フガじいさん
『ニャーロック・ニャームズほど頭の切れたオスはいなく。私ほど鈍感なオスはそういない』
ニャーロック・ニャームズといると、そう感じることが度々あった。
「おい君。玉ねぎシガーの量が増えたんじゃないのか?」
この頃のニャームズは毎日玉ねぎシガーをくわえて安楽椅子に座り、一日中ボウとしていた。
「なにニャトソン。最近働きすぎて疲れてしまってね。休息だよ。休息には玉ねぎシガーはかかせない。それでも僕の灰色の脳細胞は働きたがっているが、最近は僕が肉きゅうを運ぶほど大きな事件もないしねぇ……こうしてシガーを楽しむのは仕方のないことだろう?」
子供のようないいわけを……だが確かにニャームズの活躍とドーサツの日頃の努力で鰹が丘は平和だ。
それでもアクティブで時間さえあれば人間観察をしていたニャームズの言葉とは思えない。
私は少し心配になり、彼を外に出すために謎を提供することにした。
謎に興味を惹かれれば彼も現場に肉きゅうを運ぶことだろう。
「ニャームズ。君も『天才ガリレオ』の噂ぐらいきいたことがあるだろうね?」
「もちろんさ。よく知っている」
『天才ガリレオ』ことライオン柄の白衣猫の『マナブ』はドーサツ捜査一課も一目置くニャー探偵だ。
大学の化学実験室で助教授をやっていて科学的に事件を解決する。
「ガリレオもわからなかった『涙のプレイボール』事件についてしりたくないかい?」
「君が話したいなら話せばいいさ」
これまたニャームズの言葉とは思えない。
「……」
ニャームズは新しい玉ねぎシガーに火をつけた。
まあ一時玉ねぎの成分であるアリルプロピルジスルファイドを注射していた頃に比べればマシか。
「涙のプレイボール事件の前に私の推理したちょっとした出来事について語りたい。とても小さな……何でもないことかもしれないが……」
「いいね。最近の君は知的好奇心の向上がみられる。。それで?」
「フガじいさんの話だが……」
フガじいさんは私が勝手に名付けた名前だ。
いつも鼻がつまってフカフガしているから。
本名は不明。
公園でよく『激安の殿堂ドンネー・コーテ』で買った弁当を食べている。
私はよく彼に煮たまごを貰っていた。
「彼がいつも買うのは冷たいビールと弁当と熱い味噌汁だ。それを食べる時、彼はちょっと変なんだ」
「ほー?」
「まず弁当。これは口の右側で食べる。ビールは上唇で前歯を隠すようにしてすするように飲む。熱い味噌汁。味噌汁は口の右側に貯めてからゴクリと飲む……これは何か変ではないか?」
「確かに。君の言うとおりだ。君も観察眼がするどくなってきたじゃないか」
ニャームズに褒められ、私はドニャ顔をして解説を始めた。
私も脳細胞を働かせ、私なりに答えを導き出したのだ。
「フガじいさんは口の左側に虫歯があると考えたが……どうだい?」
「excellent!」
ドニャぁ!
どんなもんだい!
「でも。虫歯があるのは左も中央も右もだけどね」
……え?
「美味しいものを食べるとき動物も人間も無意識に左側でも右側でも味あおうとする。君、煮たまごを食べるとき、片側だけで味わいたいかい?」
「そんなバカなことはない。口一杯に煮たまごの味をひろげたいね。だから彼は虫歯で片側でしか食べれなくて……」
「まず口の右側と前歯は軽~中度の虫歯と考えられる。前歯を隠してビールをすするのは前歯に冷たいものが滲みるからだろう。弁当は右側で味わうのにビールは直線的に流し込むのは右側にも『噛むのには問題はないが冷たいものは滲みる虫歯がある』と考えられないかい?」
「なるほど全く言われてみればそうだ」
「気になるのはね?ニャトソン。味噌汁を飲むときも口の左側は使わなかったということだ。味噌汁は熱いんだろ?」
「ああ!そうだ!味噌汁は熱いのだからビールのように直線的に流し込む必要はない!口全体を使えるのに!」
「そう……味噌汁だけは口全体で味わうことができるのに右側に貯めて飲み込んだ。つまり左側は重傷だ。早急に歯医者にいかすべきだね」
「すまん……説明してくれ」
「虫歯も重度になると『温かいもの』さえ神経にしみて痛むようになるんだよ」
「……へえ!」
温かいものさえ痛い……ならば味噌汁を飲むのさえ左側の歯を使わなかったのも納得だ。
うむ……これはなんとかしてフガじいさんを歯医者につれていかなければ……手紙でもまた書くか?
「ニャトソン。フガじいさんに手紙を書くなら風邪薬を飲むのもやめろと書いてくれよ」
「もちろんさ。……え?
なんでフガじいさんが風邪をこじらせていることを知っているんだ?」
確かにフガじいさんは食後に風邪薬を必ず飲んでいた。
それはニャームズには教えていないはず……
背筋が少しゾッとした。
「驚くことではないよニャトソン。風邪薬は鎮痛剤の代わりにもなる。温かいものがしみるほどの虫歯の持ち主なら痛み止め代わりに風邪薬を服用しているかもと思っただけさ」
「なるほどなぁ……」
私は彼と出会って何度この言葉を呟いただろう?
結局彼は安楽椅子に座ったまま私のすべき事を示してくれた。
まさしくアームチェア・ディテクティブである。
「ちょっとフガじいさんに手紙を渡してくる」
「手紙は渡したかい?ニャトソン?」
「それが……」
手紙をフガじいさんに渡そうとしたらあまりにも不可解な光景を見て、私は思わず手紙を渡さず帰ってきてしまったと報告した。
「……何があった?」
「フガじいさんが……『左側だけで食事をしていた』んだよ……」
「なにっ!?」
新規読者の諸君……楽しんでいただけているだろうか?
動物一年生○月号に続く。