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ニャーロック・ニャームズのニャー冒険。  作者: NWニャトソン
最後のプレイボール
176/203

フガクとは

「またお前らか!」


1942年。


敵性語(英語)が法的に禁止されていたわけではないが、誰もが口に出すのをためらっていた時代である。


「プレイボール!」


「やめろ!」


「ストラーイク!」


「ボール!」


「貴様らぁ!」


タナカたちは野球を愛していた。

ストライクを「よし」、ボールを「ダメ」などという言い方はしたくなかった。


あるべき言葉、あるべきルールで野球を楽しんだ。


しかし。


「敵性語を使うな!」


警察は「木製の警杖」でタナカ以外の選手たちを叩いた。


「次はこのサーベルで切り裂いてやるぞ」


当時の警察はサーベルと警杖を二つ携帯していた。


「トミ……いや、フガク。大丈夫か?」


「……うん」


トミー……というあだ名は敵性語に敏感になっている警察の前で使うべきではない。


「フガク」はトミーのもうひとつのあだ名だった。


どちらのあだ名も彼は気に入っていなかったが……


「フガクさん困りますなぁ」


タナカにたいして特高警察が言う。

フガク……皮肉のこもったあだ名だ。


「僕は敵性語を使いました。僕も皆と同じように叩いてください」


「そういうわけにはいきませんよ。あなたはフガク……つまり我が国にとっての宝ですからな。おっと……こんなことをベラベラ喋ってはいけませんかな?」


「……」


タナカの心は罪悪感で一杯だった。

自分だけ殴られない。

これでいいのか?

意地を張らず日本語で野球をすればいいのではないか……?

中等学校野球選手権(甲子園)に代わる中等学校野球大会も近いのにチームメイトの体には傷が増えるばかり。


彼らは何も言わない。


戦闘機「富嶽」の技術者であるタナカは殴られないことにも文句ひとつ言わない。


この日も皆で夕日が沈むのを眺めて解散した。


「ニャー」


……猫だ。


いつもチームメイトが暴行を受けていると飛び込んできて放り投げられる謎の猫……タナカはポケットに入っていた菓子をくれてやった。


……猫も戦う時代か。



1942年。


タナカたちが甲子園にでることはなかった。


一人が志願兵になり、それに続くように皆志願した。


「僕もいくよ」


「トミーお前もか……?」


「家族にまで嫌がらせされるのは嫌だからね……」


「すまん……俺が敵性語なんて……」


「謝らないでよ。同じフガクじゃない。田中さんと野球できて楽しかった。やっぱり野球はプレイボールではじまらないとね……でも」


トミーは夕日を見て涙を一粒こぼした。


「大会でたかったなぁ……ううん。……もう一度だけ野球が……皆と野球がしたかった……」


「……俺もだ」




終戦後……タナカグループで生き残ったのは戦闘機富嶽のエンジン担当者として徴兵を免れた田中キヨシだけだった。


「……バカみたいだなぁ。おい」


日本は敗けたぞお前ら。


「富嶽」は未完成のまま田中は作業所で玉音放送により終戦を知らされた。


「みろよ。おい」


(プレイボール!)


(アウトー!)


(セーフだよぅ!)


子供たちが野球を楽しんでいる。


「誰も敵性語なんて気にしちゃいないぞ……たった数年でだ……バカみたいだなぁ本当に」


田中は毎日毎日夕日を見にここにやってきた。


しかし結婚を機に足を運ぶことも少なくなった。


「プレイボール……」


呟いた。


空しくなるだけだった。






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