庭の手入れや家の掃除をした。
ニャームズがいなくなってもこの家は猫紳士が住むに相応しい清潔な場所でないといけないと思った。
彼のいた場所を雑草が生い茂り、ホコリまみれの場所にしてはいけない。
これは私なりの供養だったのかもしれない。
バースペースにはいつも酒を絶やさずにいた。
あれだけやめろといっていたタマネギシガーも匂いが悪くなる度に交換して切らさずにしておいた。
ニャームズは絶対に帰ってこない。
今思えば私はそれを受け入れられていなかったのだ。
受け入れられず、彼がひょっこり帰ってくるのを待っていた。
夜になると家に入り、ブランデーをチビチビ飲んだ。
「静かだなぁ」
ここだけ時が止まっているようだ。
町にはニャンダイチをはじめとする《第二のニャームズ》を名乗りたい素人探偵達で溢れている。
動物たちの間でも誰が二代目の座につくかで話題は持ちきりだ。
まぁ……ニャンダイチだろうな。
彼はニャームズの一番弟子である。
役者が違う。
ただ若すぎる。
その辺をドーサツの年寄り連中が突っつく。
(実力で黙らせてやりますよ)
ニャンダイチは泣きすぎてまぶたがパンパンに腫れているのに格好つけてそういった。
ニャームズを憎んでいるようにみえたが、やはりどこか尊敬していたのだろうし、彼が生きているうちに彼を越えたかったろう。
無念だったろうな。
「……おう?」
寝てた。
酔いが回ってきたな……寝室にいこう。
「……」
私の部屋の正面がニャームズの部屋だった。
ダイヤルロックとパスワードロックされた部屋だ。
彼が生きているときはノックをすれば簡単に彼の部屋に招き入れて貰えたものだが……。
彼亡き今、彼の部屋は開かずの間と化した。
もう彼の部屋で彼と語り合うことはない。
私は彼の部屋の前に立つ度にそんなことを考えた。
そして涙が頬をつたう前に酔いに任せて急いで寝た。
あの猫が訪れてきたのはこの日の深夜だった。
「むぅ?」
インターフォンの音で目覚めた。
カメラモニターのスイッチを押す。
「おやおや」
ずぶ濡れの中年猫が玄関前に立っている。
《誰かおりませんか? 私は旅猫のタマ・ホームズ。道に迷ってここにたどり着きました。納屋でも構いませんので一晩泊めていただけませんかの?》
「ふぅむ」
この雨のなか大変だったろうという気持ちとこんな夜中に他猫を家に招き入れるのは怖いな……という気持ちが私の頭のなかで喧嘩をしている。
「さてニャームズならどうするだろう?」
そう考えると答えがでるのは早かった。
私はバスタオルを持って急いで玄関に走り、鍵を開けた。
「やあやあやあ。大変だったでしょう。これで体を拭いてください。奥にバスルームがあるので熱いシャワーでも浴びたらどうです? その間にお腹が減っているなら簡単な料理とアルコールを用意しますが?」
「……こんばんわ」
「……あっ、こんばんわー」
私としたことが先走りすぎた。
挨拶もなしにべらべらと……。
私はこのタマ・ホームズを一目見て好感を持った。
言葉遣いはジジクサイが私と年齢はそう変わらないだろう。
なにより名前がいい。
ニャームズに少し似ているし、家のことを相談したら親身になって話を聞いてくれそうだ。
きっと月々の家賃で家が建つだろう。
つづく。