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ニャーロック・ニャームズのニャー冒険。  作者: NWニャトソン
最後のプレイボール
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最後のプレイボール

1942年。戦時中に行われた中等学校野球大会は記録の残らない幻の甲子園と呼ばれる。


尚物語の登場人物、戦闘機富嶽のエンジン担当者田中キヨシは架空の人物である。



「……」


ドンコの前で今日もフガじい……

いや、タナカキヨシが弁当を食べている。


私たちはそれを草陰から見守る。



しかしまぁ、毎度毎度ニャームズの知識と推理力には頭が下がる。

部屋で資料を読んだだけてここまでわかってしまうとは……

まさにアームチェアディテクティブ。


私はニャームズに指示されある人物に手紙をだし、ここにくるよう指定した。


「トミーはくるかな……?」


「君が見たトミーはその……ボケていたんだろう? 来るなら付き添いつきだろうが……どうかな?」


「六時まで待つとして……さて答え合わせをしようじゃないか」


「いいだろう」


私はまずなぜあの話が戦時中の話だとわかったのかを訊ねた。


「警察だ」


「警察?」


「日本の警察は1946年までサーベルと木製警杖を所持していた」


「……わかったぞ」


当時の猫がバットだと思っていたのは警杖……サーベルと二つ所持していたということは1945年かそれ以前ということか。


「なぜ彼らは暴行されたのか……」


「敵性語を使っていたからだろうね。「プレイボール!」なんてもってのほかだ。「よし」「わるい」とブツブツ呟いていた人間が殴られなかったのはちゃんと野球用語を日本語に訳して使っていたからだろう」


「よしにわるいねぇ……」


ストライクとボールのことか?

しまらないな。


「次だ。フガクとは?」


「富岳と富嶽だね。富岳は君に調べてもらった通り「トミナガ」と読む。とても珍しい名字でさらに1942年付近に中等学校野球大会(甲子園)を目指していた16から18才のトミナガさんを探すのは難しいことではなかった」


富岳……トミナガでトミー……そしてフガク(富岳)。

二つのアダ名の理由がわかった。


「しかし生きていてくれてよかったよ」


トミーは生きていた。


終戦後すぐに鯨が丘から離れたのでタナカには会えなかったようだ。


生きていたはいいが、私が訪ねたとき、彼はボケて自宅で介護されていた。

これたとしても、もうタナカのことはわかるまい……


「タナカのフガクだが……これは戦闘機富嶽のことだ」


「戦闘機フガク?」


「アメリカの戦闘機を越えるといわれた日本最高の戦闘機さ。まぁ。未完成のまま終戦を迎えたわけだが……タナカはその富嶽のエンジン担当者だった。富嶽に関わっていたタナカは徴兵を免れた。それを知っていた警察はどこか皮肉をこめてフガクと彼を読んでいたのだろうね」


「戦闘機のエンジニアに怪我させたら……」


「自分が処罰される。だからタナカは殴られなかった。そして戦争には行かず生き残った」


「なるほど……な」


フガじい……いや、元戦闘機富嶽エンジン担当田中キヨシは弁当を食べ終え、ボーッと空を見ている。


そろそろ太陽が夕日に変わる。


彼は戦後何十年もここで夕日を見てきたのだろう。


空がオレンジ色になってきた……。


日没までのほんのわずかな間の夕日の時間が始まる……。


その時だった。


「……!?」


「……あなたが……タナカさん? お手紙をくれた?」


ガリガリに痩せ衰えた老人の乗った車椅子を引いてタナカの前に現れた初老の女……トミーの娘である。


「手紙……? えっ……お前まさかトミーか?」


「……」


何十年も経っているのにタナカは老人がトミーだとすぐにわかった。


対するトミーは目を半開きにして全く反応しない。


「お父さん……話しかけてもずっとこうなんです……」


「トミー……」


タナカはトミーの手を握り、膝まづいて静かに泣いた。


「お父さんいつも言ってたんですよ……もう一度みんなと野球がしたかった。もう一度タナカさんのプレイボールが聞きたかったって……」


タナカはそれを聞いてトミーの膝にすがり付いて大声で泣いた。


周りの目などもう気にしない。


トミーはずぅっと夕日を見ているようだ。


それに気がついたタナカは立ち上がり力一杯叫んだ。


「プレイボール!」


「……プレイボー」


「お父さん!?」


トミーは笑った。


「さぁ! ピッチャータナカ! バッタートミー! ツーストライクスリーボール!」


タナカの力強い実況。


彼らには何が見えているのだろう?



「……プレイボール」


「タナカなげた! トミー真芯でとらえた! 大きい! 大きい! ホームラン! ゲームセット!」


「プレイボール!」


「……信じられない」


 会話になっていないし噛み合ってないが、二人は今、あの空き地で野球をしているのだと思った。


「プレイボール!」


「プ……プレイボール!」


「プレイボール!」


「プレイボーー!」


「……いこうかニャトソン」


「……そうだな」



 私たちはドンコを後にした。




トミーはこの日の夜に意識を失い、1週間後に亡くなった。


あれが彼らの最後のプレイボールとなった。








一月後。


「俺もボケたな……ニャンコロたち野球してるようにみえる……」


今日は第一回ドンコ前公園猫子園大会である。


観客はタナカ一人。



「さぁ始めようか? ニャトソン?」


「フフフ……こい! ニャームズ!」


初球ホームランでニャフンと言わせてやる!


「それでは……プレイボール!」


「フンッ!」


ドスン!


「ohっ!」


ニャームズの速球がミットに突き刺さり、私は空振りをして2回転し、スッテンコロリンした。









2017年復刻ニャーランド掲載




「最後のプレイボール」





完。












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